第22話 問題
「坂島 落葉さん。いきなりで申し訳ないのですが、わたくしとお付き合いして頂けませんか?」
カフェの店内に響くBGMが、やけに大きく聴こえてくる。確か何かクラシックの曲だったと思うが、上手く曲名を思い出すことができない。
……いや、違う。そんなことはどうでもいい。いきなりの言葉に動揺しているのか、全く関係ないことを考えてしまう。別に、告白されるのが初めてってわけでもないし、そんなに動揺する必要がないというのは分かっているつもりだ。
ただそれでも、こんな風に何の前触れもなくいきなり告白されるのは、それこそ昨日の榊さんの時くらいだ。だからどうしても、昨日のことを思い出して……勝手に心臓が高鳴る。
「いや、いきなりそんなこと言われても、困るんですけど……」
意を決して口を開くが、途中で言葉に詰まってしまう。そもそもよく考えれば、ただからかわれているだけなのかもしれない。確か古賀さんの話だと、この人なんかちょっと変な人らしいし。もしかしたら俺をからかって、遊んでいるだけなのかも……
俺は彼女の真意を確かめる為に、視線を上げる。すると、お嬢様な女の子……天音子さんは──
「スーパー琴音チョップ!」
「あいたっ!」
いつの間にかカフェにやって来ていた古賀さんが、天音子さんの頭をチョップする。天音子さんは本気で驚いたのか、目を丸くして頭を押さえる。
「……思ったよりも随分とお早い到着ですわね、古賀さん」
「なんか嫌な予感がしたので、用事を済ませてダッシュで来ました。ダッシュで」
「そうですか。そういえば古賀さんは、前から勘が鋭い方でしたわね。これはわたくし、一本とられてしまいました。おーほっほっほ!」
「笑って誤魔化さないでください!」
古賀さんはプンスカと怒りながら、俺の隣に座る。いきなりなことにいきなりなことが重なって、俺はまだ状況が理解できない。古賀さんはやって来た店員さんにコーヒーとパフェを注文したあと、申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ごめんね、落葉くん。うちの先輩が急に変なこと言って」
「……いや、別にいいよ。いきなりだったから驚いたけど、怒ってるわけじゃないし」
「そう? 相変わらず、落葉くんは優しいね。……実は今、うちの高校でちょっと流行ってるんだよ。『お願いい?』って頼んで、相手が『いいよ』って言ったら、『じゃあ付き合って』って言うの」
「あー、なんか女子校のノリみたいなやつ?」
なんか漫画でそういうの見た覚えがある気がするが、現実の女子校でもそういうノリがあるのか……。でも確かに、よくよく考えると意味わかんないもんな。俺と古賀さんが付き合ってるみたいなことを言ったすぐあとに、俺に好きだなんて言うのは。古賀さんが怒るのも、無理はない。
古賀さんはジト目で、正面に座った天音子さんを睨む。
「というわけで、先輩も落葉くんに謝ってください。身内ノリは身内だから通じるんであって、外でやったらただの痛い人ですよ? 先輩もいい加減、その辺りのことを理解してください」
「わたくし、別に冗談で言ったわけではないんですけど……」
「せ、ん、ぱ、い?」
「……分かりましたわ。確かに、いきなりで不躾だったのは謝ります。わたくしとしたことが、少々ことを急いてしまったようです。申し訳ありませんでした」
深妙な表情で頭を下げる天音子さん。確かにいきなりで驚いたが、そんな表情で頭を下げられるほどのことじゃない。俺は慌てて、首を横に振る。
「いや、頭を上げてください。別に怒ってないんでいいですよ。流石にちょっとは、驚きましたけど」
「そう言って頂けると、助かります。わたくし、実はこう見えて同年代の殿方と接する機会があまりないもので、少々はしゃいでしまいました」
天音子さんが顔を上げる。こうして見ると、やはりとても整った綺麗な顔だ。多分、ハーフか何かなのだろう。髪の色と相まって、どこかの国のお姫様みたいだ。
……そして、やっぱりその顔は少し、あいつに似ている気がする。
「あら? どうされましたか? そんなにわたくしの顔を見つめて……。もしかして、わたくしに惚れてしまいましたか?」
「え? そんなことないよね? 落葉くん。確かに先輩、見た目だけならびっくりするくらいの美人さんだけど、中身は残念お嬢様だよ?」
古賀さんと天音子さんに、見つめられる。俺は小さく笑って、首を横に振る。
