第6話 無謀な目標


 ここは……何処だ?


 ぼんやりとした視界の中に、かろうじて岩の天井が見えた。


 確か俺は昨日、未踏領域に捨てられて……


『ハッ、やっと起きたか』


「っ……!?」


 一瞬で意識が覚醒し、体を起こす。


「夢じゃ……なかったのか」


 赤い髪の幻影が腕を組み、壁に寄りかかるようにして立っている。


『お前が勝手に寝てただけだろうが』


 意識を失った?

 覚えてないけど、昨日も寝てなかったからな…


「確か……話の途中だったかな? 俺はどれくらい寝てたんだ?」


『もうすぐ夜が明ける』


 えっ!? 俺は半日以上寝ていたのか!?


「あっ、水がほとんどなくて…

 どこかで調達しないと」


 喉が渇いていることに気がついて、思わず焦ったように告げた。


『ちょうどいい。外へ出ろ』


「えっ……?」


 淡々と洞窟の入り口へと向かう幻影に、焦ってついて行く。


「川の場所がわかるのか?」


『昔と変わらなければな』


 大丈夫だろうか?

 だけど、今はこの幻影に頼るしかない。


 この空間の出口に向かい、入口の瓦礫を退けてそっと外を見る。


 外が見えてきたが、まだ薄暗い。


 もし襲われたら助けてくれるよな?

 ビクビクしながら外へ足を運ぶ。


 ……静かだ。何も音が聞こえない。


『今シニガミはどういう扱いになってる。

世界の状況を教えろ』


「えっ?」


 思わず、聞き返してしまった。


 いや、そうか……この人が本当にアルバート・ハートリードなら、30年以上経ってるのか。


 俺は遠くを見つめている幻影へ向けて、知っていることを話し始めた。



 シニガミは倒すことができない。

 それは世界の常識だ。


 人類の死因トップであるこの存在は、全ての物理攻撃を透過する。


 真紅ルビーレベルのエネルギーでさえ全く影響を与えることができない。


 歴史上多くの者たちがシニガミの撃破を目指したが、その夢を叶えたものは存在しなかった。


 シニガミに関して研究している国直轄の機関でさえ、シニガミを倒すことを実質諦め、イドラ鉱石を効率よく抽出、加工する研究に力を入れている。


 シニガミは倒すことができない。これは世界中の人々が認識している共通の事実だった。


『ハッ、数十年経っても何も変わってねえらしいな』


 俺が今の世界の状況を話し終えると、アルバート・ハートリードの幻影は、ニヤリと笑って吐き捨てた。


『俺は、シニガミを倒すことは可能だと信じている』


 目の前の幻影は俺の目を見て、強く、信念を感じる口調で俺に伝えてきた。


『そのために、俺は未踏領域を進んだ。

 だが、死んじまったものはしょうがねえ。

 約束通り、お前が代わりにシニガミを倒せ』


 これは……何て答えればいいんだ?

 俺のことを必要としてくれた期待は失いたくない。

 でも……


「俺は今年の伝統に選ばれた。つまり最下位の灰塵ダストなんだ」


 俺は目を合わせることもできず、自信なさげに話す。


『あ? それがどうした?』


 その言葉に、俺は弾かれたように顔を上げた。


「俺は最下位なんだぞ!?出来ることなんて……誰かの役に立てることなんて、何もないんだ」


 だが、目の前の男はじっと俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


『俺はこの目で見た。ある灰塵ダストが、俺の真紅ルビーのエネルギーを打ち消しやがった瞬間を』


 ダストがエネルギーを打ち消す?

 聞いたことがない。

 

 エーテル燃焼は、完全に上位互換の特性を持つのが常識だ。

 

 燃焼レベルに差があるのであれば、打ち消すことは可能だ。

 だが、最上位の真紅ルビーを防ぐことができるのは、真紅ルビーだけ。


 白金パールでさえ相手にならない。

 灰塵ダストでは言わずもがな、不可能だ。


『俺が未踏領域に一人で入っていたのは、それと同じ未知のエネルギーを使う奴を探すためだ。

 未知の場所なら、似たような力を使う奴がいてもおかしくねえだろ』


「それは……そうかもしれないけど。

 見つかったのか?」


『ああ。こことは比べ物にならねえくらいの奥地で、群れの中にそいつはいた。白金パール真紅ルビーの群れに囲まれてな』


 話のレベルが違う。

 この男は、今まで人類が進むことのできなかった領域にたった一人で挑んでいたのか!?


