獣人の愛は重く、番を絶対離さない【カクヨムコン10短編】
うどん五段
第1話
この世界には獣人と人とが暮らしている。
人は誰とでも番う事が出来るが、獣人はそうではない。
己の唯一の番とだけ番うのだ。
相手が同じ獣人であれば迷うことなく安心して番えるが、相手が人間だった場合、それは苦難の連続になると言われている。
それでも人と獣人は仲良く生活していて、俺の母の友人だという人が子供が少し大きくなったのを機に近くに引っ越してきたのは何年前だっただろうか――。
虎獣人の俺の両親は、俺を連れて引っ越し祝いに連れて行ってくれた。
当時俺は10歳。
彼女は3歳だった。
だが、恥ずかしがり屋の時期なのか親の後ろから中々出てこず、それでもジッと待っていると何とも言えない匂いがしてくる。
とても甘い匂いで、脳が痺れるような香りだった。
そして親の前から顔を覗かせた瞬間――俺の中で雷が落ちた。
尻尾までもがビンと立ち、目の前の彼女に釘付けになった。
「祐樹?」
「………俺の番です」
「「まぁ!」」
俺は10歳にして、番を見つけた。
あどけなく可愛い顔に赤い瞳が印象的な、とても可愛い人族の女の子だった。
当時彼女を前に興奮が冷めやらず、自分の番が見つかった喜びが凄かった。
彼女を怯えさせてしまったが、母親から「貴方の将来の旦那様ですよ」と言われ、朱里は「だんなさま?」と首を傾げて口にし、その言葉に生まれて初めて性的な何かを感じた。
抱きつき何度もマーキングして自分の匂いを彼女につけた。
自分の匂いを纏った彼女を見ると安心して、喉がゴロゴロと鳴りそうだったし、実際鳴っていたと思う。
幸せに酔いしれたあの10歳の時から月日は流れ、俺は社会人となり、彼女が来年大学を卒業するという時期に二人で暮らす準備を進めていた。
番制度では、番が見つかった時点で婚姻は許される。
なので、俺と番である朱里が婚姻したのは俺が10歳、朱里が3歳の時だ。
人が番の場合、獣人は恐ろしく人族を警戒する。
独占欲が強い獣人故に、人族の番は常に己の匂いをつけた首輪をつけて生活するのが当たり前だった。
他人に自分には獣人の番がいることを知らせる為だ。
それはとても重要な事でもあり、うっかり獣人の番がいるのに手を出せば、嫉妬に駆られた獣人に殺されても文句は言えない。
番制度はそれほどまでに強力だった。
また、獣人にもランクがあった。
俺のような虎の獣人は危険度が高い為、ランクSとされ、他の獣人すら恐れる場合が度々ある獣人族だ。
両親共に同じ虎獣人だった為、俺は特に危険度が高いと言われている。
特に番に対する思いは並みの獣人以上だとも言われており、手を出した人間や獣人は俺に殺されても文句は言えないのだ。
雌の獣人や人にならば嫉妬はしない。
だが雄ならば絶対に許さない。
――手を出す事は死を意味し、絶対にあってはならないのだ。
問題は番が人族の場合、高校や大学を卒業するまでは親元で暮らすという辛い試練が俺には待ち構えていた。
それでも一日一回は会う事が義務付けられていて、それで番のいる獣人の気休めのようになっている。
今日も学校が終わり、自分の家に帰宅した朱里に会うために仕事を終えた俺はいそいそと朱里の家に通うのだ。
己の匂いを新たに付ける為に。
「こんばんは」
「お帰りなさい、祐樹さん」
そう言って嬉しそうに駆け寄ってくる番は本当に可愛い。
スンスンと鼻で彼女の匂いを嗅ぎ、何事もなかったかを確認するのが日課だった。
誰も彼女に近寄らないという訳ではない。
学校に通っていれば嫌でも他の雄の匂いがつくのが嫌だったが、こればかりは人間の番を持ったことで苦痛な事の一つだが、俺に喧嘩を売るような馬鹿は早々居ない。
