グレイ・ウィンドの独白

 リベリオン帝国の北側には、特殊な形の街がある。円状の広大な防壁に囲まれ、中心街を四分円の弧の部分を組み合わせたような形状の水路で囲まれている。水路には跳ね橋が架けられている。

 水路は人工的な運河であり、物資輸送や敵襲に備える機能がある。戦時には跳ね橋を引き上げる事でそれぞれの地区が攻められにくくなる機能もある。

 街全体が星の瞬きのような形を描いている。


 街の名前はアステロイド。少し前に、ブレイブを仕留めるための人質管理に利用されていた。


 そんな街の上空で、人間大の白い三角形の洋凧カイトが飛んでいる。カイトから強靭な糸が数本伸び、持ち手と一組の男女をつないでいた。

 男女はいずれも年端もいかない風貌だ。顔立ちにまだ子供っぽさがある。灰色の髪を肩で切りそろえた少年と、黒髪を肩で切りそろえた少女だった。

 灰色の髪の少年は白い貴公子の服装で、カイトの持ち手を握っている。持ち手の片側には青い宝石が埋め込まれていた。カイトは、この少年のワールド・スピリットで編んだものである。

 黒髪の少女は裾の広がった青いドレスに身を包み、少年の左腕を抱きしめている。青い瞳と黒い瞳のオッドアイを持つ。

 少女に左腕を抱きしめられた少年は、暑苦しいはずだが微笑みを浮かべている。


 この二人はリベリオン帝国北西部担当者のローズ・マリオネットである。


 少年はグレイ・ウィンド、少女はナイト・ブルーという。


 グレイは溜め息を吐いた。

「ナイト・ブルーさん、独り言を聞いてくれますか?」

「いつもの事」

 ナイトは抑揚のない口調で答える。

「グレイのする事なら何でもいい」

「ありがとうございます、相変わらず心が広いですね」

 グレイはクスクス笑った。


「今回の人質作戦はどうして失敗したと思いますか?」


 人質作戦はブレイブ退治のために利用された。

 人質はいずれも、ブレイブと戦わされる五人が大事にしている人間だった。人質を取られた五人はブレイブたちと精いっぱい戦ったという。ブレイブに傷を与え、消耗させる事に成功したという。

 しかし、作戦は失敗に終わった。

 人質はエリック・バイオレットに救出され、ブレイブがゴッド・バインドで心置きなく戦えるようになった。そして、ダーク・スカイが倒れたという。

 そんな連絡をローズベルから受け取った。闇の眷属の間で激震が走っているという。

 しかし、ナイトはそっけない。

「グレイ、独り言のはず」

「ああ、独り言をするのならあなたには尋ねない約束でしたね。失礼しました」

「私に言ってほしい言葉があるなら、そう言って」

 ナイトが促すと、グレイは苦笑した。

「ダークさんがエリックさんを信頼しすぎました。エリックさんの裏切りを想定して、僕たちに人質管理をさせれば事態は変わったでしょう。あるいは僕たちを南部地方にテレポートさせて、共にブレイブと戦う手もありました。北西部の暴徒は後回しにするべきでした」

「そうね」

「それなのに、ダークさんもローズベル様も僕たちを暴徒鎮圧に向かうようにおっしゃいましたね。襲撃された闇の眷属を守るためでしょうけど」

「私たちは苦労した」

「そうですね、あなたの活躍がなければ僕は命を落としたでしょう」

 グレイが遠い目をする。

「過酷な戦いでした」

「グレイは絶対に死なせない」

「優しいのですね。あなたのおかげで救われます」

 グレイが微笑むと、ナイトは首を横に振った。

「当たり前」

「あなたの当たり前は、いつも僕を救っています」

 グレイは一呼吸置いた。

「闇の眷属も、そろそろ救われると良いのですけどね」

「当分の間は無理。エリックの裏切りと、ダークの失策が痛い」

「容赦ありませんね。まあ、シルバーさんも含めてあの三人は情熱家ですから」

「冷静さに欠ける」


 ナイトが表情を変えずに言った。グレイは噴き出すのをこらえられなかった。

 グレイとナイトにとって、自分の立場を顧みずにダークの作戦を邪魔したエリックも、エリックの生死が気がかりで周囲の反対を押し切って南部地方に行ったシルバーも、ブレイブ退治に集中すればいいのに暴徒から闇の眷属を救うのを同時進行しようとしたダークも、似た者同士だ。各地で暴徒が想定外に活発化して、冷静さを失ったとしか思えなかった。


「ダークさんのお気持ちは分かりますけどね。あの方はマネージメントではなく、戦いの中で相手を絶望に叩き落とすタイプですよね」

「私たちに実践的な戦い方を教えたのはダークだった。でも今は、私たちの方が強い」

「そうですね。ローズベル様がダークさんを最も大事な中央部に配置したのは、多くの人が驚きましたね」

「グレゴリーがどこの担当者にもなれなかったのも驚いた」

「驚きましたが、意外とうまくいっていましたね」

 皇帝のルドルフが五年前にリベリオン帝国の建国を宣言してから、本格的な全面戦争が始まった。二年前に大陸をほぼ平定した。しかし、担当地方を決める時にひと悶着あったのだ。

 当時は中央部にグレイとナイト、北部にダーク、西部にグレゴリー、南部にエリック、東部にシルバーという噂がまことしやかに流れていた。

 しかし、ローズベルの強権で覆ったのだ。ローズ・マリオネットを名乗って戦った者と、そうでない者を同列にできないという主張だった。リベリオン帝国の内部で、ローズ・マリオネットの中で最強と認識されていたグレイとナイトが中央部に配置されなかった事も物議を醸した。

 そんな中で、ダークはリベリオン帝国の内部をまとめてみせた。特に、犬猿の仲だったエリックとグレゴリーを、表面的とはいえ争わせなかった功績は大きい。細かい諍いを含めれば、数多くの駆け引きを成功させたはずだ。

 しかし、グレイの胸の内は複雑だった。

「ダークさんは、自分で戦ってこそのダークさんですよね」

「昔のダークは好きだった」

「過去形ですか?」

「うん」

 ナイトはしっかりと頷いていた。

「相手に絶望を与えるダークが好き」

「僕もですよ。戦っている時のダークさんは活き活きとしています。さて、独り言が済んだのでそろそろ降ります」

 カイトは少しずつ高度を下げる。アステロイドの中心街に降り立つと、その場にいる人々は恐れ慄いて道を開けた。畏怖を込めて深々と礼をする。

 白いカイトはひとりでにほどけて、無数の糸へ変貌した。無数の糸は空気に溶けるように消えていく。

 グレイは青い宝石の付いた持ち手を杖にして、東の空を見つめる。


「ブレイブはおそらく北西部にも来るでしょう。何としてでも止めたいですね」


「そうね」


 ナイトの返事は短い。しかし、迷いがない。

 グレイは安心して微笑んでいた。

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