第26話 ☆ずるいです

 帰り道はすっかり陽が落ちていた。

 こんなに遅くなるのは、樋口君とマダミスを一緒に遊んで以来だ。


 突然決まった勉強会だけど、すごく楽しかった。

 誰かに教えることで、復習や確認にもなるので、教えることは嫌いではない。


 それにみんなと一緒にいたおかげで、今日学校で起きた嫌なことを少しでも忘れることが出来た。


「お姉ちゃん、私洗濯物取り込んだら先にシャワー浴びていい?」

「うん……今日はカレーにしようかな」

「おお、いいね……ねえ、大丈夫?」

「う、うん……」


 玄関で靴を脱ぎ、舞との何気ない会話の中で一瞬今朝の出来事やさっき樋口君に渡した手紙を思い出してしまった。

 それが表情に出たことを舞は見逃してくれない。


「あんまり気にしないで。目立つと恨む人とか出てくるのはよくあることではあるし……」

「私は大丈夫。変わろうとしたのは私だし。それで誰かを傷つけているんなら、ちゃんとその責任は受けるから……」

「お姉ちゃんは強いね」

「そんなことないよ。私、1人じゃ変われなかった……応援してくれてる人のためにも私は……」

「覚悟はわかってるよ。でも、もし、これ以上何かあるんなら……」

「わ、わかってる」


 舞はそれ以上何も言わず、ベランダへ。

 これ以上のことが何も起こらないことを願うしかない。

 そんなことを思いながら、私は手を洗って台所へと立つ。

 冷蔵庫にある食材を確認し、カレー肉と玉ねぎ、にんじん、ジャガイモを出してエプロンをつける。


 電話が鳴ったのはその時だった。


「も、もしもし佐久良です……あ、あの、もしもし」


 通話相手からは何の反応もない。

 しばらくしてからプツンと電話は切れた。


 最近は勧誘みたいな電話は多い。無言電話もたまに掛かってくる。

 無言電話……たしか樋口君と夏妃さんがそのうちかかってくるかもしれないと、訳は分からないけど言っていた。


 でも、今日の出来事を思い返してみると二人の言っていたのとは何か理由が違う気がして、受話器を持ったまま固まってしまった。


「お姉ちゃん、どうかしたの?」

「電話切れちゃって……」

「失礼な相手ね……やっぱりシャワー浴びるのは後にする。夕食作るの手伝うよ。一緒に作ろう」

「うん……」



 その夜、同じような無言電話はあと2回かかってきた。

 3回もかかってくることなんて今までにないこと。

 なんだか無性に怖くなり、気が付けば樋口君にそのことをメッセージで報告していた。


『教えてくれてありがとう。もしこの後家の電話が鳴ってももう受話器を取らない方がいいよ。大丈夫?』

『わかりました。今のところは……あの、何か変じゃありませんか? 私、どこで失敗したのか、わからなくて……』

『それは俺も感じてる。違和感というか、ごめん俺にもわかんなくて……とにかく気を付けてね』

『はい……』


 そんなやり取りをし、お風呂に入りもうちょっと勉強しようかと思っていたところで、樋口君から電話がかかってくる。

 予想もしていなかったことで、慌ててしまったけど緊張しながらも通話ボタンを押す。


「も、もしもし、樋口君……どうかしたんですか?」

「ごめんね遅くに……あれから電話ってなった?」

「えっと、さっきまた鳴ってましたけど。しばらくしたら切れました」

「そっか……ならとりあえずそこまでは心配しなくてもいいかもしれない」

「えっ……あ、あのどういうこと、ですか?」

「いや、その……さっきのメッセージが気になってさ。それにちょっと心配だったから……今、唯さん家の近く見回ってたんだけど、怪しそうな奴はうろついてないし、平気かなって」

「っ! 今、傍にいるんですか?」

「そ、そうだね……ごめん」

「謝らなくていいです!」


 ベッドから起き上がり、窓の外を覗けば樋口君が恥ずかしそうに手を軽くあげた。


「夕方言った通り、明日は迎えに来るから、待ってて」

「は、はい……」

「それじゃあおやすみ」

「おやすみなさい……あ、あの、ありがとうございました」


 樋口君はゆっくりと遠ざかっていく。

 樋口君の自宅がそれほど離れていないことは聞いていた。

 だけど、無言電話の報告から心配ですぐに駆けつけてくるなんて全く想像していない。

 迷惑かけちゃったかな。

 報告なんてしなければよかったとは思うものの


 なんだか樋口君の素早い行動に胸が熱くなって来る。

 不思議なことに、不安と怖い気持ちだったのに、それがわずかに薄らいでいくのを感じた。


「ズルい。なんだかズルいです……」


 そう呟いて私はベッドへともぐりこんだ。

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