シッカリとグリグリとマーキングし、新たな自分の匂をつけるのは、彼女が3歳の時から日課だった為、嫌がられる事もない。
「学校では特に問題なく過ごせたようだな」
「ええ、もう直ぐ卒業だから皆浮足立ってるけど」
「そう言えば俺の時もそうだったな。番のいる女性に人族の男子が告白して八つ裂きにされたのを覚えてる」
「私は相手が虎獣人だって皆知ってるから、そんな馬鹿な事をする人はいないわ」
「だが不安は不安だ。君はとても可愛らしいから」
「じゃあ部屋でもっとマーキングして? 祐樹さんの匂いがすると安心出来るの」
もっとマーキングしてなんて言われたら本能的に喜んでしまう。
朱里の部屋に行き、体中にキスをして体中にマーキングして、服を脱がし胸にも背中にも匂いをつけると安心する。
どれだけ番が俺に愛されているのか、獣人ならばこの匂いだけで去って行くだろう。
人間の雄は別として……。
俺達の場合は相思相愛だからこそここまで許されるし、何より番制度で夫婦なのだから、子作りしても問題は無いのだが、人間と言うだけあって学校を卒業するまでは子作りも出来ない。
それが唯一の不満だった。
獣人には発情期がある。
相手が同じ獣人なら発情期休みを貰って愛し合えるのだが、相手が人間だと此方から「発情期だから」と伝えるしかない。
無論発情期中は仕事だって休める。
大事な会議や仕事が重なっている時に発情期になれば、薬を飲んで抑えるしかないが、相手がまだ成人していない人族を番に持つ場合も、薬を飲んで発情を抑えるしかない。
仕事中、何度も発情期休暇をとる同僚を見ると羨ましくて仕方なかった。
だがそれも、後数か月の我慢だ。
卒業まであと半年、それが過ぎれば晴れて朱里は俺と一緒に夫婦生活が出来る様になる。
人族を番に持つ友人達と慰め合いながらここまで来たのだ。
あと少しだと自分に言い聞かせながら身体を舐めたり匂いをつけたりして満喫する。
タップリと自分の匂いを纏った彼女を見ると興奮するし、息が荒くなる。
それを自制するのは、毎回キツイが絶対に行わなければならない行為でもあった。
「あと半年が辛い」
「もう新居は見つけてあるの?」
「ああ、後は君が来るだけにしてある。君を連れて行きたいが……巣に連れて行けば間違いなく抱くからまだ呼べない」
「あと半年でお嫁に行くからもう少し待ってね?」
「ああ……早くおいで。待ってるから」
離れたくないが、朱里から離れ自分を律しフ――ッと息を吐きつつ離れると、朱里は服のボタンを留めて俺に抱きつく。
「私もマーキングするの。浮気防止ね?」
「ははは!」
浮気等しないのに、朱里は人族の友人から俺がカッコイイと評判でやきもちを焼くことがある。
番を見つけた獣人は他の女には一切興味を示さないというのに、徹底している。
相思相愛……最高だ。
早く卒業して発情期休暇を取りたいと常々思うくらいには、友人がドン引きするくらいには相思相愛の仲だ。
同じ人族の番を持つ同僚も理解があって助かる。有難い事だ。
「また明日匂いをつけに来る。他の男に浮気なんてしないでくれ」
「私は貴方に一途なの、知ってるでしょ?」
「それでも不安なんだ……」
「また明日全身に貴方の匂をつけてね? ちょっとじゃ嫌よ?」
「ああ、勿論だ」
こうして身を裂かれる思いで朱里の家を後にし、後半月したら一緒に住むマンションへと一人寂しく帰る。
彼女が欲しいものは全て買い揃えた。
後は番が来るだけの俺と朱里の夫婦用のマンション……。
「はぁ……理性が持ってくれて良かった」
年々女らしくなり、俺を誘うような目をする朱里に翻弄されてばかりだ。
一人食事をし、後は風呂に入って寝るだけだが、一人のベッドは寂しすぎる夜だった。
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