伝承変身英雄譚・イジンバサラー
一般通過ゲームファン
第一章 出会い、そして戦い
第1話 普段通りの大切さ
「ショウタ、早く! 遅刻するわよ!」
「わかってるよ母さん! 今行く!」
普段通りの家族、普段通りの友人、普段通りの日常。
「忘れ物がないかしっかり確認しなさい!」
「母さん……今日は入学式だよ。忘れ物も何も、持ってく物なんて特に何もないじゃないか。」
「……言われてみれば確かに。」
一見変わり映えがなく、いつしか退屈すら感じるかもしれないその“普段通り”が、どれだけ儚く、かけがえのないものか、俺はよく知っていた。
「そうそう。ユヅルにも、ちゃんと挨拶して行きなさい。」
「……うん。」
俺は広間の襖を開けて、小さな仏壇の前に正座する。仏壇に祀られているのは二つ上の兄、ユヅルだ。
偉人の姿を見た。
神話上の怪物が人を襲っていた。
ここ数年日本各地で多発している、そんな摩訶不思議な証言ばかりが飛び交う、前代未聞の怪奇事件。一年半前、兄はその災禍に呑まれ、命を落としてしまった。
「おはよう、ユヅル兄さん。俺、高校に入学したよ。兄さんも通っていた、私立
俺は兄が大好きだった。兄と暮らす日常が当たり前だと思っていた。いつまでも、いつまでも続くものだと……そう思っていた。
でも、現実は残酷だ。失われた命は、どう足掻いても返ってはこない。どれだけ会いたいと願っても、もう二度と会えないのだ。
「じゃあ兄さん、俺、兄さんの分も高校生活楽しんでくるよ。」
時間が押していることをふと思い出して、俺は仏壇の前から立ち去り、玄関で真新しい革靴に足を入れる。
「じゃあ母さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、後でおばあちゃんと入学式見に行くからね。」
自転車の鍵を開け、屋敷の門の外まで押す。途中で、庭を散歩していたおばあちゃんを見つけて、挨拶をする。
「おはよう、おばあちゃん!」
「あら、ショウちゃん。おはよう。今日から高校だったね。気をつけて行ってらっしゃいな。」
「うん、行ってきます!」
門に差し掛かった辺りで振り返ってみて、相変わらずデカい家だなと思った。
都心郊外に佇む、ちょっとだけ……いや、かなり風変わりな大きな屋敷。それが、15代前から受け継がれてきた大和屋敷にして、俺が生まれ育った我が家、通称「浅井武家屋敷」だ。
「それじゃ、いざ出陣! ……てね!」
大きな木造の外門から飛び出し、自転車を勢いよく走らせる。こうして風を切っていると、ご先祖様が馬に乗って感じていた風も、同じものなのかなとついつい思ってしまう。
そして俺は、私立語世学園高校という名の新天地へと、自転車という名の細い鉄筋の体を持つ愛馬に乗って駆けて行った。
このときは、まさか今から三時間もしないうちに、非日常の中に身を置くことになろうとは、思いもしなかった。
コンクリートの道をスルスルと駆け抜けた俺は、私立語世学園の門の前に立っていた。私立の高大一貫校となれば当たり前ではあるが、うちの屋敷よりも遥かに敷地が大きい。
いつもユヅル兄さんの話でしか聞いたことのなかったこの学園で、今日から俺の新たな日常が始まるのだと思うと、ワクワクが止まらない。
早速クラス分けの表の前に立ち、自分の名前を探す。クラスが10もあるので、探すだけでも一苦労だ。
「浅井ショウタ、浅井ショウタ……あった! 4組の……出席番号2番か。」
イニシャルがAなのである程度分かってはいたが、やっぱり出席番号が若い数字だった。毎度のことだが、序盤で名前を呼ばれるので、新学期や入学早々は緊張が半端ではない。まあでも、1番ではなかっただけマシだと思うことにしよう。
ふと思い立って、俺は出席番号1番の人の名前を見た。
“相川 サラ”。名前からして女の子だろう。きっと緊張するだろうな。できることならば代わってあげたいとさえ……思わないか。いくら女の子の身代わりでも、初っ端はしんどい。
階段を上がり、教室に向かう廊下へと差し掛かった。廊下では、何人かの新入生たちが立ち話をしていた。出身の中学校から唯一の合格者としてやって来た俺とは違って、他に顔見知りがいる者は当然少なくないだろう。
受験者数が例年通りだったら、俺にも顔見知りの一人や二人くらいいただろうが、実に昨年比五倍という異常なほどの受験者の壁に阻まれて、俺と志を共にした仲間たちは桜の開花を前に散っていってしまった。長期休暇でもない限り、会うことはなくなるだろう。
そんなことを考えながら、俺は教室の扉を開けた。
自分の席に着くと、何やら周りが騒がしくなる。
「おい、もしかしてあいつが?」
「そう、噂の浅井ショウタ。なんか雰囲気ある感じだね。」
「今年唯一の公立中学出身合格者だっけ?」
「それも首席と一点差の天才らしいよ?」
「何の特徴もない真面目くんタイプかと思ってたけど、意外とかっこいいかも。」
「すみれヶ丘にあるあのでっかい武家屋敷に住んでんのかな?」
「だとしたら血筋由来で色々と学があるんじゃねえの? あいつと仲良くなったら、家で馬とか乗せてもらえたりして!」
なるほど、そういうことか。どうやら、もう新入生の間でも噂になっているようだ。
話にも出ていた通り、俺は出身中学でのみならず、今年公立の中学から唯一、語世学園に合格した受験者であり、何なら首席一歩手前という圧倒的な好成績を収めたことから、秀才として巷で話題を呼んでいる。