「いやそういうのじゃなくて、もしかして天音子さんって、弟さんとかいたりします?」
「あら、よく分かりましたわね。実はわたくし、一つ歳の離れた弟がいますの。今日、あなたにお会いしたいと言ったのも、その弟の件で相談したいことがありまして……」
そこで、古賀さんが頼んだコーヒーとパフェが運ばれてくる。……なんかそのパフェ、一人で食べるにはデカ過ぎるような気もするが、古賀さんは目をキラキラさせながら食べ始めたので、指摘するのはやめておく。
俺は軽く咳払いをして、天音子さんの方に視線を向ける。
「その弟さんの名前って、幸三郎っていうじゃないですか?」
「……もしかして坂島さんは、エスパーだったりします?」
「いや、違いますよ。……そうじゃなくて、同じ高校に三輪って苗字の奴がいたんで、もしかしたら姉弟なのかなのと思いまして」
「そういえばあの子、あなたと同じ高校に通ってるんでしたね。でしたらもしかして、あの子とあなたは……お友達だったりするのでしょうか?」
「……友達ではないです。クラスも違いますし、まあ……ちょっとした知り合いですかね」
お姉さんの前で、あまり酷いことを言いたくはないので、俺は言葉を濁す。……が、俺の表情で何かを察したのか、天音子さんは少し悲しそうな表情で視線を下げた。
「実はあの子とは、随分と長いあいだ喧嘩してますの。それこそここ数年は、まともに口も聞いていません」
「喧嘩、ですか」
「はい。といっても、何かきっかけのようなものがあった訳ではないんです。気づいたらあの子、わたくしのことを避けるようになっていて。お父様もお母様も心配しているのですが、あの子なにも言ってくれなくて……。正直わたくしには、あの子が何に怒っているのかも、よく分からないんです」
「…………」
確か榊さんは、三輪くんは優秀な姉に劣等感を感じていると言っていた。多分、そのあたりのことが理由でお姉さんのことを避けているのだろうけど、それを本人に言っていいのかどうか。
天音子さんは、静かにティーカップに口をつけ、言葉を続ける。
「小学生くらいの頃は、いつも一緒にいるくらい仲がよかったんですけどね。でもあの子、中学に上がった時くらいから、急にわたくしのことを避けるようになってしまって。それに最近は、夜中に出歩くようなことも増えて……。それで、歳が近くて同じ男の子のあなたに話を聞けば、少しはあの子の気持ちが分かると思ったんですけど……」
「……それで、俺を呼び出したんですね」
理由は分かった。ただ申し訳ないが、あいつの気持ちなんて、俺には全く分からない。いくら歳が近くて同じ性別といっても、他人は他人だ。特にあんな捻くれた奴の考えなんて、俺に分かるはずもない。
「…………」
ただ、せっかく頼ってくれたのに、分からないと答えるだけというのも申し訳ない。なので俺は、言葉を選びながら口を開く。
「男ってみんな、カッコつけたがりなんですよ」
「カッコつけ、ですか……?」
「そう。家族とか友達の前でも、無駄な見栄とかはっちゃったりするんです。だから、無理に踏み込もうとするのは逆効果だと思いますよ。こうやって影で相談してるのがバレたら、たぶん彼は余計に怒ると思います」
「ですが、わたくしは……」
「心配なのは分かりますけど、お互い大人になったんです。昔と同じ関係性に戻そうとするんじゃなくて、新しい関係性を築いていった方がいいと思いますよ?」
自分で言っていて、綺麗事だなと思った。実際、三輪くんの拗れ方は思春期どうこうのレベルではない。あのままだとあいつは多分、俺や榊さんとのことがなかったとしても、何か大きな問題を起こしてしまうだろう。
もしかしたら天音子さんもそれを危惧しているのかもしれないが、家族にも分からないあいつの気持ちなんて、俺に分かるはずもない。だから俺に言えるのは、こんな綺麗事だけ。
天音子さんは再度、ティーカップに軽く口をつけたあと、ゆっくりと口を開く。
「ありがとうございます。参考になりました。……そうですわね。わたくし、あの子のことを少し子ども扱いし過ぎていたのかもしれません」
「家族なんだから心配なのはわかりますよ。特に彼はなんだかちょっと、危うい感じもするので」
「……もしかして、うちの弟が何か迷惑を?」
「別に、そんな大したことではないですよ。ただ少し、思い詰めているように見えたので」
