第12話

◇◇◇


 頬を膨らませながら、背の君に後ろから抱き着いた。

「妹?」

 こちらを見る前に私だと気づいてくれたことに嬉しくなる。

「背の君」

 下がっていた機嫌が、簡単に上向くのを感じながら、背の君の背中に頭を押し付ける。

「……ふふ」

 背の君は小さく笑うと、抱き着いている私の手を柔らかくたたかれた。

「ほら、これでは抱きしめられない」

 しぶしぶ抱き着く力をゆるめると、背の君はくるりと回転し、私と目を合わせられた。

 穏やかなその瞳を、なによりも愛しいと思う。

 愛しくて、切なくて。

 その想いをわかってほしくて。

 私は、はしたないとわかりつつもまた自分から抱き着いた。

 背の君は、くすぐったそうにしながらも、私を抱きしめ返してくださる。


「……お慕いしているのです」

 誰よりも。何よりも。

 でも、きっと慕っているのは私ばかりだ。だって……。

「知っているとも」

 ああ、ほら。

 いつも、背の君はそうおっしゃる。

 背の君はつれない。

 でも、そんなところさえ、愛おしい。


 愛おしいと、心が叫ぶ。



 ――恋とは、まるで呪いだ。


 背の君が、私の頬に触れられた。

 甘美な熱を感じながら、そっと、目を閉じる。


 愛しい背の君の瞳が、どうか、私以外を映さないようにと願いながら。


◇◇◇


「……ん」

 なにか、夢を見ていた気がする。

 でも、夢の内容はさっぱり思い出せない。

 

「美冬」

 穏やかな声が、私を呼んだ。

「……あ」


 春美お姉様のものでも、お母様でもお父様でも、じいやでもない、その声の主は。

「雅楽様」

「ああ。おはよう、美冬」


 私の髪を片手で梳きながら、旦那様は柔らかく私を見つめていた。

「っ!?」

 間近で見る旦那様の優しい瞳に思わず体温が上がる。

 何か……粗相はしてないかしら。

 慌てて口元を隠しながら、おそるおそる旦那様を見つめ返すと、旦那様は微笑んだ。


「ふふ。あなたは、本当に愛らしいね」

「!?」


 愛らしいなんて、小さい頃に亮平さんに言われて以来だわ。


「こんなに愛らしいあなたを放って仕事をしていたなんて。我が事ながら、愚かだな」


 そうだわ、仕事……。先ほど、仕事があると出て行ったのよね。

 旦那様は妖の王。

 やるべきことは多いのだろうけれど……。


「雅楽様は……」

「うん?」

「お疲れではありませんか?」


 私を喰らうつもりが今の所ないのだとして。

 花嫁として迎える日も仕事をするなんて、よほどのことではないだろうか。


 ……というのは、私――人間の価値観かもしれないけれも。


「ありがとう、美冬。俺を心配してくれて」

「……いえ」


 首を振る。

 考えてみれば、花嫁として迎え入れられた私もしていたことは、寝てただけ。

 人の価値観に当てはめれば私もおかしいどころか、花嫁失格だわ。



「でも、大丈夫。もう結界を張り終わったから」

「……結界、ですか?」


 そうだよ、と頷いて、旦那様は私の髪を掬い、その先に口付けた。


「美冬がもっと寛げるように。この城全体の結界を張り直した。悪意あるものは近寄れない」

「ありがとうございます」


 ……ということは。

 やはりあの白昼夢の銀葉は、私の夢だろう。


 だって、旦那様は妖の王。

 その結界を破れるとしたら、それ以上の存在になるはずだもの。


 もし、そんな妖がいるなら、今頃王の座が明け渡されているだろうし。



 旦那様の目元の金の刺青を確認してほっと息を吐く。


「美冬?」

「いいえ、……ところで、雅楽様」

「うん?」


 私は、旦那様を見つめながら、首を傾げた。

「この世界の喰らわれない花嫁は、何をしたら良いのでしょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る