第3話 三年後
龍平は暗闇をひとり歩く。まったくひどい失態だった。相手が銃を持っていることはわかっていたのに、いつも通り静かにやろうとしたのに。
(首をざっくり切ってやったのに)
後ろから組み付いて、ナイフを深々と首に突き立てたはずだった。ナイフを抜かないまま標的が動かなくなるのを待って、体から力がすっかり抜け落ちたときそれを静かに横たえた。
いつも通り過ぎて、心のどこかに慢心があったのだろう。標的は確かに死んでいたはずなのに、銃を抜き取って龍平に向かって撃ち放った。サイレンサーのついていないそれはパンッと軽い音をたて、弾丸は正面から脇腹にめり込み、貫通していった。
そのうち銃声に気がついたこいつの仲間がやってくるだろう。龍平は電話でチームに救援を頼むと、夜の闇の中を歩いて行った。痛みをこらえて、どこか遠くへ。
しかし暗い。真っ暗だ。いくらここが田舎とはいえ、こんな街灯の一本も立っていないことがあるだろうか。
ふと気がつくと、目の前にぼうっと光るものがあった。標的の仲間だろうか、一般人だろうか。容易に近づくべきではないが、龍平にはもはや縋るものがなかった。
だんだんと大きくなっていく明かりは、よく見ると提灯のそれだった。そしてそれを持っていたのは龍平の知る人物、三年前に死んだ日下部和洋だった。
「やあ、龍平」
相変わらずの笑みを浮かべて、和洋は立っている。
「なんだい君。もう来たのか」
和洋は龍平を見るとにやりと笑った。相変わらずの気に食わない顔だった。
「お前がいるということは」
ここは地獄か。
途端、足元が鋭い針の山に変わった。針はずぐりと足の裏に刺さり、甲まで突き抜ける。和洋の手に持っていた提灯は燃えあがり、彼は一層笑った。
「そうとも、君は死んだのさ。しかしおかしい死に方だなあ、死人に撃たれるなんて」
龍平は和洋に向かって何か言ってやりたかったが言葉が出なかった。突き刺さった針には返しがついており、痛みによがるほど傷が広がる。
「ほら、歩かないと。獄卒が来たよ」
急にバシンッと背中を鞭打たれた。燃えあがるような熱が背に広がり、肉が裂け飛び散るのがわかった。さらにもう一度、もう一度と容赦なく責め立てられる。和洋はずぐりずぐりと突き刺さる針に顔をゆがめながら、前へと進んでいく。
「くそっ」
前へ、前へ。進んでいる間は獄卒の鞭はやってこない。しかし返しのある針に足はずたずたに引き裂かれていく。裂けては治り、治っては裂きの繰り返しである。
「いつまでっ歩くんだっ」
「もちろん、罪を、償うまでさっ」
和洋は脂汗を流しながら笑ってそう言った。なにを笑っているのかと、苛立ちが募る。
ふと、足の痛みが和らぐのを感じた。足もとを見ると蓮の花が針の山の間からすっと長い茎をのばし、龍平の足を受けとめていた。ぽつ。また足元に花が咲いた。
「いま現世で、君を思って泣いた奴がいるらしい」
花には露が浮いていて、その露が足からじんわりと胸の内まで地獄の熱から守ろうと冷たく包み込む。誰かが龍平のために泣いている。涙を流している。
「僕が死んだ頃にも随分と咲いていたものだけれどね」
この花には獄卒ですら手を出すことはない。
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