「信じられない……けど、それがシニガミとどう関係してるんだ?」


『ハッ、重要なのはここからだ』


 目の前の幻影は真面目な表情で続ける。


『そいつは俺の真紅ルビーのエネルギーを打ち消しただけじゃねえ。

 偶然接近したシニガミすらも弾きやがった』

 

 理解が追い付かず、言葉が出てこない俺を置いて、紅い髪の幻影は話を続けた。


『見間違うわけがねえ。あの果てしない闇の中に、鮮やかな色を感じる独特のエネルギー。

 死ぬ間際にアイツの出した力は、シニガミにも届きうる力だった』


 目の前の男は語りつづける。

 まるで、どこか遠くを見るような目をしていた。


『だが、俺はその時相打ちで致命傷を負った。真紅ルビーの燃焼体もいたからな。ハッ、結局あの力のことはわからねえままだ』


「相打ちってことは、真紅ルビーの敵は倒したのかよ……」


真紅ルビーのヤツは確実にぶっ殺した。だが、その未知のエネルギーを使うやつは、どうだかな』

 

 どちらにせよ、強すぎる……

 正直、聞いたこともない話が多すぎて、にわかには信じられない。


 だが、俺に今起こっているとんでもない事態を考えると、あながち否定することもできないな。


 何より証言しているのは世界に数人しかいない、エーテル燃焼能力の最上位、真紅ルビーの力を持っていた男なのだ。


 シニガミに干渉できる力が本当に見つかったのならば、歴史を変えるとんでもない出来事だ。

 だけど……


「その謎のエネルギーを出した、灰塵ダストの人は……」


 俺は嫌な予感を感じながら聞いた。


『死んだ。俺の目の前で。

 そいつもお前と同じで伝統に選ばれたから、未踏領域に放り込まれた』


 俺を見ず、感情がないような表情で男は答える。


『俺の力を打ち消したのは、最後そいつが死ぬ直前だ』


 そこまで話して、目の前の男、アルバート・ハートリードは俺に強い視線を向けた。


『どちらにせよ、アイツも、俺が相打ちになったエーテル燃焼体も、恐らく黒硫黄サルファにすらたどり着いてねえ。

 つまり、灰塵ダストであることがあのエネルギーの鍵だ。

 シニガミを倒すにはテメェ自身の、左胸の燃焼器官が必要だ』


 俺の燃焼器官でシニガミを倒す?

 今まで役立たずとして扱われてきた俺の燃焼器官で?


『右胸にある俺の燃焼器官を利用して手がかりを集めろ。

 そして、左胸のお前自身の燃焼器官を使ってシニガミを撃破する方法を確立しろ。

 今それを目指せるのは、世界でお前だけだ』


 暗闇だった周囲にオレンジ色の光が何本もの筋となって現れ、斜面や木々を照らしていく。

 

 俺は思わず左胸を押さえた。

 ずっと、なんの役にも立てないと思っていた俺でも、役に立てるのか?

 

 人に期待されたのはいつぶりだろうか。

 熱い気持ちが込み上げてくる。


 話している内容は信じられない……

 シニガミを倒す?

 普通なら失笑してしまうようなありえない目標だ。


 できるわけない。

 そんな言葉が口から漏れかけた。


 だけど、昨日シニガミに触れられた時、俺は思い出したはずだ。


 灰塵ダストの現状を嘆くだけで、何もできないと思い、何一つ行動に移さなかった自分を……


 変わりたい……

 もう、あの頃には戻りたくない。


 灰塵ダストの現状を嘆いているだけより、ずっとましだ。


 何より、誰にも必要とされなかった俺のことを必要だと言ってくれている。


「……いいよ。やってやるよ」


 溢れる涙を拭って声を発した。


「約束だからな。俺の名前はヒツギ・シュウヤ。エーテル燃焼レベルは灰塵ダスト。今年の伝統だ」


『ハッ! 腹を括ったか。悪くねえ』


 陽の光に照らされて紅い髪が揺らめく男の姿が幻想的に見える。


 拳を突き出すと、俺たちの間に真紅のエネルギーが渦を巻いて周囲に舞い上がった。


 これが世界で初めてシニガミを倒すまでの、物語の始まりだった。

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