シンメトリア戦記

羽原 輪 (はねはら りん)

第1話 〝神〟の誕生

ルーベスト大陸の南東には〝魔の島〟と呼ばれる大きな島が存在した。

その様な名で呼ばれる所以ゆえんは島を構成する者達にあった。身体的にも魔力的にも優れた力を有した異形の者達が数多く居住していたからだ。大陸に住まう者達は自分達よりも能力的に勝る彼らを怖れた。

大陸南西部で大きな国力を有する人族ヒューメナスの国であるヴィセリア帝国とハーン平原を挟んで西に存在する森を中心とした光葉族ライト・リーフの国家ルセリア王国は互いに平原の所有権を長年に渡り争っていた。紛争を度々起こしながら‶魔の島〟とも互いに交易を行なう関係だった。それが、ある時、この二国は突如として互いに手を結んだのだ。と、言ってもこれは、ある事柄に対してのみである。それは‶魔の島〟に関するだった。

突然、二国は島の者達に高い関税を要求して来たのだ。しかも島では手に入れ難い輸入品に関して一方的に値上げを始めて真綿で首を絞め上げる様にじょじょに要求を増して行った。そして今、いよいよヴィセリア帝国は彼らの統治に下る様に通告して来た。要するに植民地支配を受け入れという事である。島では種族、部族に独立して来た者達の代表者達が一同に集まり連日、連夜に渡り会議を開いた。一方的に搾取されかねない状況に独立不羈どくりつふきの意識が高い島の者達は総意として『断固として拒否するべき』という結論に至った。特にその主張を後押ししたのは島の‶知〟をつかさどる七名の魔導士を中心とした魔法士組合ソーサリス・ギルドの者達だった。そして、この返答にヴィセリア帝国は七隻もの軍船を差し向けて来たのだ。

島の者達が幾ら肉体的にも魔力的にも大陸の者達よりも優れているといっても多勢に無勢。統率された軍や軍船を持たない島はあっという間に周囲を包囲されてしまった。


事、ここに至って〝知〟を司る魔導士達は一つの決断に至った。


『長年の研究成果を実現すべし』と―——


魔の島の中央には一つのほこらがあった。その祠の下には長い螺旋状の階段が地下へと続き、降りて行くと中規模の研究所が存在した。

幅も高さもそれなりの広さの場所には多くの書物と共に様々な機械が存在していた。その機械群とも言うべき存在は所々で様々な光彩を放ちながら明滅を繰り返して稼働している事を証明していた。魔法灯アコン・ライトの光りの下で、今、七名の魔導士達が部屋の中心にある一つの装置を取り囲む様に立っていた。

ソレは丸い形をした機械で中心には丸窓が付いていた。台座の上に置かれたその装置には様々な機械から様々なコードやチューブが伸びて何かを供給していた。


「では皆の者、最後の仕上げに取り掛かるぞ。もう後戻りは出来ぬ」


その場につどった七名は不安と期待の入り混じった表情をしていた。


「このままヴィセリア帝国の者共が上陸すれば数十年に及ぶ我らの研究が無に帰してしまう。今、この時を逃せば目覚めさせる機会は二度と来ぬ。いや、来たとしても外部の者達に利用されれば我らの理想は成就じょうじゅせぬ」

「怖れるな。様々な分野における基礎的学習や魔術知識は既に睡眠学習で刷り込み済みだ。後は自らの体験として学んで行くのみだ」


誰かがゴクリと唾を飲み込む音が響いた。そして中でもリーダーと思われる人物が皆に更なる決意を促した。


「皆、心を決めよ。不安を捨てよ。我らは全ての研究を‶神〟に注ぎ込んだ。後は目覚めて頂くだけだったのだ。今日がその時だった。只、それだけだ」


誰もが押し黙った。そして皆が頷く。全員の決意を確認したリーダーが朗々ろうろうと言葉を紡ぎ出した。


〝我ら無から有を生み出さんとする者達。我らの声を聞き届け給え。我らの祈りを聞き届け給え。今より魔胎またい生命いのち宿やどす〟


この宣言とも言える様な言葉を終えると周囲を取り囲んでいた全員が両腕を前に突き出して台座の上にある大きな球体に紫色の光を注ぎ始めた。魔力照射と言われる物で魔導士達の魔力を球に注ぎ込んだのだ。様々な場所が急激にドクン、ドクンと大きくまるで心臓が鼓動を刻むが如く揺れ動き始めた。


魔胎宮またいきゅうが激しく鳴動している。ついに、う・・・生まれるのか」


その場にいる全員が息を飲んで見つめる中を魔胎宮またいきゅうと呼ばれたその機械はやがて動きを縮小していった。


「ま・・・まさか、失敗なのか?」

「いや、そんなはずはないッ!我らの数十年にも及ぶ研究の成果、コレ以外の方法なし。と、結論づけた集大成なのだぞッ!」


その時、一人が思わず球体の中心にある丸窓に向かって駆け寄った。そして中を覗き込む。溶液に満たされた内部には体を丸めた状態の一人の青年が揺蕩たゆたっていた―——が、突然その青年の瞳が開いて覗き込んでいた魔導士と目が合った。


「ひぃっ!」


と云う短い叫び声を上げると彼は一歩、二歩、と後ずさって尻もちをついた。それが合図だった訳ではあるまいが、魔胎宮またいきゅうに繋がっていた様々なコードやチューブが弾け飛ぶとバシュッという音と共に蕾が花を開くかの様に四方に機械が開いて行った。中の溶液も周囲に流れ落ちた。そして内部で片膝を付いた全裸の長い黒髪の青年が浅く短く呼吸を整えながらゆっくりとまぶたを開いた。

周囲で見守っていた誰もが言葉を発しなかった。成功を信じながらも目の前の出来事を未だに信じ切れる面持ちで見つめていた。彼らは青年にどの様に声を掛けて良いのか判らなかったのである。辺りをゆっくりと深い黒瞳こくどうで見渡しながら逆に青年が問うた。


「ここは・・・何処だ?お前達は・・・誰だ?」


やがてリーダーの男が一歩、二歩と青年に近づくと彼の前に両膝を付いた。そして涙を流しながら彼の問いに答えた。


「我ら全員、貴方のしもべとなるべき者達で御座います。良くぞ…良くぞ無事にお生まれ下された」


そう言うと感動を噛みしめる様に歯を食いしばり嗚咽おえつを始めた。他の魔導士達もそれにならった。全員が両膝を付き頭を下げたのである。この時、様々な場所でこの青年の誕生を知覚した者達がいた。

一人は手入れのされた庭園でお茶を飲んでいた手をふと止めた。一人は様々な者達との謁見を終えて玉座で休憩している時にそれを感じた。一人は木々の生い茂る森の中でほらに座して瞑想している最中に瞳を開いた。一人は闇の森の奥にある洞窟で儀式をしている最中に目の前の炎の中に彼の姿を見て笑みをこぼした。


彼の誕生により新たな時代は始まったのである。

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