救いようのねぇ話〜最後の音はバスドラに似てた

クマとシオマネキ

Prologue〜落ちる

十九歳

 俺は、叩く音が好きだ。

 ドンッ!タタン!と、打楽器の音。

 心臓に響く音の波。

 痺れる皮膚に、弾ける心、この感覚が好きだ。

 今はもう、ちゃぶ台を手で叩くぐらいしかしてないけど…

 

 だけど…たか〜い所から、頭から落ちたらどんな音がするだろう?

 ふと、そんな事を思いながら、今日も日雇いの警備員の仕事に行く。




 いつも一緒にいる幼馴染がいた。

 近所に住む、仲の良い幼馴染。

 子供の時から軽口聞いて、男の友達と居るような感覚で、だけど女らしさもあって、距離感の分かる幼馴染。


 中学に入ってもその付き合いは変わらない。

 お互いの悪い所なんて知り尽くしている。

 だから喧嘩もするけどすぐにどちらかが折れる。

 お互いの良い所も知り尽くしているから。


 『ごめん』『こっちこそ、ごめん』


 そうやって来た、今までも、今も、それこそ、これからも。

 恋愛には至らない。付き合ったら別れるから。

 だから離れる事もない。

 そうやって距離を掴んでいた。

 いつまでも、ずっと、同じ道を歩きたいから。


 ある日、中学3年かな?

 幼馴染が音楽をやりたいと言った。

 ギターを片手にこれからはロックだと言っていた。お父さんから貰ったらしい。

 突然、ずっとやっていた水泳を辞めたから何事かと思ったが、そんな事しそうな奴だったから、見守っていた。


 遊びに来ては、音楽の話をする彼女。

 ライブハウスにも出入りしてるらしい。

 繰返し話す言葉と音に、俺も感染した。

 気づけばドラムをしていた。

 昔、和太鼓クラブに入っていて、叩く音が好きなのもあるからだ。


 学校でバンドを組んだ、全員下手なダメバンド。

 それでも楽しかった。楽しみ過ぎて、高校は学力が下の方の馬鹿学校に行ってしまった。

 俺はこの時、音楽と言う、甘美なドラッグにハマってしまったと思う。


「もしかしたら、私のせいかも…何かごめんね」

「いや、そんな事無いだろ?自業自得だよ」


 高校の入学式の日に、同じ高校に入った幼馴染に言われた。

 

 ウチは何処にでもあるような中流家庭、親父はサラリーマン、母親はスーパーのパート。

 勉強しろとは程々に言われた。

 だから息子が思ったより頭が悪かった事に少しショックを受けていた。

 でもまぁ、最後はお前のやりたい事をやれと言ってくれた。

 

