落ちこぼれ令嬢ですが、わたしの使い魔が変なんです! 〜その名はブレイヴレオン〜

天笠すいとん

第1話 婚約破棄の危機です!

「いいかいルミナ。我々人間にはその一人一人に与えられた使命というものがあるのだ」


 本や古い地図が山のように積み上げられた日当たりのいい書斎。

 独特な匂いをさせるお爺さまの広いつばの帽子を被り、冒険家になった気分で読み聞かせや旅の土産話を聞くのが幼いわたしの楽しみだった。

 わたしを膝に乗せたまま、お爺さまはお話が終わるとよくそんなことを言っていた。

 

 小さなわたしは素直に答えた。


「しめい? ルミナまだわかんない」


 当然ながらまだ小さなわたしはお爺さまの難しい言葉がわからなかった。

 同じ話を繰り返しているなんてお爺さまはボケちゃったのかな? 

 そんな失礼なこと考えたりしていた。

 つまらなさそうなわたしの態度を見て、お爺さまはしわの多いの顔に苦笑を浮かべる。


「そうか。まだ難しかったか」


 どうしたものかと白い髭を触りながら少し悩む素ぶりをするお爺さま。


「まぁ、心配はいらんか。私が使命に出会ったように、ルミナの前にも必ず己の使命が現れるだろうからな」

「しめい、いつくるの?」

「それは誰にもわからないさ。私のように年老いてからかもしれんし、案外近い将来かもしれん」

「あしたはいやだなぁ」

「はははっ。私もそれは嫌だな」


 だって明日は友達と遊ぶ約束をしているのだ。

 幼いわたしは頬を膨らませた。


「なに、心配はいらんさ。いつなのかは不明だが訪れたらどうすれば良いのかは簡単だ」

「どうするの?」

 使命が訪れたら自分の心に素直に従うようにしなさい」

「わかった! ルミナそうする」


 相変わらず何を言われているのか頭では理解出来なかったわたしだが、自分の心に従って動けという言葉だけは胸にすとんと入ってきた。

 わたしが元気よく返事をするとお爺さまは満足そうに頷いて頭を優しく撫でてくれた。


「そうだ! ねぇ、お爺さま。ルミナにこの帽子ちょうだい!」

「残念ながらその帽子は先約済みなんだよ」

「ズルい! ルミナもお爺さまの帽子欲しかったに!」

「はっはっはっ。安心しなさいルミナ。キミには帽子の代わりに渡したいものがある。女の子らしくてキミにピッタリのアクセサリーがね」


 そう言ってお爺さまは首元から一つのペンダントを取り出して見せてくれた。

 装飾が施された色鮮やかな赤色の宝石が付いたペンダントにわたしは目を奪われた。


「キミの瞳によく似ているだろ? チェーンの部分も髪と同じ銀色でピッタリお揃いだと思わないかい?」

「ルミナこれ欲しい!」

「おっと、目の色が変わったな。うちの孫は浪漫よりも現金な子に育ってしまったようだ」


 お爺さまは笑っていたけれど、わたしはその美しい宝石から何故だか目が離せなかった。

 確かに綺麗ではあるが、それ以上に持ち主に相応しい誰かを求めているような意思を感じた。

 当たり前だが石が喋るはずもなく、このペンダントの宝石よりも大きなものは世の中に沢山あるだろうに私はどうしてもこの宝石が欲しくなった。


「ねぇ、ちょうだい?」

「うーむ。……ルミナが嫁入りする時になったら渡そうかな」

「えー。お爺さまのケチ」


 甘えた声で頼んでみたが、拒否されて頬を膨らませて不機嫌な顔になるわたし。

