ナースの引き際

 闘病中、現実とせん妄を行きつ戻りつする中でも、家族や自分の先行きを気にかけ、周りに負担をかけたくないと心を砕いてきた母。

 コロナ禍で、入院中は面会ができなかったので、入所日には孫達も施設まで来てくれて、少し会うことができた。


 母はずいぶん小さくなり、在宅酸素をつけ、車椅子にちょこんと座る姿を見て、年を越せるのだろうか、せめて誕生日を迎えられたらと、口には出さずともみんなが不安と願いを抱いていた。


 入所後は、『ナースの習性 4』のようなハプニングもあったが、ようやく安心したのか、母は入院中よりも落ち着いていた。


 けれど、食欲も落ちて、全身状態が悪化し、入所後ひと月も経たないある日、施設からターミナル(終末期)対応に入ると言われた。

 個室に移り、施設のコロナ対策基準をクリアすれば面会できるようになった。

 父と私が面会に行くと、眺めの良い個室でうとうとしていた。話すことはままならないが、こちらの声は聞こえていて、笑顔も見せてくれた。


 その数日後、母が呼吸停止したと連絡があった。

 昼食を少し食べて栄養士さんと話をして、20分後ぐらいに様子を見に行くと、すでに眠るように息を引き取っていたらしい。

 「朝からお話ししたんですよ」

 「私、今日ハイタッチしてもらったのに」

 母はその日も変わらず、スタッフのみなさんとコミュニケーションをとっていたようだ。


 病院にいる間に、主治医の先生には「お世話になりました。もうお会いできないと思いますが」と挨拶していた。

 亡くなる10日ほど前には、何年もお世話になったケアマネさんにお礼の電話をしていたらしい。


 孫達は面会に来る予定で、コロナの検査をしたり、それぞれに準備を進めていた。

 父と私も「また来るね」と言ったのに、誰も待たずに1人で逝ってしまった。


 弱った姿を見せたくない。家族の悲しむ姿を見たくない。施設のみなさんの手を煩わせたくない……それが母の最期の望みだったのだろうか。

 やっぱり母は、旅立つ時もナースだった。

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