守りたいもの、癒したいもの

 ブレイブの母親はサンライト王国の女王だ。ダークが殺した女性で、ブレイブを深く愛していた人間の一人だ。

 ゴッド・バインドは、忠誠や愛情を持って死んだ人間の魂を膨大なエネルギーにできるというものだ。ブレイブの母親の魂が、ブレイブの身体を守っているのだろう。

 ゴッド・バインドは、リベリオン帝国の皇帝であるルドルフも持っている。発動すると、死者が絶命する瞬間の記憶が強制的に脳内へ流れ込むという。


 膨大なエネルギーを使う事ができるが、決して幸せになれる能力ではないという。


 ダークは絶叫した。

「知るかああぁぁあああ!」

 ダークはブレイブの腕を掴み、無理やり身体をひねる。

 ブレイブは勢いよく投げ飛ばされたが、地面に両足から着地する。皮膚のただれは完全に治っていた。

 ブレイブは憐みを込めた視線をダークに向けた。

「闇の眷属は絶望的に追い込まれていると言っていたね。君の心は傷ついているだろう。癒したい」

「ローズ・マリオネットに心なんかいらねぇよ。恐れさせ、嫌でも従わせてやる……!」

 吠えるダークの目の前に、ふんわりとした白い靄が現れた。

 ただの靄なら、振り払うだけだった。

 しかし、その靄の中で笑顔の子供たちと、育ての親である老婆が手を振っている。かつてダーク・スカイと生活を共にし、一緒に過ごした人間たちだった。

 簡単に振り解けない思い出の景色が映し出されている。

 ブレイブは穏やかに声を掛ける。


「君にも守りたいものがあったんだろう? 心を通わせた友達が、かけがえのない仲間がいたんだろう?」


 ダークは呆然とした。凶悪な重力はいつの間にか消えていた。

 重力に押しつぶされそうだった人間たちが、信じられないという表情を浮かべていた。

 ブレイブは続ける。

「心をさらすと弱さをさらすようで、守りたいものを守れなくなりそうで、求めているものが遠のきそうで、怖かったんだろう。これから仲間を守ろうする仲間たちが壊されるのを、守るものを見失うのが恐ろしかったんだろう。君は誰よりも仲間を想い、大切にしたかったんだ」

 ブレイブは憐みを込めた視線のまま、微笑む。

「だから、仲間を傷つけない作戦を選んだんだろう。たとえ仲間から卑怯だと非難されても」

 ダークは言い返せない。

 ブレイブは続ける。


「自分自身の心に、手を伸ばしてほしい。大丈夫だよ、君はきっと見失わない。君は強いから」


 ダークは唇を噛んだ。

 ブレイブの言葉に呼応するように、右手を伸ばす。懐かしい友の声、育ての親の微笑み、一緒に愛でた蛍の光。白い靄が、様々な思い出を映し出す。

 純粋に仲間を想った日々。

 その後に続いた残酷な日々。仲間を奪われ、憎しみにまみれ、殺戮に明け暮れた。


 純粋に仲間を想う日々には、もう戻れない。


 そう思った時に、ダークは左手のナイフで、自らの右手の甲を刺した。


「うるせぇよ、今さら何のつもりだ」

 ナイフを抜き、血だらけの右手で靄を振り払う。


「十五年間虐げておいて、俺たちが力を付けたら話しあおうってか? 気持ちわりぃ! 吐き気が止まらねぇ!」


 靄は霧散し、跡形もなくなる。

 血の滴るダークの手を見ながら、ブレイブは真剣な眼差しになる。

「君が傷ついた理由が僕たちにあるなら、謝っても許されないだろうけど、できる事をやらせてほしい」

「……サンライト王国を滅ぼされたてめぇは、傷ついてないのか? 俺たちは敵同士だよな?」

「傷ついた。おかしいと思った。だから、世界を癒すんだ。君も、闇の眷属が虐げられて滅ぼされるのがおかしいと思ったから、抵抗したんだろ?」

 ブレイブは、ダークの右手にヒーリングを掛ける。

 右手の傷は癒えたが、ダークの視線は怒りに満ちていた。

「同じにすんな。てめぇが何をしようと手遅れだぜ。リベリオン帝国と反抗勢力はぜってぇ相容れない」

「そうかもしれない。でも、争い以外の道があるはずだよ」

「ガキが偉そうに講釈垂れんな」

「大人になっても同じ事を言うつもりだよ」

 ブレイブが退く気配は無い。

 ダークは低い声で笑った。


「聞き分けのないボンクラは大嫌いだ。てめぇの母親と同じ運命を辿らせてやる。コズミック・ディール、ヘル・コラプサー」


 ダークの頭上に、黒い穴が空く。

 ブレイブにとって見覚えがあるものだった。

 サンライト王国の王城、そしてサンライト王国の存在を奪った崩壊星だ。すべてを吸収する、光さえ脱出できない漆黒の地獄だ。

 ブレイブは震えながら、両の拳を構えた。

「絶対に治療するんだ。君の心も、世界の傷も」

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