 幼馴染の家は少し荒れていた。

 高校に入る頃には母子家庭になっていた。

 何で水泳辞めたかと言えば、通う金がなくなったからだ。

 更には母親とも仲が悪い、だから学校も公立に行けとしか言われてなかった。

 彼女もウチに遊びに来ていたから俺の両親を知っている。普通の家だと言う事も。

 だからそんな言葉が出たのかも知れない。


 ただ、この学校に入ったからには…と、音楽を真面目にやった。

 色んな音楽を聴きたくて、ライブハウスを出入りするようになった。


 バイトもした、今まではバスドラムとスネア代わりは週刊誌だったが、家でも叩ける消音のドラムセットを買った。

 それでも煩いらしく、親には夜はやめろと怒られた。


 幼馴染もギターを真面目にやり、時には駅前で先輩から貰ったと言うアコギで弾き語りみたいな事をしていた。


 幼馴染はそこそこ有名になった。

 有名になっている幼馴染と組むのは難しいかも知れないなと思ったが、俺はドラムというパートがそもそも少ない事もあり、彼女と組んでベースを探した。


 そこに同い年の女の子が入った、同じ学校でベースをやっていた。

 三人はすぐ意気投合した。

 学校でもライブハウスでも一緒だった。

 二年終わり頃には、地元のライブハウスで有名なバンドの前座、ライブハウスの店長から俺達は将来有望なバンドだと言われた。


 そんな時に幼馴染から告白された。

 付き合わないかって。

 正直、少し迷った。

 バンドも上手く軌道に乗って、これからと言う時に突然告白してくるものだから。

 それに今までの関係が壊れるのが怖くて…

 少し時間が欲しいと言って、俺はベースに相談した。


「バンドが崩壊すんの心配してんだね?大丈夫だよ、二人は長いんでしょ?崩壊なんてする時はするし」


「なるようにしかならないかな…」


 後は…俺の気持ち次第と言われたが、正直、もし付き合うとしたら幼馴染としか付き合う気はなかった。

 そんなにモテて無いけど告白もされていた。

 けど、バンドがあるから、幼馴染がいるから付き合わなかった。

 ドラムだからかな?後ろから見る彼女の背中。

 背中ばかり見ていた俺は、隣に並ぶのは少し照れるけど、それでも手を握って共に歩ければなと思った。


 だから…


「うん、付き合おう。けどバンド活動と付き合うのは別に考えよう」

「うん、ありがとう…君がいれば、私はもっと頑張れるから…」


 ベースからは『おめでとう』って言われて、バンド活動をしながら青春を楽しんだ。


 付き合うと言っても今までとやっている事は同じだけど、一線は超えた。

 俺は初めてで、彼女も初めてだと思う。

 お互いを、ずっと想いあっていたと思うから。

 『アハハ、聞いてたより全然痛くなかった』と笑いながらいう彼女。

 自分では上手く出来てる気がしなかったけど、彼女は満足そうに笑った。


 ある日、余りにピックを駄目にするから何か金属で出来てるピックを買っていった。

 そしたらそのピックに穴を開けてネックレスにしていた。意味ないじゃんと思ったが『初めてのプレゼントだからね!ニシシ』と照れ笑いしていた。

 そういえばプレゼントをあげた事無かったな。


 それから恋人としては充実した日々…だったと思う。


 でも、それは天秤のようで…バンドでは揉める様になった。

 よくある話なんだと思う。

 バンドは仕事のようにした方が上手くいく。

 長くやっている所は皆そうだと、男女の関係になると距離感が変わる。


 彼女と俺が大体揉める、たまにベースが巻き添えになる。原因なんか星の数程ある。

 分かってくれないの?何で分からないのか?

 男女の心の機微と音楽の話が混ざる。

 

 一番堪こらえるのが技術的な話、大人と比較される。

 それは恋愛の事も言われている様で、堪える。

 お互いを知るからこそ、えぐる、えぐれる。

 何気ない一言が長い刃物の様に突き刺さる。


『私の音、聞いてるっ?ちゃんと気を使ってよ!』

『お前こそ聞けよ!勝手に突っ走るなよ!』


 こんな時、不利なのは…いや、俺らの場合か。

 幼馴染の方がバンド存続の権利を持っているのは知っているから…余計逆らってしまうのかも知れない。

 幼馴染はギターとして幾つものバンドに正式なメンバーにと誘われている。

 だから俺もヤケになると逆らって、解散と言うトドメの一言を言わせようとしてしまうのかも知れない。

 多分、俺が楽になりたいから。


 ライブハウスの店長は言った。


「最近、アンタの彼女調子悪いね…まぁ二人の問題ならしょうがないけど…引き抜きとかで悩んでるんだったら相談してね?私、そういうの一番嫌いだから…最初にやろうと言った二人だから良いんだよ、まぁ本人達が決めた事はしょうがないけど…」


