1時限目 一年A組

 朝、玄関口で降ろし立てのローファーに足を突っ込む。

 学校指定の鞄を手に取ると、勢いよく玄関を飛び出して高校の始業式に向かって駆け出す。

「ようやく念願の高校に受かったぞ!」


 僕は中学卒業後、浪人生活を送っていた。

 何も入学試験に落ちた訳ではない。

 そもそも家庭の事情で、高校受験すらしていなかったからだ。


 中卒の身では、学歴からも年齢からも働く先は限られる。

 そもそも就労時間にも限界があるため、合計三つのバイト先を掛け持ちした。

 そして、一年後にようやく家の資金と合わせて、念願の高校に入学することが出来たのだ。


 今着ている制服は、キャメル色のブレザーもグレーのスラックスだって、全て昨年つぎ込んだ時間と汗の結晶だ。

 胸の学園エンブレムだけが、僕自身の学生としての証明あかしだった。


 高校生活は彩り豊かな薔薇バラ色に、包まれていると信じていた。

 少なくとも今朝、教室に入るまでは。


◆    ◇    ◆


 学校の通用門を通り抜ける頃には、僕と同じく新品の学生服に身を包んだ新入生が、グループごとに登校していた。

 何だかLINEグループごとの文字列が、連れ立って歩いている様にしか見えなかった。


(きっと同じ中学卒オナ中同士で、約束して一緒に登校しているのだろう)


 校舎の入り口には、A全用紙八枚にクラス分けの名簿と下駄箱の位置が掲示されていた、

 入学通知が来てから、あとに届いたお知らせで、入学時のクラスは事前に知っていた。

「一年A組か……」


 なんだか見えない特別なハンコで、印を打たれた気になっていた。

 一年の社会生活経験で、こうしたクラス分けも、単にクジ引き感覚で決められている訳ではない事を学んでいた。

 きっと年齢のハンデが、僕をA組にしたんだろうな、と心の中で理解していた。


 入り口で下駄箱の位置を確認すると、フッと一際目を引く女生徒が、傍らを通り抜けて校舎に入って行った。


(この学校って、芸能人でも通ってるのかな?それともモデルさん?)


 こうした疑念は、単に容姿を一瞥したからではない。

 その女生徒は色のロングヘア―を靡かせていたからだった。

 周りの生徒たちも、同様にその姿に目を奪われている様だった。

 僕は多聞に外国人とのハーフで、色の髪の子が生まれるなど聞いたことがない。

 色の髪の毛なんて、アニメの世界だけの存在だと、その時までは思い込んでいた。


キーンコーンカーンコーン……キーンコーンカーンコーン……。


 気が付くと予鈴が鳴り響いていた。

 急ぎ上履きに履き替えて、一年A組に進んだ。

 予定では一旦ホームルームの時間を取ってから、始業式が始まる筈だった。

 ちなみに入学式は父同伴で、二日前に済ませていた。


 A組の教室に入ると黒板に大きな文字で、こう書かれていた。

『ようこそA組へ 机のネームプレートに従い着席して下さい』


 どうやら取り立てて、名前のあいうえお順って訳でも無さそうだ。

 既に席次から、作為的なものを感じていた。

 僕の名前は案の定、窓際の最後方の席に見つかった。


(よく出来ているな)


 カバンをネームプレートの上に置くと、取り敢えず後ろからクラスの様子を俯瞰して見詰めていた。

 今朝がた見掛けたLINEグループの一部が、一定の割合で振り分けられているが、決して席は隣合わないように配置されている。

 何人かが僕の様に、机に荷物を置くと、グループ同士で集まっていた。

 要は席に着いたままの生徒は、各々グル-プのリーダー役なのだろう。


 クラス内の景色が鮮やかな薔薇バラ色から急に色褪せて、チカチカ点滅するスマホ画面のモノクロと幾何学模様に象られている様な気がした。

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