第43話 悩み
三輪くんとの会話を終えグラウンドに戻った俺は、榊さんの応援をしようとみんなのところに向かって歩いていたのだが……
「落葉くーん!」
と、こちらに向かって大きく手を振る古賀さんの姿が見えた。
さっきは開会式も近くてあまり喋れてなかったので、今はちょうどいいタイミングだ。そう思い古賀さんの方に駆け寄ると、古賀さんは少し申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「今日は急に押しかけて、ごめんね? 天音子先輩に今日、落葉くんの学校で体育祭があるって聞いて、どうしても応援に来たくなっちゃって……」
「いや、いいよ。応援に来てくれたのは、素直に嬉しいし。それよりこっちこそ、この前はごめんね? なんか父さんのことも含めて、いろいろと迷惑かけちゃったみたいで……」
「そんなの別にいいよ! あたし、あれくらいで迷惑だなんて思わないし。ってかあたし、落葉くんになら何されても、迷惑だなんて思わないもん!」
古賀さんはそう言って、どうしてか自慢げに胸を張る。
……確か、うちの父親と古賀さんは昔、何度か顔を合わせたことがあったはずだ。でもあの父親が、古賀さんのことを覚えているとは思えない。……いやまあ、俺も最初は誰だか分からなかったから、そこを責めることはできないが……。
まあとにかく、あの父親が古賀さんを傷つけるようなことを言っていないか不安だったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「……そんなことより落葉くん、海外行くかもしれないんだよね?」
俺に気を遣ってなのか、周りに聴こえないようこちらに口元を寄せてから、小さく囁く古賀さん。……やっぱり古賀さんも榊さんも、そこが1番、気になるのだろう。古賀さんの声は、さっきまでと違ってとても真剣だ。
「……うん。でもまだ、そう父親に声をかけられてるってだけで、どうするかは決められてないんだよ。……情けないことにね」
「情けないなんて思ってないよ。これからの人生がかかった決断なんだもん。簡単に答えが出せないのは、当然のことだよ」
「だとしても、黙ってたのは……ごめん。もう少し早くに、相談するべきだった」
俺が頭を下げると、古賀さんはすぐに「気にしてないよ」と笑ってくれる。
「落葉くんが、1人で抱え込んじゃうのはもう知ってるし、今更そこに文句なんて言わないよ。……それに、あたし海外って行ったことないから、ちょっと楽しみなんだ。スペインって、何が美味しいんだっけ?」
「いや、なんで俺より古賀さんが乗り気なんだよ。ってか、着いてくるつもりなの?」
冗談なのか本気なのか分からない言葉に目を見開くと、古賀さんは悪戯に成功した子どもみたいな顔で笑った。
「なんて、冗談だよ、冗談。あたしも学校あるし、流石にいきなりは無理だよ」
「……だよね。なんか古賀さんなら本当に着いてきそうで、ちょっと本気にしちゃった」
「その言い方は酷いなー。あたしはそんな、ストーカーみたいなことはしませーん」
「あははは、だよね。ごめんごめん」
俺は笑うと、古賀さんも楽しそうに笑ってくれる。
「……でも、あたしはそれくらいの気持ちでいるから、落葉くんはあたしに変な気を遣わなくても大丈夫だからね? 落葉くんは、自分のやりたいようにやりなよ。あたしはあたしで、やりたいようにするからさ!」
こちらを見る古賀さんは、いつもと同じとても晴れやかな表情。そんな古賀さんの顔を見ていると、なんだか少し肩から力が抜ける。古賀さんも榊さんも、俺が思っていたよりずっと、強い子だったのかもしれない。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
「うん。引き止めてごめんね? ……あ、そうだ。お昼、一応、いろいろ作ってきたから、時間あったら一緒に食べよ? 落葉くんが好きな唐揚げとか、いっぱい作ってきたからさ!」
「……分かった。じゃあ、昼になったらまたくるよ」
「うん! じゃ、頑張ってねー!」
そんな古賀さんの声に片手を上げて応えて、俺は走ってみんなところに戻る。するとちょうど、榊さんが出場する玉入れが始まろうとしていた。
「……あ」
よく見ると榊さん、ちょっと頬を膨らませている。応援するって言っていたのに、古賀さんと話していたから、拗ねているのかもしれない。
「榊さんって意外と、子どもっぽいとこあるよな」
謝罪の意味を込めて手を振ると、榊さんは頬を膨らませたまま、手を振り返してくれる。……ちょっと、可愛い。
「なんだよ、おちばー。お前、ようやく榊さんと仲直りできたんだな」
そんな俺たちの様子を見て、隣にいた森くんがそう声をかけてくる。
「何度も言うようだけど、別に喧嘩してたってわけじゃないよ。……でも最近ようやく、榊さんの考えが分かるようになってきた」
「そっか。まあ、上手くいってるようでよかったよ。榊さんもお前が休んでる時、ずっと心配してるみたいだったし。……お前、あんま彼女に心配かけんなよ?」
「……分かってるよ」
こちらを気遣う森くんの言葉が照れ臭くて、俺は思わず視線を下げる。
なんだかずっと、空回りしているような気がした。でも、足掻いていた分は、ちゃんと前には進んでいたのだろう。目に見える変化はなくても、少しずつ何かが変わっていて、だから今はこうして俺のことを気にかけてくれる友達もできた。
「…………」
なのに俺は、それら全てを捨てて、またサッカーに全てを捧げるような生き方をするのだろうか? ……いや、そもそもできるのだろうか? 今更、そんな生き方を。
「でもよー、落葉。お前ちょっと、気をつけた方がいいぜ?」
少し考え込んでしまった俺に、森くんが真面目な声で言う。
「気をつけるって何を?」
余計な思考を追いやり森くんの方に視線を向けると、森くんは何かを気にするように辺りに視線を向けてから言った。
「……結構モテるんだから、いろいろ気を遣った方がいいって言ってんの」
「ああ、榊さんのことね。確かに彼女、モテるしね。……でも、その手の連中とは一度揉めて、それで──」
「じゃなくて、お前のことだよ、お前のこと」
「俺……?」
と首を傾げる俺を見て、森くんは呆れたような表情を浮かべる。
「お前、結構誰にでも優しくするとこあるからな。変に勘違いしてる子も、いるってこと。今までは榊さんと付き合ってるって分かってたからみんな諦めてたけど、なんかもう別れたーみたいな噂も広がってるし。またお前のこと狙い出してる子、何人かいると思うぜ?」
「……思い当たる節がないわけではないけど、そこまで俺、モテるかな? この金髪のせいで、目立ってるだけなんじゃないの?」
「それもあるけど、それだけじゃないってこと。……ま、お前に限って変なことにはならないと思うけど、しばらくは気をつけておいた方がいいと思うぜ?」
「分かった。気をつけるよ」
「おう! ……ってことで、今はうちのクラスの応援しようぜ? 愛しの榊さんも、頑張ってるみたいだしさ!」
そう言って森くんは、軽く俺の背中を叩く。視線を上げると、榊さんが頑張って玉入れをしている姿が見えた。俺は森くんと一緒に、そんな榊さんやクラスのみんなを応援する。
そんな風に楽しい時間はゆっくりと流れて、お昼前。ようやく、榊さんとの二人三脚が、始まろうとしていた。
……そしてそこで俺は、森くんの言葉の意味を理解することになる。
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