 店長は部屋にでっかく『初期衝動』と書いた額縁を飾っている。

 引き抜きで出来るオールスターみたいなバンドが嫌いらしい。


 それを分かっていたから、幼馴染とはあからさまな言葉はお互い言わず、だけど気配だけはずっとしていた。


 そして彼女は、言葉ではなく噂で俺を刺した。


『何かよく、打ち上げに行くようになったよね』


 ベースの聞いた話、オブラートに包まれた内容。

 ライブハウスでメジャーデビュー目前のバンド達。

 バンギャに混ざり有名バンドの奴らの一番近くに座る彼女。

 

 自分で噂の元を辿れば簡単に、噂とは違う現実が見えてくる。

 現実が真実かなんてどうでも良い、ただ、バンドのメンバーとタクシーに乗って夜の街に消えていく姿を見た、そして連絡が取れない、それだけで十分だと思う。


「別れようか」「何で?」「見たから」「………」

「あのね、それには…」「いや、聞きたくない」


 1秒にも満たない会話、1バースで終わる恋愛。

 否定じゃない、理由を語る時点で俺は冷めた。

 

 とりあえずバンドは解散。

 ベースも幼馴染に思うところがあったらしい。彼女も幼馴染と険悪になった。

 

「そんなに頭緩いなら最初から付き合わなきゃ良いのに…アンタ最低じゃん」


 ベースの一言が引き金になった、無言で睨む幼馴染。

 聞いた噂…見た現実…話そうとした真実。

 それはただの引き金に過ぎない、だってバンドで揉めてた時にずっと言われていた事だから。


 あの人の方が上手く叩く、あの人の方が分かってる、あの人の方が…

 俺は誰と比べられてるのか?そんなもん分かってるよ。

 だって俺は高校生の音楽好きのただ素人。

 向こうはそれで飯食える大人だから。

 そしてお前がその人達に認められてる事も。


 きっとそんな僻みに似た感情が、燻っていた嫉妬が後押ししていたんだろう。


「もうさ、別れよう、それでバンドも解散、良いだろ…これで自由に何処にでも行けるな」


「それは違うって!二人して何それ!?馬鹿じゃない!?もういい!」


 逆ギレにしかみえない


 それからは分かりやすく、何もしなくなった。

 音楽をやっていた原動力は彼女だったから。

 

 学校が三人共同じだから、嫌でも会う。

 ベースと今後について話し合うが上の空。

 幼馴染も学校に来ているがすれ違っても目を合わせない。時折遠くからこちら見ている様だか知ったことでは無い。


 そんな日が続いたある日、ベースが幼馴染の話をした。


「結局、昔から繋がってたんだよ…私達は踏み台だね(笑)」


 彼女の音楽が好きになるきっかけ、俺は知らなかった。

 当時は人気の無かった、今は彼女を一番のお気に入りにしている人気バンドのメンバー、キダーヴォーカルの男が、まだ弾き語りをしている時に彼女と知り合ったそうだ。


 年の差5つ程度…で、あれば中学3年相手でも関係無い。

 付き合うなんて必要無い、音楽を教え、刺激的な文化、生き方を教え、大人を教えられる。

 ロックとは時に残酷な行為の理由になると知った。いや、残酷なのは俺にとってだけかも知れないが。

 簡単だろうな、ヒナに歩き方を教えるように。

 俺の知ってる★★★は、俺が触れる前に既に蛹から蝶にされていた。


――聞いてたより全然痛くなかった――


 笑いながら言っていた、思い出して吐きそうになった。惨めになった、気が狂いそうだった。

 泣いた所でどうにもならず、取り戻す事も、許す事も出来ないまま、ただ置いてかれた。


「分かるよ、辛いよね…私もこれ聞いた時、本当にムカついたから…」


 ベースに抱きしめられて気が触れた、人肌と言うのは恐ろしいと思う。

 孤独を感じた時に触れられればイチコロだ。


「うん、良いよ…私だって■■の事良いと思ってたしね」


 結局俺は、ベースの女の子に逃げた。

 幼馴染と音楽を失う代わりに、ベースの女の子と付き合う事にした。


 それから…

 