「…………」
何だか微妙な空気になってしまい、俺は気まずさを誤魔化すように、コーヒーに口をつける。チラリと隣に視線を向けると、いつの間にかパフェを食べ終えていた古賀さんが、意外そうに天音子さんの方に視線を向ける。
「意外と真面目な話で驚きました。先輩、弟さんとか居たんですね。いつもの自由奔放ぶりから、一人っ子なのだとばかり思ってました」
「あなたもいい加減、失礼ですわよ? わたくしにも、真面目な悩みの一つや二つありますわ」
「確かに、それはそうですね。……弟さんと仲直り、できるといいですね?」
「……急に素直になられると、こっちも返答に困ってしまいますわ。わたくし、お嬢様ですのに……」
天音子さんは視線を逸らし、古賀さんは楽しそうに笑う。もしかしたら俺が思っていた以上に、二人の仲はいいのかもしれない。二人のやり取りを見ていると、そんなことをふと思った。
そして、チラリと高そうな腕時計を確認してから、天音子さんが立ち上がる。
「では、おじゃま虫のわたくしは、そろそろ退散するといたしましょうか。……あ、一応、連絡先は交換しておきましょう。また何かあった時に、いちいち古賀さんを挟むのも迷惑ですので」
「その言い方は、ちょっとあたしに失礼ですよ?」
「あら、失礼。わたくしまた、お嬢様らしからぬ行動をとってしまいました。おーほっほっほ!」
「笑って誤魔化さないでください!」
そんなこんなで連絡先を交換したあと、天音子さんは伝票を持ってカフェから出ていく。……なんだか、嵐のような人だった。
「ごめんね? うちの先輩が迷惑かけちゃって」
「いや、いいよ。別にあれくらい、迷惑でもなんでもないよ。ただ……」
ただまあ、また何か三輪くんが絡んでくる時があれば、お姉さんに頼ることがあるかもしれない。
古賀さんは、いつの間にか頼んでいたチーズケーキを食べながら、言う。
「……でも、さっきの落葉くんの話、なんかちょっとあたしにも響いちゃったな」
「さっきの話って?」
「二人とも大人になったんだから、昔と同じような関係には戻れないって話」
「あー、それか。でも実際、そうでしょ? 俺たちも昔みたいに、一緒の布団で寝るなんてことは、流石にもうできないわけだし」
「……そうだね。あたしも、あの頃に戻りたいとは思ってないよ。今はもう、昔と同じ関係じゃ満足できない」
古賀さんがこっちを見る。少し潤んだ綺麗な瞳。古賀さんは俺の隣に座ったままだから、少し動けば肩と肩が触れ合うくらい距離が近い。きっと、古賀さんが使っている香水の香りなのだろう。石鹸のいい香りが、漂ってくる。
古賀さんは、こっちを真っ直ぐに見つめたまま、言葉を続ける。
「あたしさ、落葉くんとはこれからもいっぱい楽しいことをしたいなって思ってる。でもその為には、やっぱり……謝っておいた方がいいかなって思うんだ。新しい関係を始める為には、なかったことにすることはできないなって」
「…………」
古賀さんはとても真面目な表情でこちらを見るが、俺には何のことだかよく分からない。……でもそういえば、古賀さんと疎遠になる前に、何かあったような気もする。
ただその頃の俺は、サッカーに夢中だった。……いや、夢中というより、必死だった。親に見捨てられない為に、必死になってサッカーボールを追いかけていた。だから古賀さんには申し訳ないが、それ以外のことはよく覚えていない。
古賀さんが、真っ直ぐに俺を見る。俺は──
「そいえば、忘れてましたわ!」
そこで、天音子さんが戻ってくる。古賀さんはまたジト目で、天音子さんを睨む。
「せーんーぱーいー?」
「そう睨まないでくださいまし。実は、一つ大切なことを忘れていましたの」
「……大切なこと?」
「そうですわ。……坂島さん、実はあともう一つ、あなたにお願いしたいことがありますの。……無論、告白とかではないので、そんな目で睨まなくても大丈夫ですわよ? 古賀さん」
「なら、いいですけど……」
そこでどうしてか、古賀さんが俺の腕を抱きしめる。……また、大きなおっぱいが当たってしまっているが、この空気で指摘することはできない。
天音子さんはそんな俺たちを見て小さな笑みを浮かべてから、その言葉を口にした。
「坂島 落葉さん。わたくしに、サッカーを教えて頂けませんか?」
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