 いつも甘やかしてくれるお爺さまならおねだりをしたらくれると思っていたのたに、予想が外れてしまった。


「これは私と親友の絆の証でもある。だからもうちょっと肌身離さず持っていたいんだ。わかってくれるかな?」


 ふてくされたわたしの機嫌を伺いながら言い聞かせるようにお爺さまが言った。


「わかった。じゃあ、ルミナすぐ結婚する!」

「おっと。それだとパパが泣いてしまいそうだ」


 無邪気なわたしは嫁入りする時のプレゼントだと聞いてそんなのは簡単だと思った。

 だって自分には婚約者がいて、もう将来なんて決まっているようなものだったから。


「絶対ルミナがお嫁さんになる時にそのペンダントちょうだいね。約束だよ」

「はいはい。約束するよ」


 図々しくもお爺さまの皺のある指に自分の小枝のような指を絡ませて有無を言わさず指切りの誓いをする。

 幼いわたし、ルミナ・セラフィーのとある日の思い出。


 約束のペンダントはそれから数年後にわたし手元にやって来た。

 お爺さまはわたしの花嫁姿を見ることなくこの世を去ってしまったからだ。


 そして、わたしの方もお爺さまとの約束を守れそうになかった。




 ♦︎




「お、お待ちくださいエドワードさま」


 視線の少し先、見知った顔を見つけたのでわたしは咄嗟に名前を呼んで足を止めさせた。

 校舎から屋外にある演習場へと向かう長い通路の途中でわたしと彼は向かい合う。


「なんだ君か。ルミナ・セラフィー」


 ムッとした声で彼がわたしの名前を呼ぶ。

 エドワード・アルケウス。炎のような赤い髪に宝石のような澄んだ薄紫色の瞳をした顔立ちの整ったこの少年はわたしが住むアルケウス王国の第一王子であり、わたしの未来の夫になる婚約者でもある。


「僕に何の用かな?」

「その……また彼女の元へ向かわれるのですか?」


 さっさとこの場を離れたい不機嫌そうなオーラを出しながら瞳を鋭くする彼に怖気付きそうになりながらも何とか声を振り絞って聞く。

 エドワード王子には最近仲のいい人物がいると噂になっている。

 元から明るく人とコミュニケーションを取るのが得意な彼のことだから新しい環境で友人が増えるのは喜ばしいことだった。

 ただし、相手が同い年の女子でオマケに話題の平民出身の子となると話が変わってくる。


「君には関係のないことだ。彼女は、セリーナは慣れない貴族達との学園生活に悩んでいた。王族として見捨ててはおけない」

「そ、その心意気はご立派ですがエドワードさまはわたしの婚約者なのですよ」


 婚約した相手がいるのに別の女性と親しくしているとなると周囲の目は厳しいものになる。

 次期国王に近いエドワードともなればいずれ側室をもうけることはあってもまずは正妻になる女性を立てなくてはならない順序がある。

 わたしの実家であるセラフィー家は公爵の地位を与えられた王族に近い身分だ。

 それをないがしろにすることはエドワードの王位継承にだって影響を与える。


「知っているさ。僕と君はいずれ夫婦になる。だったらそれまで僕が何をしようが君には関係ないだろう」

「いえ、あの、そういうわけには……」


 でも、エドワードはわたしの言うことを聞いてくれるつもりはないようだ。

 むしろこれまでに同じ話題の話を何度もしているせいでうんざりしている。

 このままじゃいけないと頭の中で考えるけれど妙案は出てこなかった。

 いっそ、エドワードじゃなくて彼女の方に頼んでみるか?