 ドラムが叩けなくなった、叩いていると、とても不快な気持ちになり手が止まる。

 ロックが嫌いになった、その詩が嫌いになった。

 夢や希望を歌う音楽、孤独を慰める音楽、ありとあらゆる音、嫌詩が嫌いになった。


 それが嘘だからだ、優しい嘘なんてのは詭弁。

 やってしまった人間の言い訳、そして蔑みだ。


 アレが出来なくなった。惨めな気持ちになり何も出来なくなった。付き合った女の子は泣いていた。

 謝ると二人ともより惨めな気持ちになった。


「大丈夫だよ、待ってるから、ゆっくり考えよう?」


 正直、俺には何も無く、ベースをしていた彼女は何故、俺と付き合っているのか分からない状況だった。

 そのまま高校の終わりが近づいた。

 幼馴染とは喋らぬままだから何も分からず、ベースの女の子とは付き合っているがまるで友人の様に、そして時間だけが経ち、俺は大学に進学する事は無かった。


「卒業したら東京で二人暮らししない?フリーターだけど二人なら何とかなるよ」

 

 優しい言葉だが良いのだろうか?

 俺は彼女には感謝してるし、多分好意もある。

 だけど余りに、自分が情けなくて…何とかしなければと思い…


「うん、東京で二人でやってみよう」


 どうせ俺が何やっても、ろくなことにならないとは思っていたが、それでもやってみようと思った。

 それから準備、家探したり、彼女の挨拶に行く話までした。


 しかし高校の最後、卒業式の日、彼女は来なかった。

 元々フワフワした感じで高校に未練は無いとか言っていたが…電話しても出なかった。

 俺だけ来てるのも馬鹿みたいだから帰ろうと思った時…幼馴染を見かけた。


 卒業式だから黒く染めてベリーショートにしていた、短い髪をワックスで捻って制服を着崩して来ていた。

 何か意味があるのか知らないが、きっとこれからバンドで売れる為の願掛けみたいなもんだろう。

 突然、声をかけられた。ちょっと近くの公園に来て欲しいと言われた。

 もう過去の事…とは行かないが、俺は東京だし幼馴染もきっと忙しくなるだろう。

 最後に…と思ったが…突然、泣きながら謝られた。


『本当にごめん、ごめんなさい…色々…私…本当に馬鹿で…ごめんなさい…』


 その涙は罪悪感なのだろうか?

 彼女の話し始めた、音楽を始めたきっかけ。

 中三の時に弾き語りで出会った人、最初はいい曲だな、良い声だなと思っただけ。

 そして聴きに行くと声を掛けられ、その人に色々教えてもらう、格好良い音楽、ライブの音、バンドの楽しさ、音楽やライブハウスの世界。


 そして奏でる快感、弾ける悦び、堕ちる快楽、外れる勇気。

 何も無くとも、インスタントにヒロインになれる。

 驚きのまま、勧められるままに色々した。

 気付けば初体験が終わっていた、最初の方は頭がおかしくなる程の体験で、それが徐々に収まっていく。多分、何かされていたと思う…と。

 だから…俺との時が最初だと私は思っていると言われた。

 

