圧倒

 美しい朝焼けが辺りを照らし出す。焼け焦げた瓦礫や、その場にいる全員の像がくっきりとする。

 人々の目に希望が宿っていた。メリッサとアリアは歓声をあげていた。

 サンライト王国最後の希望ブレイブ・サンライトが漆黒の地獄から生還したのだ。

 一方でブレイブは、人々の雰囲気がガラッと変わったのに気づいていない。

 ブレイブは震えながらダークに訴えかける。

「どうしてあんな怖い空間を作ったんだ!? 真っ暗で何も見えないくせに、身体が引きちぎられそうで大変だったよ!」

「は?」

 そんな空間に送り付けられて生き延びた事に疑問はないのか?

 こっちが奥の手を出したのに、怖がられただけで終わるとか、マジか?

 言いたい事は山ほど浮かぶ。

 ダークの口の端が引くつく。ブレイブにツッコミを入れようとした自分自身に、怒りが込み上げる。戸惑いや動揺は吹き飛んでいた。

「人間ならさっさと消滅しろよ! そのためのヘル・コラプサーだろうが!」

「そんなの知らないよ!」

 ブレイブは泣きそうな顔になっていた。

 ダークは呆れ顔になって、舌打ちをした。

 ブレイブが腰に巻いたロープが、元通りにくっついていた。テレポートをさせた時に切断していたが、ブレイブがヒーリングを掛けた事で繋がって、元の世界に戻れたのだろう。

 漆黒の地獄で生身の人間が無事でいられたのは、ゴッド・バインドがあったからだろう。

「反則だろ、そんなの」

 ダークは忌々し気に呟いて、打開策を模索する。

 現状、ダーク自身は消耗している。ワールド・スピリットを使う余力はほとんどない。次にヘル・コラプサーを放てば制御できず、自分自身が吸収される可能性がある。

 一方で、ブレイブの顔色は青い。荒い息をしている。足元がおぼつかない。余力は全く無いだろう。ダーク以上にワールド・スピリットを使い続けたせいだろう。

 ダークはブレイブの動きを注意深く見据えて、ナイフを構える。


 いざという時には、ワールド・スピリット抜きに殺すしかない。


 そう判断した時に、ブレイブが視界から消えた。


 次の瞬間に、ダークの胸に衝撃が走った。骨にヒビが入るほどだ。

 後方に跳んで衝撃を殺そうとするが、バランスが取れずに地面を勢いよく転がる。転がる勢いを利用して起き上がり、足に無理やり力を込めて立ち上がろうとする。

 今度は頭に衝撃が来た。

 速すぎると呟く間もなく、ブレイブが頭突きをかましたのだ。


「君は急いで治療したいから、まずは倒れてくれ!」


 ブレイブがダークの両腕を掴もうとする。

 ダークはブレイブを蹴とばして距離を取るが、すぐに追いつかれるだろう。

 ブレイブは、筋肉の異常回復により、身体を動かす速度が増しているのだろう。

 ダークの背筋に言い知れぬ寒気がのぼる。額に嫌な汗がにじむ。胸の内に焦燥と恐怖が渦巻く。

 数多くの死線を越えてきた冷酷なローズ・マリオネットが、圧倒されている。

「うぜぇ!」

 内心の焦燥と恐怖を吹き飛ばすように、悪態を吐いた。今の状況では、勝ち目はないだろう。

 自分自身も吸い込まれるのを承知でヘル・コラプサーを呼び寄せようと考える。ブレイブを倒せなくても、甚大な被害をもたらせるだろう。漆黒の地獄はしばらく止まらないだろうが、知った事ではない。

 ルドルフのゴッド・バインドのエネルギーになれるだろう。

 涙をこらえたルドルフの表情が目に浮かぶが、仕方ない。

 胸の痛みが激しくなる。思わず片手を当てると、その指先が黒い薔薇のブローチに触れた。

 同時に、穏やかな声が聞こえ始める。


「聞こえるか? 勝ち負けに関わらずに報告をしろ。待っている」


 一方的な命令だ。

 リベリオン帝国中央部担当者のローズ・マリオネットであるダーク・スカイにここまで言えるのは、一人しかいない。

 リベリオン帝国皇帝のルドルフ・リベリオンだ。

 ブレイブがダークに渾身のストレート・パンチをかまそうとする。

 ヘル・コラプサーを放つかどうか。

 迷ったら、ブレイブに倒された挙句に捕まっていただろう。

「コズミック・ディール、テレポート」

 瞬時に空間転移をして、姿を消すのだった。

 あとには、燃え尽きた瓦礫と、周囲を照らす朝の光、そして疲れ果てた人間たちが残されていた。

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