「忠告しておくけど、セリーナに何かしたら婚約破棄も視野に考えるからね」

「……っ」


 威圧するような冷たく低い声でそう言い残して彼は去っていった。

 廊下の角を曲がるときに一瞬だけこちらを見たような気がしたけれど、わたしはもう目を合わせられなかった。


「お爺さま……」


 すっかり癖になってしまった仕草でわたしは祖父の形見の黒く濁ったペンダントを握り締めて呟いた。

 小さな嗚咽は新緑の芽吹く春の風にさらわれて他の誰にも聞こえることなく掻き消された。

 エドワードの心がわたしに向いていないのには理由がある。

 まず、わたしが婚約者である彼に相応しくない人間だという事実。

 確かに家柄は公爵家で亡くなった祖父と先代陛下が親しい仲だったので身分や繋がりとしては申し分ない。だが、個人の能力が不釣り合いだ。

 容姿端麗で若い女性達の人気を集める成績優秀な王子エドワード。

 年齢の割に幼く、不器用でいつも失敗ばかりの落ちこぼれ令嬢なわたし。

 どう考えてもわたしの方が足を引っ張っている。

 昔はあんなに仲良く遊んでいて、彼がどう思っていたかはわからないが、わたしはエドワードのお嫁さんになれることが何よりも嬉しいと思っていた。

 家の事情で中々会えなかったが、同じ学園に通うことで好きな人との甘酸っぱい青春を謳歌したいとも考えていた。

 それなのに……。


「ねぇ、あそこにいるのってセラフィー公爵令嬢かしら」

「あぁ、あの失敗作の」

「ちょっと。聞こえたらかわいそうでしょ」


 ヒソヒソと会話する学園の制服を着た少女達がいるが、内容がばっちり聞こえてきてわたしは逃げ出した。

 名門貴族の落ちこぼれ。《公爵家の失敗作》がわたしのあだ名だ。

 わたし達が通う王立魔法学園はその名の通りに魔法使いのための学び舎だ。

 アルケウス王国は大陸一の大国であり、魔法の力によって国が運営されている。

 豊富な魔力を持って魔法を行使できる人間を魔法使いと呼び、その殆どが貴族だ。

 強い魔力を持った者同士が結婚して血を繋ぐことでアルケウス王国は発展してきた。

 セラフィー公爵家もその例に漏れず、名門として偉大な魔法使いを何人も輩出してきた。


 なのに、わたしは魔法が全然使えない。


 貴族の家では生まれてすぐにどれだけの魔力を持っているかいないかの検査がされる。

 魔力が少なければ後継ぎ候補から外されたりするという話も珍しくはない。

 だけど、わたしには魔法を使えるだけの魔力はあった。

 魔法学園に入学するための検査でも合格を出し、なんなら歴代でも類を見ない魔力量だと言われた。

 でも、それだけだ。わたしには貴族に必要な魔力こそあれど、それを活かす魔法が使えない。


『うわっ。セラフィーさんがまた暴走させてるぞ』

『爆発に巻き込まれる前に逃げろ!』


 こんなことが何度もあった。

 魔力はあるのだが、それを魔法へと出力できない。

 力の制御が出来ずに暴発を引き起こしてしまう。

 各貴族の子供達はそれぞれ入学前に魔力のコントロールの練習をするのだが、失敗作のわたしはいくら頑張っても出来なかった。

 魔力の制御が出来ないなんてお漏らしの治らない子供と同じ扱いで、入学早々に周囲から距離を取られて孤立するのは当たり前のことだった。


「ねぇ、あれって噂の新入生よね」

「ちっ。生意気そうな見た目をしているわね」


 自分の惨めさに耐え切れず逃げ出した先で中庭のベンチに一人で座っているとまた他の生徒の会話が聞こえてきた。

 話題になっているのはわたしではなく別の人物だった。


「平民のくせに」


 その言葉だけで誰が中庭にやって来たのか分かった。

 現在、この魔法学園の生徒で平民の身分なのはたった一人しかいないからだ。

 艶のある黒髪のロングヘアーに黒真珠のような輝きと強い自信を宿した瞳。スラリと長い手足で出るところは出ており、引っ込むところは引っ込んでいる理想的な体型をしている女生徒。


