第16話

「ふあぁ……だりぃ……」


朝のホームルーム前、俺は机に突っ伏してあくびを噛み殺していた。

周りはいつもの男子クラスメートたち。ざわざわと適当に喋って、適当に笑って、適当に教師が来るのを待ってる。


そう、これが――俺の日常だ。


中身男子、見た目も男子。

普段の俺は、ちゃんと男の姿に戻って、普通に学校生活を送ってる。

誰も俺の秘密を知らない。

魔法少女ブレイクリリィの正体が、同じ教室の、どこにでもいる男子高校生だなんて、誰も想像もしない。


「よーっすリクー、昨日の課題やったー?」


「うわっ、やべ、忘れてた!」


後ろから友達のケンジに声をかけられて、俺は反射的に返した。

そんなしょーもないやり取りが、妙に落ち着く。これだよ、これ。

昨日、夜にバグモンと戦って、女の子と間違われて、チームに誘われて――。

濃すぎた魔法少女活動とは真逆の、平凡で退屈な時間。


「っつーか、リク、最近寝不足っぽくね? クマやべーぞ」


「ま、まあな……夜更かししてゲームしてた」


適当にごまかす。

魔法少女活動で肉体は魔法補正されてるけど、疲労は地味に蓄積してくる。寝不足も当たり前だ。


「オマエ、ゲームもいいけど進級できなくなるぞ?」


「うっせーな、わかってるよ!」


肩をすくめながら笑い合う。

何も知らない友達。何も知らないクラスメートたち。

このバランスが崩れたら終わりだ。絶対に、バレちゃいけない。


……バレたら、きっと、もう俺、ここにいられなくなる。


そう思うと、無意識に拳を握ってた。


「リク~、マジメに聞いてねぇだろ~?」


「聞いてる聞いてる。ってか、ケンジもお前こそちゃんと宿題やれよな!」


「あ? 俺はやったっつーの!」


「嘘つけ!」


わちゃわちゃやり合っているうちに、チャイムが鳴った。

今日も普通に授業を受けて、普通に過ごす。

それがどれだけ幸せなことなのか、今は骨身に染みてる。


でも。


昼休み、スマホに小さな通知が届いた。

差出人は――


【天城ユナ】


「うわっ……!」


思わず机の下でスマホをひっくり返す。

誰にも見られてないよな……? 焦りながらこっそり画面を覗くと、短いメッセージが並んでいた。


【こんにちは、リリィちゃん。今日、少しだけ時間ある?】

【もしよかったら、魔法少女の活動拠点について話したいなって思って】


「活動拠点……」


ゴクリ、と喉が鳴った。


つまり、正式にチームに誘うための話ってことか。


俺、どうするんだ……?

一人でやるのも悪くない。けど、仲間がいるなら、もっと大きなことだってできるかもしれない。


それに、ユナは――悪いヤツには思えなかった。


「リク? 飯行こうぜ?」


「……あ、ああ。今行く!」


慌ててスマホをポケットに突っ込んで、何食わぬ顔でケンジたちに合流する。

心臓がバクバクしてた。けど、顔は普段通りを装う。


男子高校生・山田リクとして。

普通の学生のふりをして。

この日常を、絶対に壊さないように。


でも、放課後には――

俺はまた、《ブレイクリリィ》として動き出さなきゃいけないんだ。



放課後。


「はぁ……」


教室を出た俺は、人気のない裏庭に回り込んだ。

制服姿のまま、スマホを取り出して、ためらいがちに返信する。


【大丈夫。夕方なら時間あるよ】


震える指で送信ボタンを押した。

すぐに、ユナから返事が来る。


【よかった! じゃあ、駅前の公園で待ち合わせしよう】

【楽しみにしてるね】


短い文面なのに、妙にドキドキする。

変な意味じゃない。けど……なんか、これまでと違う、世界に一歩踏み込んでいく感じ。


「よし……!」


気合いを入れて、俺は裏庭の木陰に隠れて変身準備に入った。

ピリカも、俺の肩にちょこんと現れる。


「リク、覚悟できてる?」


「できてねぇよ。でも、行くしかねぇだろ」


小声で吐き捨てながら、俺は右手を胸元に当てた。

魔法陣が浮かび上がる。


「変身!」


体がふわりと軽くなる感覚。

制服が消え、代わりに白と水色のアーマーに包まれる。

短い金髪が風に揺れ、身長もわずかに縮む。


小柄な少女――ブレイクリリィへ。


「さて……いっちょ、行ってくるか」


魔法少女モードに切り替わった俺は、夜の街へと歩き出した。

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