[完結]コミュ障のわたしには、鑑定スキルの発動条件がハードすぎる

伊東有砂

第1話

妹のプリンをこっそり食べたことがバレて、罰としてデラックス ア・ラ・モードを奢らされることになった。マンションの向かいにあるコンビニに行こうと、エントランスを出て、点滅する歩行者信号をサンダルを鳴らして渡り終えた。


熱い!わたしは背中に灼けるような痛みを感じて振り返る。腰に突き立つナイフが見えた。


「あれっ、誰アンタ?」


知らないおじさんの間抜けな独り言に、アンタこそ誰よ!と思いながら世界が斜めに倒れていく。違う、倒れてるのはわたしだ。そして視界が黒く塗りつぶされた。



誰かのすすり泣く声が聞こえる。重い目をゆっくりと開くと、真っ白い空間の真ん中で、目も覚めるような美女が鼻を垂らして泣いている。手鼻をかんでこちらを向いた。


「宮内あかねさん、妹さんと間違って殺されちゃうなんて不憫ふびんすぎますぅ」


ああ、やっぱりわたし死んじゃったんだ。妹のななみはコスチューバーで、姉のわたしはお針子担当。背格好が似てるし、きっとマンションの同じ部屋から出てきたから、ストーカーが見間違ったんだ。


「本来あなたの運命は、妹さんをプロデュースした実力を買われて、雑誌でいくつもコーナーを持つほどの人気になるはずだったのに、地球の管理者さんってほんとドラマチックでいじわるね」


え、何それ楽しそう。やってみたい!ってもう死んじゃってるじゃん!そんなあ。やり直しできないの?


「今やり直したいって思いましたよね?よね?それでね、あたしの世界でやり直しませんか?あたし、別の世界の管理者なんだけど、あなたみたいな才能のある魂をスカウトしてるの。今なら特別にスキルもプレゼントしちゃうわよ」


来た!異世界にいけるんだ!最近ハマっている異世界もののweb小説を思い浮かべて、わたしは心の中でガッツポーズした。悪役令嬢でも、好きな乙女ゲームのモブでもいい。剣と魔法の世界はちょっと怖いかな。ふふ、溺愛系だった困っちゃうな。


「うふふ、前向きに検討してもらえそうね。あなたにはそうねえ、プロデュースの能力を活かすために鑑定のスキルをあげるわ。ただ、あなたの引っ込み思案なところを直せばもっと輝けると思うから、発動に制約をつけちゃお。よし、これでいいわ。じゃあ、いってらっしゃーい」


また目の前が反転して暗くなる。


まぶたがカッと明るくなった。目を開けるとキラキラのシャンデリアがみえる。思いっきり大の字で寝てるみたい。慌てて起き上がってスカートを直した。見えてなかったよね?


「おお、召喚が成功しましたぞ。これで、この度の戦争に負けることもないでしょう」


おひげを生やした立派なお腹のおじさんが、誇らしげに話している。あ、言葉も分かる。よかった。


「その方、名を何と申す?」


「えっと、宮内あかねです。これって、本当に召喚されちゃったの?」


「そのとおりだ。我々は今隣国と戦争中なのだが、どんな手を打っても必ず相手に出し抜かれ、連戦連敗なのだ。戦況をなんとか盛り返す切り札にと、そなたを召喚したのだ。さあ、スキルを披露してはもらえないか?」


わ、早速きた!そういえばさっき管理者の人が鑑定をくれるって言ってたな。


「えっと、管理者さんから鑑定を授かったと思います。使い方は、えーっと」


頭に鑑定を思い浮かべると、鑑定の使い方がわかった。えっ!?



鑑定: 鑑定相手と粘膜で触れ合うことで相手の情報や思考を読み取ります。



粘膜…ちょっと待って!粘膜って?それって、もしかして、あの……いや、ちょっと落ち着こう。あの管理人さん、いったいどういうつもりなの?粘膜で触れ合うような関係なら、もう鑑定なんかしなくてもいいんじゃない?順番間違ってるわよ!


「どうだね?この場で披露してはもらえないだろうか?」


え、おじさん何言ってるの?この場で?粘膜接触を?披露?


わたしはもうパニックで何を言っていいのかわからない。おじさんも困った顔をしているけど、わたしはもっと困ってる!自慢じゃないけど、社交的な妹と違って人見知りだし、そういうこととは無縁に生きてきたんだから!


じわりと目に涙がたまっていくのがわかる。無茶なスキル発動条件を付けたあの管理者にも、安易に飛びついた自分にも、簡単にやってみせろと言うこの人にも腹が立って仕方がない。めちゃくちゃに叫びたい気持ちで息を吸った時、誰かが隣に並んだ気配を感じた。

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