「セリーナさん……」


 今年の新入生の中で王族であるエドワードを抑えてトップの成績で入学してきた特待生。

 平民でありながら魔法学園に入学するという異例の存在で学園創立以来の天才だと囃し立てる教師もいる。

 事実、同じクラスであるわたしから見ても彼女の魔法はとても美しく洗練されている。

 座学の授業でも積極的に手を挙げて質問しているし、黒板に書かれた問題を解けと当てられても悩む様子すらなくスラスラ解いていく。

 失敗作の公爵令嬢と才色兼備な平民の特待生。

 彼女に向けられるのは嫉妬でわたしに向けられるのは嘲笑。

 どっちがエドワードにお似合いなのかは誰が見てもハッキリしている。


「あれ? そこにいるのはルミナ・セラフィーさんじゃない」


 自己嫌悪で俯くわたしに声をかけてきたのはセリーナだった。

 気配を消して縮こまっていたというのに見つかってしまった。


「こんなところに一人で何しているのよ? お貴族様ならお友達とお茶会でもするんじゃないの」

「い、いえ。わたしは……」


 長い髪を払いながら彼女がわたしの隣にドカっと座り込んだ。


「ふーん。その様子だと学園でもかなり浮いてるのねアンタ」

「……はい」

「まぁ、あんなお粗末な魔力制御じゃ怖くて近づけないもの。いつ怪我人を出す時限爆弾かわからないようなアンタじゃね」


 くすくすと笑いながらわたしへと会話を振ってくるセリーナがわたしは苦手で、同時に羨ましい。

 彼女がこれだけわたしに上から目線で言えるのは自分の魔法にそれだけ自信があるからだし、彼女の指摘が事実だからだ。

 ここでわたしが実家の立場を利用して言い返そうとしても、実力が重んじられる学園では逆効果だし何よりわたしが惨めな思いをするだけ。


「明日の授業は使い魔の召喚だったわよね。わたしとアンタで勝負しない?」

「……嫌です。そもそもわたしとセリーナさんが戦う意味がありません」


 嘘だ。


 わたしは彼女に負けたくないと思っている。

 だから勝負をしなければ負けたことにはならない。

 これは安い挑発だ。


「うーん、そうね。じゃあ、勝った方は今度の週末にエドワードとデートするっていうのはどうかしら?」


 賭けの報酬にエドワードを出す?

 そんなこと許されるわけがない。

 いくら彼女が優秀でも相手は王族で次期国王に一番近い人だ。

 こんな馬鹿馬鹿しい敗者が見え透いた賭けなんて乗る必要はないと考えるわたしの耳元でセリーナは囁く。


「実は私、エドワードからデートに誘われてるの。アンタが勝てば断ってあげる」

「……っ!!」

「やっと私の顔を見てくれたわ。デートには行きたいものね?」


 感情的になって見上げた顔のすぐ目の前にセリーナの顔があった。


「金持ち貴族の娘より私の方が凄いことを全員の前で証明してあげるわ。逃げるんじゃないわよ」


 わたしだけに聞こえる小さな声で、明確な敵意を含んだ言い方をすると彼女はベンチから立ち上がって離れていった。

 そして、彼女を探すようにして現れたエドワードと共に親しげに話しながら何処かへ去っていった。

 お似合いな二人の後ろ姿を見てまた野次馬のように集まった生徒達が何かを話しているけれどわたしには聞こえなかった。


「どうしてわたしはこんなダメな子なの? 教えてよお爺さま。わたしの使命っていったいなに?」


 家族で一番大好きだった祖父は死んだ。

 かつて親しかった幼馴染の婚約者と心の距離は離れていった。

 学園で出会った天才少女には目の敵にされ、大事な人を奪われようとしている。


 ザーザーと急に現れた暗雲から降り出した雨はまるでわたしの心のようで、溢れた涙も泣き声も全部全部消し去った。

 小さなわたしは幸せだからよく笑っていた。

 大きくなったわたしがよく泣くのは何故だろう。


 その日の夜は体を冷やして熱を出した。

 自宅なら顔見知りのメイドが看病から何までつきっきりでしてくれるけれど、学園の寮では自立心を育むために使用人を雇うことは禁止されている。

 短い学生期間くらい自分のことは自分でやれというのが学園の方針だ。

 なのでわたしも自分で薬を飲んで部屋で寝る。


「使い魔かぁ……。かわいくてモフモフした子だったらいいなぁ」


 枕を濡らしながら独り言を呟いてわたしは意識を手放した。

 そして次の朝、わたしは体調不良のまま魔法の実習に参加することになった。


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