私の中の私の記憶

@rabao

第1話 私の自由を得るために

「名前はドライヤー」


女の子がひらめいたように満面の笑みを浮かべた。

まだ幼い少女ではあったが、彼女には別世界で過ごした数十年の記憶が脳裏に染み付いていた。

当時の両親のことや友達のこと、楽しかった記憶はない。

覚えているのは大きい会社の建物の一室。


「この製品はなんなんだ!」「メールで済むと思っているのか?」「誠意を見せろ!」

毎日この文章から一日が始まる。

朝早くから顧客からの痛烈なクレームを確認し、かかってくる電話に出れば怒声が飛び込んでくる。

夜遅くまで謝罪のための電話を繰り返し、月が隠れる時間まで光る画面に謝罪の文章を打ち込む。

家は、大きな石造りの建物の中にある小さなスペースのようだった。

その小さなお家は、水が金具から溢れ青白い火が管理できる夢のような空間だった。

しかし、帰宅した私は、火と水をふんだんに使かったお湯にぐったりと体を投げ出した後に、太陽よりも眩しい部屋の中で鏡を見つめながら、何かを呟いたり、時には鏡に映った疲れ切った自分の姿に何かを叫んで物を投げつけて泣いていた。

苦痛が連続するのが日常のようであった。

この世界のすべてが崩れてしまえば良いと常に願っていた。

朝日が出ると、この世界が存在していることに愕然とする。

そんな日が続いた深夜の薄暗い建物の一室で、光る画面に謝罪を打ち込む途中で私は意識を失っていく。

最後に見た机に描かれた、誰かが作った木目の形がいびつだった。


『もし生まれ変わることができるのならば、もっと真っ直ぐ上を向いて生きてみたい。』

遠くなる意識にバランスを失った身体が椅子から転げ落ちた。

羽虫のように天井から見下ろした自分の身体は、横たわった今でも仕事を続けているような体勢だった。

悲しいことであったが、私は最後まであの世界に抵抗することは無かった。



小さな手が思うように動き、優しそうな男性が覗き込んでいた。

何を言っているかは理解できなかったが、その表情から私に愛情を持っていることが分かった。

男性は私を軽々と引き上げて〇〇と呟いて私に頬をよせた。

ふわりと持ち上げられた自分の身体の大きさで、私は生まれ変わった事を悟った。

私は〇〇、この人の子供なのだ。


明日には消えると思っていた私の記憶は、物心がついた後まで、いつまでも啓示のように暗い過去を思い起こさせた。

12回目の誕生日を迎えた頃に、従姉妹の夢が「美容師になること」と打ち明けられた。

その時私の脳裏に、あの太陽よりも明るい部屋で髪の毛を梳かしている、惨めな私の姿が浮かんだ。

コードを差し込んで力を得るような、かつて電気と呼んでいた魔法はこの世界に存在はしないが、イメージは鮮明に浮かんでいた。


火と風の妖精を閉じ込めて刺激すれば良いのだ。

永遠を生きる妖精は餌がなくても死ぬことがない。

この世界では欠くことのできない便利な生き物だ。


父親に妖精の調教方法を教わりながら完成したドライヤーは、従姉妹の手にわたった後にあっという間に近所に知れ渡り、瞬く間に世界中に広まっていった。

私は名声と大金を同時に手に入れる事になり、世界が自分を中心に回っているような気さえしていた。


「なにか困ったことは?」

皆の困りごとを解決する術を私は知識として持っている。

皆のために聞いて周り、私はどんどんと新しい製品を生み出し、名声が名声を呼び、大金が大金を招き入れた。

国家への収める額も他の者たちとは比較にすらならないため、大臣さえも私に逆らうことができないほどになっていた。

過去に過ごした異世界の知識を元に、私はどんな事でも解決ができる存在であった。


いい加減に造っても私の製品は売れに売れた。

家の片隅の工場は巨大な企業へと変貌を遂げ、従業員たちは多忙を極めた。

私の栄光の影で起こったほんの小さな闇は、四方から照らされる私の輝くグレアの前では、悲しいほどはかなく霧散してしまうので、私は気づきもしない。


私から離れるにつれて影が鮮明に濃くなっていく。

希望を持って入社した新人が、顧客対応の部署で苦情への対応を続けていた。

新しく作った『パソコン』の技術で夜も昼もなく謝罪を続けている。


「こんな製品を売りつけてバカにしているのか?」

「メールで済むと思っているのか?」

「誠意を見せろ!」

新人たちは、朝からげんなりしながら仕事に向き合う。


『もう・・・、嫌だ・・・。もう限界だ・・・、』

決して外には出せない心の声が、彼女の内側を削っていく。

彼女が壊れるのに、そんなに時間はかからないだろう。

辛いと分かっていても、成長の真っ只中の企業への求人の応募は途切れることはない。



私の発明のお陰で、この世界の人たちの暮らしは楽になり、生活は豊かになっていく。

段々と記憶の中に近づいていくこの世界を、私は誇らしく思い愛している。


たとえ私の作品の根幹が、私の発明ではなかったとしても・・・。

この世界も私を愛している。


鳥のようにビルの最上階から見下ろす世界は、この朝日の中でキラキラと輝きに満ち溢れている。


私は転生した事に深く感謝しているが、他の者が転生することは絶対に許せない。

たとえどんな人間であろうと、この世界が崩れる夢を見ることすら許さない。

この世界のすべてが私の奴隷なのだ。

一人たりとも逃さない。



私はいま、自由の中で微笑んでいる。


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