インターバル / SCENE0

JO

男性不信

この世で一番信じられないもの

私の場合、それは男。


彼らは


目の前にいる相手とワンチャン欲しいがために、

平然と嘘をつく。


俺が好きなのはお前だけだよ

なんて簡単に口にする。


でも、冷静になって考えてみたらさ、

前にいる人も、後ろを歩いている人も、横に立っている人も

みんなこの世に二人といない「お前だけ」なんだよ。


何が言いたいかっていうと、

男は、「お前だけだよ」という当たり前の言葉を、その数秒後には

いとも簡単に違う「お前」に向けられるということ。

それも、なんの悪びれもなく。


男は、裏切る生き物だ。


この気持ちを男性不信と呼ぶということは、大人になってから知った。



そもそも私の男性不信は、幼少期から始まっていたのかもしれない。

私は五歳の時に両親が離婚して、その後は母に引き取られたため

父と一つ屋根の下で過ごした記憶がほとんどない。

それでもたった一人の父親だと思っていたけれど、彼はすぐに再婚して新しい家庭を築いた。

一番身近な男性であるはずの父親ですら、私だけのものではないんだと身をもって知った。

母は再婚せず、女手一つで私を育ててくれた。またその間、母には何人か恋人がいた。

母の恋人たちは母には優しかったようだが、無条件に母の関心をさらっていく私のことはとても煙たがり、敵視すらしていた。

男は、決してやさしい生き物ではないと学びながら大きくなった。


思春期の頃を過ぎて二十代になってから、何人かの男性と交際してみたけれど、

やっぱり心の底では誰のことも信じられなくて、本心をさらけ出すことはできなかった。

あなたのことを信用していない、という気持ちが言動に現れていたのか、

交際相手たちは早々と他の女性に乗り換えて行った。

今となっては相手を心から信頼して愛せる自信も、相手に心から愛される自信もない。


それどころか男と言うものは女を下に見ていて、常に女をコントロールしていないと気が済まない性質たちなのではないか。

そんな先入観だけがまとわりつくようになった。



伊沢いざわ 英子えいこは、赤坂見附にある貿易商社の経理部で働いている。


英子は二段に積み重ねた文書保存箱を両手に抱え、階段を下りていた。

自分の部署の二フロア真下に位置する倉庫へ行くには、長い廊下の先にあるエレベーターを利用するより、階段を利用したほうが近道だった。


伊沢さん、運ぶの手伝いましょうか?


階段の途中で、背後から誰か男性社員が声をかけてきた。


いえ、大丈夫です。

英子は前を向いたまま、ぶっきらぼうに答えた。


あ、了解っす。

と言い、男性はさっきまで立ち話をしていた他の男性社員の輪の中へ戻って行ったようだった。他の男性が小声で めぐっちゃんどんまい、と声を掛けているのが聞こえた。


きっとあの男性社員たちは私を見ながら、嘲笑しているに違いない。

どうせ「モテない女の可愛くない反応」と、笑いのネタにしているのではないだろうか。


私はそういう類の男たちに関わって無駄に失望を重ねないよう、男と話すときは一定の距離を置くようにしている。

相手と自分の間にバリケードを張って、そこからは絶対に立ち入らせないよう、常に警戒する。


だから私は、自分を見下しているんだろうと思える相手とは決して話をしたくない。

見下せるような男を話し相手に選ぶ。


そのせいか、いつも決まって常識も人間性も自分より劣っていそうなモラハラ男が、気が付くと次の交際相手となっているのだった。



英子の現在の彼氏 圭人けいとは、英子の家に来ていた。その日のディナーに英子はハヤシライスを作り、圭人に振る舞っていた。

ダイニングテーブルに座る圭人は、さっきからずっと手持ちのタブレットで仲間と通信しながら、オンラインゲームをしている。

プレイを一時中断してはハヤシライスを口にみ、プレイを再開、タブレットに向かって会話し、笑い、また中断する、ということを延々と繰り返している。

英子は無表情で自分のハヤシライスを食べながら、もう文句を言う気も失せていた。


圭人は英子より一つ年上の二十九歳で、システムエンジニアをしている。

二人はマッチングアプリで出会った。

春から交際を始めてもうすぐ三か月になろうとしている。付き合い始めの頃はまだ会話をする時間のほうが多かった。

ゲームが趣味だと聞いてはいたが、いつからか、圭人は英子と一緒にいるときもゲームばかりするようになった。

通信相手も同じように四六時中、ゲームばかりしている人間のようだ。


英子は先に食事を終わらせ、黙って風呂に入った。

夜十時頃になって彼らは示し合わせたように休憩を取り、そこでようやく圭人は英子にじゃあ、する?と話しかけた。

それから圭人はシャワーを浴び、ベッドに入り約三十分ほどで英子との行為を済ませると、またゲームに戻った。

行為の最中はロクに目も合わせず、キスもない。

自己中心的で、おざなりなそれは、気持ち良くもなんともなかった。


それでも英子にとって「この最低な男と、自分はいつでも別れる用意が出来ている」

という気持ちは、ある意味英子の心に若干の余裕を持たせてくれていた。

むしろその「捨てる決定権」を持つことが、この男と一緒にいる唯一の理由なのだと感じていた。


あそうだ、今度の土曜日、品川で行きたいゲームイベントがあるからよろしく

と圭人はゲームをしながら英子に告げた。


外出はたいてい、圭人の車で、彼の行きたいところへ、彼の出たい時間に出発する。

そして圭人はデートの終わりに、しっかりとその日移動した分のガソリン代を請求してくるのだった。

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