 そして、男に俺の話もしたそうだ。

 一緒に音楽をやれば良いと言われたらしい。

 そして、幼馴染は俺に声を掛ける。

 俺と一緒に音楽をやるのは楽しかったそうだ。

 そして高校受験の失敗、二人ともほぼ一番下の公立高校に行った。

 その時に思ったそうだ、俺を大切な幼馴染、大事な人と気付き、大変な事をしてしまったと。

 自分がその男としていた時は、去るもの拒まずと言う人だそうで、自分の人生に影響を与えたが自己責任、だからそれまでの自分は無かった事に出来た。

 だが、俺は違う。自分を信頼してこの道に来てくれた、私にも間違いなく責任はあると思ったそうだ。


 責任を取りたいから…二人で成功する。

 一緒に居たいから…付き合う選択をする。

 離れたくないから…身体を重ねる。

 昔の事を知られたくないから…

 ムキになってすぐ言い返してしまった。

 俺をあの男より凄いんだって、思いたかったから。


 絶対二人で成功する。その為に元から付き合いのある男のいるバンドに媚を売り、前座をさせてもらう。

 高校生バンドのワンマン何か、誰も見やしない、有名なバンドの前座ならファンが付くのも早い。

 それにその男以外にも、バンドのメンバーからも誘われていた。だから以前と同じ事は起こらないと思ったそうだ。


 他のメンバーからは男女ツインのギターヴォーカル、幅が広がるからと、ゲストでも良いからやらないかと誘われていた。


 その辺りから、幼馴染と関係のあったギターヴォーカルがおかしくなった。

 昔の様に色々なものを勧めて関係を持とうとした、ウチのバンドが前座をさせて貰っている事をダシにして誘い始めた。


『見られちゃってたんだよね、ごめん…嫌だったよね』


 そして別れてからこの一年、説得されバンドに入ったりチクった、メンバーが意図していたものと違う幼馴染への関わり方が明らかになり、元から素行が悪さも目立ちその男はクビ、彼女がメインのギターヴォーカルになった。


 彼からすれば何でも教えてやった女、その女が自分の存在を食うような存在になる前に手元に置いときたかったんだろうか?

 

「アイツは出禁になったって。もう私が会う事無いから安心しろって、そもそもファンに手を出し過ぎて店も迷惑してたみたい…それに私達が解散してるのもあって…すんなり話が通ったよ、でも皆、君の事心配してた…」


 前座に出ていたから、バンドの人達は多少は面識がある。

 店長にも色々世話になった気がする。

 俺は…その幼馴染に手を出した男とも話した事がある。


 皆、良い人達だった、様な気がする。

 皆…か、だからなんだ、と言うんだろう。


「本当はもう一度…は無理だよね…ごめんなさい…でも…どうしても伝えたくて…かんちがい…ざれだまはま…おわがれなんでいやでぇ…だがらぁ」


「あぁ、話は分かった…辛かったな…頑張ったんだな」


 俺は…一年ぶりか…泣き始めた幼馴染を昔の様に慰めた。

 正直、何も分からない、理解できない。

 正直、気持ちが追いついてない、納得出来ない。

 一方的に言われて、どうして良いか分からなくて…とりあえず…


「でも俺…今、ベースやってたアイツと付き合ってて、音楽もやめたんだ…だからもう一度は無理かな…」


「ぞう…やめぢゃったんだぁ…ぞうだよね…うん…ごめん…グㇲ…うん…でも…私はまだ…だいぜつなぁ…幼馴染だと思って良いかなぁ…?」


「お前のせいじゃない、でも…あぁ、そうだな…幼馴染…うん…応援してるよ…だから頑張れよな」


「うん…うん!ありがとう…ライブ…もし気が向いたらいつか…いつか来てね?見かけたら君の為に、歌うから」


「ああ、嬉しいな…メジャーデビュー絶対しろよ!待ってるから…じゃあまたな!」


「うん!私頑張るからね!絶対成功するから!」


 それから握手して別れた。


 でも何でだろう、もう二度と…ちゃんと話せる気がしないのは。

 俺が変わったからなのか、彼女が変わったからか。

 話の内容もそうだ、良かれと思ってやったと言われても、結局蔑んでいたのではないか?とか。

 その男より俺が良いと思うなら、何故比較する必要があるのだろう?


