25. カレルの告白

 今聞いた話が、すんなりとは頭に入ってこなくて、わたしは何度も言われた言葉を心の中で反芻する。


『黒き魔女』の弟子の末裔。

 でも、弟子たちは滅ぼされたと、おとぎ話にはある。

 おとぎ話のほうが噓なのか、カレルの話のほうが噓なのか。

 もちろんカレルにとっては、自分が語る話が真実なのだろう。


「ええと……つまり、弟子の生き残りがいたって……こと……よね?」


 とにかく頭の中を整理しようと、彼に質問を投げかける。


「そのようです。僕の先祖は当時、どうやら子どもだったので、見逃されたか、気付かれなかったか、なにがしかの幸運を受けたんでしょう」


 するとカレルは引っ掛かることもなく、すらすらと答えた。すでに彼の中には明確な答えがあるようだ。


「子ども……どうしてそこまでわかるの?」

「日記がありました。大変だったんですよ、解読するのは。なんせ古代ファラクラレ語で書かれているので」


 苦笑いを浮かべて返事をする彼の言葉を、どう受け止めていいのかもわからないが、ただ会話をすることで、少しだけ落ち着いてきたような気がする。


「日記って、誰の」

「『黒き魔女』と、その弟子たちの」

「どこにあったの」

「家の地下室に」


 カレルの話がすべて真実だとするならば、彼の家は本当に、少なくとも八百年前からあるということか。

 なんとか話を受け止めようと質問を重ねるわたしに、彼は惑うことなく告白し続ける。


「僕たちの家は、見た目こそいたって普通の古い家ですが、地下室が広くて、そこに膨大な数の魔導書が保存されています」

「そう……言っていたわね」

「そこに『黒き魔女』や弟子たちが書いていた、日記のようなものもあったんです。日記といってもメモ書きなので、整理されているわけでもなく、丁寧に書かれているわけでもなく、さらに言えば破損した箇所もあったりして、本当に苦労しました」


 その苦労を思い出したのか、カレルはがっくりと肩を落としてみせる。

 だがすぐに顔を上げて、さらに説明を続けた。


「どうやら、『黒き魔女』の隠れ家だったみたいなんですよね。おそらく『黒き魔女』も、魔術の漏洩に対する警戒はしていたんでしょう。たぶんなんらかの結界が張ってあります。だから崩れもせずに残っているし、我が家を調べようとする人間もいない。母なんて、自宅の地下室だというのに、気味悪がって地下へ入ろうともしませんよ。結界のせいでしょう。八百年もったのは、そのせいだと思います」


 わたしは混乱する思考を抑えるように、自分の頭に手をやった。


「な……なんか、話が壮大過ぎて、ちょっと飲み込めないんだけど」

「はい」


 もしかしたらすべてが出まかせ、あるいは妄想、それから勘違いの可能性もある。


 それでもわたしは、カレルのことを信じようと思った。


『ご自身の感覚を信じてください』


 わたしの感覚は、彼が真実を語っていると囁いてくるから。


「でも、がんばって理解するから」

「ありがとうございます」


 カレルは冷静な声で答えると、軽く頭を下げた。こんな話をしているのに、落ち着いているように見える。

 でも、いつものカレルと違う。彼の顔からは笑みが消え去っている。

 これは、ヤナですら知らない、彼の本当の顔なのかもしれない。


「あっ、そ、そうだ。じゃあヤナも?」

「そうなんですけど、ヤナは知りません。僕だけ知っています」

「兄妹なのに?」


 すると彼は、小さく首を傾げた。


「ヤナって、秘密を守れる性格に見えます?」

「……見えないわ」


 曰く、『お金のためなら、喜んでしっぽを振る女』だった。


「でしょう?」


 そして小さく笑った。わたしはその笑みにホッとする。空気が少しだけ和らいだ気がした。


「家族では、父だけ知っているんです。そして僕にだけ伝えられた。でも父も、実は半信半疑なところがありまして。父は日記の解読をしていませんし、ここまでなにごともなかったから、緊張感というものも薄れているんでしょう」


 わたしのように、こんな塔で暮らして、あのおとぎ話を身近に生活しているならともかく、普通に平民として生きていれば、気にしなくなるのが正常なのかもしれない。

 なにせ、おとぎ話から八百年だ。


「弟子の末裔であることは、父のように、そこまで気にしなくともいいんでしょう。それこそ、『白き魔女』と『黒き魔女』の戦いは、おとぎ話として消化されている。でも僕は、警戒するべきだと感じました」

「どうして」

「八百年経ったからです」


『黒き魔女の魂のカケラ』を持つ人間が生まれるのが、戦いから八百年後だから。

 すなわち、わたしが生まれたから。


「本当に八百年前のことを、一人残らず、もうおとぎ話として消化しているのか。確信は持てない。もしかしたら、王家はまだ信じているのかもしれない。だってヘイグ公爵家は今なお存続している。それは未だ、『黒き魔女』の復活を信じていることの証左ではないか」


 実際に、わたしはこの塔に閉じ込められた。少なくとも、無警戒ではない。


「だとしたら、今が一番警戒しているときだ」


 その張り詰めた声に、ピリッと空気が震えた気がした。


「そうすると、僕たちの命が危ない」


 念のため。

 そう命令される日が来るのかもしれない。


「平民の僕が調べられることなんて、あまりないんですがね。ただ、ヘイグ公爵家がお嬢さまの世話係を探していた。公爵家の使用人なんて、普通はそれなりの身分の者を採用します。なのに、身分は問わないときた。おかしい。公爵家になにかが起こっている。これはもしや、『黒き魔女の魂のカケラ』を持つ少女が本当にいるのではないかと」


 そうしてカレルはここにやってきたのだ。


「あっさり採用されたので、罠かと思いました」


 どこか楽しそうに、彼は言った。

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