周りの生徒たちが騒ぎ立てている所に、教室の前のドアが開けられて、女教師が入ってくる。この人が担任のようだ。
「みなさん、席についてください。」
落ち着いている、だけど妙に響く透き通った声で、女教師は生徒たちに着席を促した。
「初めまして。私は、1年4組のみなさんの担任を務める、佐野レイコです。まず初めに、合格おめでとう。これでみなさんは、晴れて私立語世学園高校の一員となりました。これからよろしくね。さて、この語世学園では、入学式の前に、ちょっとしたホームルームをすることがしきたりとなっています。なので、出席番号順に軽く自己紹介をしてください。まずは、相川さんから。」
「はい。」
軽い自己紹介ということで、早速相川さんから自己紹介が始まった。
「相川サラです。語世学園に通うために、はるばる長野から上京してきました。みなさんがご存知の大手企業、相川コーポレーションのCEOを叔父に持っていて、今は叔父の家で、会社のお手伝いをしながら暮らしています。なので、放課後はあまりみんなとどこかへ行くとかはできないかもしれませんが、どうか仲良くしてください。」
相川さんはハキハキと自己紹介を終えて、拍手の中で席に着いた。こういう場面で緊張を全く見せないその様は、気品すら感じさせた。
「では、次に浅井くん。」
「はい。」
佐野先生に名前を呼ばれて、席を立つ。
「浅井ショウタです。既に知ってる人も多いと思うけど、今年公立中学からの唯一の合格者としてこの語世学園高校にやって来ました。すみれヶ丘にある浅井武家屋敷に住んでいます。さっき、仲良くなったら家で馬に乗せてもらえるかもという声が聞こえて来たので答えておきます。確かに庭は大きいけど、流石に馬はいません。期待しないでください。」
教室の中で狙い通りに笑いが起こった。
自分にはお堅いイメージがあるらしいが、これで少しは緩和できただろうか?
「代わりになるかはわからないけど、庭には大きな桜の木があって、ちょうど満開で見ごろです。よかったら見に来てください。これから一年間、よろしくお願いします。」
自己紹介を終えた俺は、相川さんと同様に拍手喝采の中で席に着いた。
他にも個性的な生徒が多かった。
ほとんどは一流企業の社長の親族だったり芸能人の子どもだったりだったので、特出した生徒がより強く印象に残った。特にインパクトが強かったのは、スポーツ推薦でやってきた、全国大会三連覇を果たした貝原テツトくん、茶道の名家出身の篠宮チヨさん、海外留学生のチャールズ・ギルバートくん、そして……
「探偵の、戸上カナミ・ハーパーです。たった今、伝承怪奇事件を追っている最中なので、何か情報があれば私までよろしくお願いします。また、何か困り事があったら遠慮なく頼ってください。無料で解決いたします。クラスメイトからはお金は頂けませんので。一年間、よろしくお願いします。」
戸上カナミ・ハーパーさん……怪奇事件を追う探偵。俺にとってこれは願ってもみないことだった。兄を死に至らしめた怪奇事件のことは、前々から知りたいとは思っていた。もちろん、簡単に話してくれるわけはないだろうが、もしかしたら何かわかるかもしれない。兄の死に繋がる、何かが。
しばらくしてみんなの自己紹介が終わり、教室が少しの間静寂に包まれた。なぜか、佐野先生は黙っている。
「えーっとー……先生? 大丈夫ですか?」
相川さんが代表して先生に声をかけてくれた。佐野先生は慌てた様子で反応を見せた。
「あ、全然大丈夫ですよ。今、頭の中でもう一度、みなさんの名前を復唱して、読み方を覚えていたので。では、自己紹介も終わったところで、そろそろ入学式の時間です。ホールに移動しましょう。」
『…………最後に、新入生諸君、入学おめでとう。これで私からの話は以上です。』
『皆様、ご起立ください。……一同、礼。……ご着席ください。』
学園長先生のありがたいけど少し長い話が終わった。周りの生徒たちには、少し疲れが見えた。おばあちゃんは大丈夫だろうか? 寝ちゃってないかな?
『続いて、在校生代表、生徒会長、葉山カンキチくんのお話です。葉山カンキチくん、お願いします。』
「はい。」
葉山カンキチという名前には、なぜか聞き覚えがあった。しかし、その既視感の正体は壇上に上がった生徒会長の姿を見ても分からなかった。
『在校生、起立。……礼。……着席。』
「あー、あー。生徒会長の葉山です。まずは、入学おめでとうございます。例年の五倍に相当する莫大な受験者の中から、この語世学園に入学できたことは、誇りに思って欲しいと思います。昨今、世間は怪奇事件で騒がしいとは思いますが、みなさんには、伸び伸びと学園生活を楽しんでいただけるよう、教師の皆様共々尽力しますので、どうか安心して学園に通ってください。学園長と、私個人として言いたかったことの大部分が被ってしまったのと、語世学園高校生徒会長として伝えるべきことは伝えたので、私からは以上です。」
短い。これは、異例の短さではないだろうか? 教師席から思わずどよめきが上がったほどだから、よっぽどだろう。これをやってとげる葉山先輩は度胸があるのか、それとも変人かのどちらかだ。どっちにしろ、慎重に関わらなくてはならなそうだ。
『在校生、起立。……礼。……着席。』
異例の早さで在校生代表である葉山先輩が壇上を立ち去ったことに驚きを隠せない者を残したまま、式は進んで行った。
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