 何故なら、俺がその男よりあらゆる面で劣っているからだ。

 結局、幼馴染だったから、側にいれた。

 それだけ。

 それだけその男にも、幼馴染にも俺は差がついていた。


 俺には拙い技術のベース、彼女がお似合いなのかも知れない。

 そう思わないと、気が狂いそうだから。

 こんな事を突然言われて、正気を保って、普通に生きていくには。



 ………次の日、何度も繰り返しベースの彼女に電話してたら警察が出た。


 付き合っていた彼女が死んだそうだ、エレベーターから転げ落ちた…けど…他殺。


 彼女と二度話せなくなった。


 長めの下りエスカレーターから突き落とされ、転がるように落ちて死んだそうだ。

 彼女の親から言われた。


「お葬式だけ来て欲しい。余りに姿が酷いから」


 何も現実感が無かった、葬式は極少数で行われていた。

 彼女の母親は一応、俺の事は知っていたらしい。

 俺は…犯人を知る。彼女の兄、そして始めて知った、幼馴染に手を出して、バンドをクビになった男だった。

 

 この男は何か俺に恨みでもあるのかと思ったが、そんな事は無い。ただの偶然の重なり。

 そもそも向こうは俺が自分の妹と付き合っている事を知らなかったらしい。


 彼女の遺影に線香を立てた。何も感じない。

 俺は、一体何なんだろう?彼女は幸せだっただろうか?東京での二人暮らし、道半ばで無くなり人生を終えた。そうだ…


 俺は彼女の兄に面会に行った。


『お久しぶりです、と言っても余り覚えていないのですが…』


『久しぶり…覚えている?俺もあんまり覚えて無いんだ…すまん…いや、本当にすまなかった、色々聞いたんだ、妹の事、ヒナミの事…本当に申し訳ない!これからはどんな償いもする』


『はい、そうして下さい…きっと恨んでますから』


 拍子抜けだった。悪い奴だったらどんなに楽だろう。いや、楽ではないか。

 あの二人は今の男を恨んでいるだろう。

 ただ、俺は…何も思わなかった…未だに気持ちの置き場に困っている。


「しかし、怒りも涙も出ないんだな…俺は…薄情な奴だなぁ…」 




 それから一年…契約していたアパートにいる。

 何も変わらない毎日、何も変わらない俺。


 幼馴染はテレビで見るようになった、と言っても地方局の音楽番組だが。

 ちょっと悪い感じのインディーズバンド、ガレージロックと自称し、斜に構えてテレビのインタビューに応える。 


『バンド内で恋愛とかあるの?』

『ハハッ無いっすよ』

『まぁ私、別に興味無いので』

『ヒナミちゃん何かはモデルもやってるでしょ!?撮影で仲良くなったアイドルとかいないの!?』

『ハァ…まぁそんな感じ?…だって?タクさん』


 無理矢理、隣のドラムに話をふる幼馴染、やる気が全く無い。だけど少しだけ思う事がある。

 俺があげたピックを未だにネックレスにしていた。

 俺がお前と居た証をまだ下げてるんだな。

 

 幼馴染が活躍していると、俺はまだ存在している気がする。



 そんな事を思いながら、更に一年近く…成人式が近付いた。

 気付けば今までの人生で未だに付き合いのある同級生がいなかった。


 幼馴染は様々なフェス、キー局の番組にも出るようになった。

 成人式にはライブの予定が入っているようで、多分来ない。

 連絡もあの日から取ってない。SNSでは相互フォローされているが告知の通知がウザくて殆ど見ていない。


 それでも一度、凱旋ライブだかで、通っていた地元のライブハウスで、店長が特別に入れてくれて見た。

 だけどチケットはソールドアウトの大盛況、出待ちも沢山居て声をかけられなかったし、目も合わなかったな。


 店長に言われた。


『私も以前あったけどさ、捨てられたと思うなよ?あんな才能と一緒にバンドやってた事、誇りに思うんだよ』


 あー……『いや、別に、どうでも良いと言うか…』


 俺は…多分そんな人間出来てないんだと思う。

 確かに嫉妬や惨めな気持ちは無くなった。


 それは死んだ彼女のおかげだと思う。


 今の俺は彼女と一緒だ、生きていても死んでもいても同じ、それは刑務所に入った彼女の兄も同じだろう。

 そこまでの人間だと思えば、自分達は巨大な才能に振り回された、ただの人だと思えば、そんな感情はでてこない。


 神様は多分、このまま俺を終わらせたいんだろうな。

 

