第〇二話 ヘラクレス
「……こんなの聞いてねえ!」
「うるせえ、さっさと走れッ!」
二人の男が繁華街から少し離れた場所を走っている……彼らの外見は瓜二つであり背格好もほぼ差がなく、髪型として左右別々の場所を剃り上げていなければ、区別がつかないかもしれない。
彼らはカテーナ・プリモとカテーナ・セコンドと呼ばれるヴィランであり、幾つもの犯罪に加担した指名手配犯の兄弟である。
恐喝や暴行、監禁など様々な犯罪を繰り返したことでヒーローたちから追われる身ではあったが、裏社会のネットワークに助けられながら今まで逃亡生活を続けていた。
しかし……今まさに彼らは猟犬に追い立てられる獲物のように必死に逃げ惑っている最中であった。
「あんなのが相手だって聞いてねえよ兄ちゃん!」
「俺だって聞いてねえよ!」
お互い罵り合いながら必死に走る二人……とても楽な仕事のはずであった。
ヴィランたちには独自のネットワークが存在しており、ヒーローが事務所に所属して任務として彼らを狩り立てるのと似たように、裏社会からの依頼を受けそれの成果をもとに報酬を受け取る。
報酬は金銭だけでなく、ヴィランによっては一夜の安全な宿や、簡素な食事そして裏社会での地位など千差万別である。
依頼を出すのは裏社会ではあるが、実は依頼の発行元は一般人や企業が出しているケースも存在している……ヒーローとヴィランは表裏一体の存在であり、ヒーロー全てが正義の使者ではないのだ。
「くそ……ヒーローが出てこねえって話だったのに……!」
「依頼主が企業だったのを過信しすぎたな……くそっ!」
カテーナ兄弟といえば裏社会ではそれなりに名の知られた存在であり、二人一組で繰り出される鎖を使った高い戦闘能力や、巧みな逃走などで今までヒーローは彼らを捕縛できていなかった。
しかし……依頼を受けて現場に到着した彼らの前に思いもせぬヒーローが現れた……不利と悟って一目散に逃げ出した彼らを、ヒーローはゆっくりと確実に追い立てているのだ。
焦りと不安を感じつつカテーナ兄弟は必死に路地を突っ切ると、人通りの多い場所で追っ手を撹乱するようにジグザグに走り回り……そして再び別の裏路地へと駆け込んでいく。
「……撒いたか……?」
「わからねえ、視線は感じないよ」
プリモは辺りを見渡しながら乱れた呼吸を落ち着けようと喘ぐようにセコンドへと話しかけるが……セコンドも不安そうな表情ながらも周囲へと油断なく目を配る。
小さな路地……ビルの隙間にある、少し据えたような匂いの中、月明かりが差し込むその場所で二人はなんとか落ち着こうと大きくため息をついた。
その時……まるで巨大な何かがその場に落下してきたかのように、ドスンッ! という音を立てて一人の男性が地面へと降り立つ。
「……カテーナ兄弟、だったな」
「……てめえは……!」
「ヒーロー……ヘラクレス?!」
二人の前へと降り立った男性はまだ二〇代中頃に見える黒髪の男性だ……身長は高く一九〇センチメートルを超えており、筋肉質と言っても良い肉体をしている。
瞳の色は緑色に輝いており首には赤いスカーフのようなものが巻かれ、まるで子供がヒーローを想像したかのような姿をしている。
顔つきはハンサムと言っても良い……まだ若者であることを匂わせるような少しきつめの風貌ではあるが、爽やかな微笑みを湛えて男はその場で二人と対峙している。
ヒーローネームはヘラクレス……古代ギリシャ神話の英雄そのままの名前を持つ男は、ゆっくりとカテーナ兄弟に向かって指を指した。
「善良な一般市民からの通報があってね、君たちを捕縛させてもらうよ」
「……バカじゃねえの、俺たち二人と一人で戦えるとでも?」
「……それ故のスキルさ」
