MEAT COMBAT!~シゴデキリーマンは週末カードバトラー~
宇部 松清
第1話 喪の神、ミトコンウォリア
「弱すぎ、雑魚が」
向かいにいる小洒落た恰好の男が、「くそっ」と吐き捨てて拳をテーブルに打ち付けた。一本脚の丸テーブルが、その衝撃でバランスを崩し、ぐわんと大きく傾く。自分のカードを回収すると、彼の方は数枚が床に落ちてしまった。しかし、それを拾い上げることもなく、この場に似つかわしくないほどにバリっとキメたその男はなおも舌打ちをしてテーブルの脚をガンと蹴る。
「ちょっと、お客様」
店の奥の方で接客をしていた店員がそれに気付いて駆け寄ると、男は「アァ!?」とどすの効いた声で威嚇した。その店員はどちらかといえば俺達寄りだから、その声にしっかりとビビってしまって「あの、ええと、その」と及び腰だ。
「っ大体よぉ、何で俺がこんなオタク
えっ。
恐らく、この場の全員が思ったはずだ。
何をいまさら、と。
「な、ナオきゅん」
連れらしき女性が彼のジャケットの裾をちょい、と引っ張る。いくらこの場にいるのが彼の言うようなオタクばかりとはいっても、それだけに、そちらの味方につくような者はいない。完全にアウェーだ。いや、その彼女さんの方はたぶんこちら寄りなんだと思うけど。
そんなことをぼぅっと考えながら、ちらりとその女性を見る。
いわゆる、地雷系、というやつだ。
俺は年の離れた妹がいるから、多少その辺には詳しい。大学のサークル内に『姫』とやらがいるらしく、その愚痴を帰省の度に毎回聞かされるのである。
曰く、リボンやレースなどのついた可愛らしいワンピースに、白か黒、あるいは網のニーハイソックス、靴はごつめのヒール。それでいて、耳は軟骨までバチバチにピアスがあいていて、目はゴリゴリに
そんなやついるか? と思っていたが、ここに出入りするようになってわかった。いる。いた。存在した。成る程これが地雷系。わかりやすくて大変よろしい。
「ナオきゅんもう行こ? ね?」
ナオきゅんと呼ばれたシャレオツ男はまだこちらを睨みつけていたが、地雷系彼女がさっさとカードを拾い上げると、店内のオタク共に媚びを売るような視線を向けてぺこぺこと会釈をし、彼を連れて去っていった。嵐のような時間であった。
ふぅ、と安堵の息を吐いて、適当に回収してしまったカード達を丁寧に揃えていると、背後からヌゥと眼鏡の男が顔を出す。
「
ここの常連であり、友人でもある『タキザワ氏』だ。それに「あいや、全く」と返す。ちなみに俺の名前は『喪神』ではない。いや、発音としては同じなのだが、正しくは『最上』だ。けれどこの場での俺は『最上』ではなく、『喪神』なのである。『喪』は掲示板用語でモテない人を差す。『モテない女』は『
まぁ本名の『最上』をもじっただけなので、実際に俺がモテないというわけではない。大きな声では言えないが、普段の俺はどちらかと言えばモテる部類だ。でも社内恋愛っていろいろ面倒だし、それにこの趣味に理解がある人じゃないと、っていうか。
ブツブツとそんなことを呟いていると、ぽん、と肩を優しく叩かれた。自慢の福耳をふるふると揺らしながら菩薩のように微笑むタキザワ氏である。
「しかし本日も見事な試合運びでござったな、喪神殿。いや、実に鮮やか」
「ありがとうタキザワ氏」
「時に喪神殿。これは単なる噂というか――、千切りカルビ(※プレイヤー名)殿が騒いでいるだけなのでござるが」
「どうしたんだ?」
「いや、先週の水曜日、喪神殿によく似た男がバリっとスーツを着て、オフィスビルの中に入っていくのを見かけたと。よもや喪神殿、ビジネスマンなのでは」
その指摘にドキリとする。
「ま、まさかまさか! 俺がスーツなんて! オフィスビル? 何を言うか! 俺はミトコン廃人の子ども部屋おじさん、『ミトコンウォリア』なるぞ!」
そう言って、手に持ったカードの束『
本だけではなく、文具やアナログゲーム、パズルなんかも扱っている大型書店
その開発者がここの店長と知り合いらしく、その縁でここは聖地と認定されている。素数月の29日に『肉フェス』という名の中規模イベントが全国各地で開催され、そこの優勝者のみが11月29日の『良い肉の日』に行われる全国大会、『ハイパーお肉フェス』に招待されるのだ。それはもちろん聖地、HONUBEで開催され、ネットニュースにも取り上げられるほどの盛況ぶりだ。
俺はそのミトコンゲーマーで、プレイヤー名は『ミトコンウォリア』。昨年の『ハイパーお肉フェス』覇者である。肉王の称号も与えられ、この界隈ではちょっとした有名人だったりする。
ここでミトコンに興じる際の俺はというと、チェックのシャツにジーンズ、流行からズレた野暮ったい眼鏡、頭にはバンダナ、黒のリュックサックという出で立ちだ。はっきり言おう、この場には同じ格好の人間が十人以上いる。シャツの色が違うとか、リュックのメーカーが違うとか、そういう間違い探しレベルの差異しかない。まぁある意味制服のようなものだ。
俺は学生時代が勉強漬けだったこともあり、漫画やアニメ、ゲームにも人並みに興味はあったけど、そんなものに割く時間なんてなかった。周りは皆ライバルで、心を許せる友人なんてものもいない。だからいまこうして同じ趣味を持つ仲間に出会えたことがとても嬉しいのだ。
しかし、ここにいるやつらは大抵がニートの子ども部屋おじさん。フリーターや在宅ワーカーもいないわけではないが、大半が親のすねを齧って生活している実家住みである。まぁ、実家住みの部分に関しては俺もなんだけど。
ただ、仕事はしている。
それはそれはバリバリに。
何なら課長職だ。ぶっちゃけ給料もめっちゃもらってる。
それがバレたらきっと、いや、確実に彼らとの間に距離が生まれてしまうだろう。それがわかってるから言えないのだ。平日は実家の仕事を手伝っていることになっている。
ここでの俺は、肉王こと
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