 

 そして、今日も仕事に行く。

 仕事場に行く時に視界に入った『▲○■のヒナミ、中絶の過去?』みたいなスポーツ新聞の記事。

 芸能人は大変だ、あること無いこと書かれるから。 


 現地に着いたが警備員の格好する訳でも無い。

 もっと雑な…ボロボロのポロシャツ来て、立って人員整理するだけの機械。

 将来はAIにお任せする仕事だろうな。


 人と関わりたく無いからイヤホン付ける。

 だけど音楽は鳴ってない、あれから結局、耳に入って来るのは生活音だけ。

 聞こえない訳じゃないけど、昔の様に聞けない。

 それでも鳴っていると耳鳴りがする、いよいよ俺もおかしくなったかと思った。


 そんな症状があるのに、今日の仕事はアリーナでやるフェスの人員整理。

 音楽関係はやめろと散々言ったのに担当は頭沸いてんのかと思ったが、そもそも名前すら覚えていない感じだ。

 しかし家賃の為だ、仕方無いと思い今日も現場に行く。


 音楽はろくに聴いてないから誰が誰だか分かりゃしない。

 俺は2階席の警備…と言っても興奮して前に向かってくるファンを落ちないように抑える仕事。

 

『ウオオオッッッ!!オイッ!オイッ、オイッ!………』


 オイオイ言いながら押すんじゃないよ、俺が落ちるだろうが。

 アリーナの2階席、落ちたら確実に足は折れる、落ち方悪ければ死ぬわこんなん…


 後ろで流れているであろう音楽も聞こえない。

 2階席と言っても端の方で、スピーカーが近くにあるからよく聞こえるんだけどなぁ。


『みんなアアアアアアア!今日はありがとおおおお!!この曲から行くよおおお!!!』


 ふと…歌なんだけど、聞いた事ある声、なんだっけ?


―ごめん、ごめんね…私もごめん―


―いまさらだけど好き…だから…付き合って欲しい―


 久しぶりに音楽、唄が聞こえた、押されているので振り返る事も出来ず、でも久しぶりの音が心地よかった。力が抜けた。


「あ…」


 と、思ったら俺は腰より上ぐらいの柵の上に乗っていて、勢いで鉄棒の後ろ周りの様に、俺の身体は後ろに回転した。


 そこに映る景色。派手なライティング。

 逆さだけど熱狂的なファンが手を挙げる。

 そのステージの一番前には見た事ある顔。


 そして、前のライブハウスでは合わなかった目が合った。とても驚いた顔をしている。


 向こうも気付いたのかな?俺、逆さだけど。

 凄く時間がゆっくりで、距離もそんなに遠くない。

 でも見えた、俺のピックのネックレスは、もうしてないな。

 代わりにリングかな?それをチェーンに通して掛けている。

 あぁ、そうか。俺はもう消えたんだ。

 驚いた顔も懐かしいけど、こんな風に見に来るとは思ってなかったんだろうな。


 最後に、俺は逆さだけど親指で胸元を指差す。


 そして言う、今なら言える。


 『さようなら』って、何でかは知らんけど。



 落ちながら思う。俺のバンド名は『Fall』だった。

 先に逝ってる彼女には申し訳無いけど、俺はヒナミにずっと…『Fall in love』だったんだなぁ…なんちゃって。


 そして最後は、あれだけ聞こえなかった、好きな打楽器の音が聞こえた。

 コンクリと頭蓋骨、バスドラムの音に良く似ていた。


【9992文字『十九歳』 了】

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