ヘラクレスはかかってこいとばかりに軽く手招きをするが、その仕草にカテーナ兄弟はヴィランである誇りをバカにされたような気分に陥ったのだろう。
懐から商売道具である鎖を取り出すと、二人が同時に威嚇するように身構える……兄弟のスキルは「カテーナ」、鎖を生き物のように扱うスキルであり彼らの手から放たれた獲物は蛇のように柔軟に、そして決してちぎれることのない強靭さを得ることができる。
レアリティはそれほど高くはない……特に使用するものとして鎖以外に効果が発揮できないというスキルの制限があるため、スキルが顕現した後もあまり良い扱いを受けていない。
しかし兄弟はこのスキルを最も有効かつ効果的に使用できる生き方を見つけ出した……それが裏社会及びヴィランという生き方そのもの。
だが二人の前に立つヘラクレスはパキパキと指を鳴らしながらあくまで余裕の姿勢を崩さない……次の瞬間セコンドの放った鎖がヒーローの腕へ胴へと生きているかのように絡みつく。
「しゃあああッ!」
「……まるで生きているみたいだな……」
「おうよ、これで俺たちは今まで生き残ってきたんだ」
プリモもその言葉と同時に鎖を振るう……動けないヘラクレスに向かって鞭のように鎖がしなると、彼へと叩きつけられる……ガシャアアアアッ! という激しい殴打音と共に二度三度と鎖を叩きつけていく。
常人であればこの一撃で卒倒しかねない凄まじい衝撃を受けつつも、ヘラクレスの肉体にはまるで傷ひとつつくことがない。
異変に気がついたプリモが鎖を振るう手を止めたのを見て、ヘラクレスが肉体に力を込めるとセコンドが巻きつけた鎖が一瞬にしてバチイッ! という音を立てて吹き飛んでいく。
「な……!」
「嘘だ……ろ!」
「ああ、説明してなかったっけ……僕のスキルは名前の通りヘラクレス、圧倒的なパワーと銃弾でも傷つかない肉体をもたらすスキルだよ」
ヘラクレス……この世界のスキルにおいて最上級のレアリティとされているが、過去にこのスキルを所持していたものはかなり多く、ここから派生したスキルなども数多く存在している。
スキルの恩恵は凄まじく、圧倒的なパワー……これは数トンある重量物を苦もなく持ち上げ、拳を振るえばコンクリートの壁など容易く撃ち抜ける。
さらに肉体は凄まじいまでの防御能力を有しており、銃弾……これは軍用のライフルですら傷つけられなくなる。
運動性能も恐ろしく高く、一〇階建てのビルの屋上から飛び降りても無傷で着地できたり、逆に跳躍することで一棟を軽々越えることすらできるという。
「ば、バケモンだ……」
「そう言われると傷つくなあ……僕はあくまでもヒーロー……君らみたいな悪人とは違う存在なんだから」
「ふ、ふざけんじゃねえ……お前みたいなバケモンがヒーローを名乗りやがって……」
「ま、言い訳は留置所で聞くよ」
ヘラクレスが言い放った次の瞬間、セコンドの眼前にまるで瞬間移動でもしたかのように現れた彼が軽くヴィランの額を叩くと、その一撃で意識を刈り取られたセコンドが大きく宙を舞うように吹き飛び、壁に叩きつけられて悶絶する。
弟の危機に思わず助けに入ろうとしたプリモがまるで反応できない速度で、顎に向かって相当に手加減した拳がぶち当たる。
その一撃ですら決して肉体的には虚弱などではないプリモの体は大きく宙を舞うように飛ばされ、彼の意識は一瞬にして刈り取られた。
地面にドサッ! という音と共に倒れ伏した二人のヴィランにやれやれとばかりに肩をすくめると、ヘラクレスは耳元のインカムに向かって話しかけた。
「捕まえましたよ、カテーナ兄弟……通報通りですね、捕縛しておきますので引き取りに来てください……ええと、場所は……」
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