閑話 私のクラスの顔面偏差値が高すぎる件 by.モブ
――このクラス、顔面偏差値高すぎない?
私、小野裕子は、ふと思った。
いや、ふとというか、感覚が麻痺してただけでずっと思っていたことなのだが。
教室の最後列にある私の席。
教室全体が見えるここから、軽く周りを見渡すと……
(……美男美女、多いなぁ)
思わずため息が漏れる。
秘密裏に行われた、匿名の学年別顔面偏差値ランキング。
その上位者は、なぜかほぼこのクラスに集まっている。
(……なんだろう、芸能学校か何かかな?)
このクラス、顔審査とかあったりする?
……いや、私がいる時点で、それはないか。
悲しい結論。
どう足掻いても、私の顔面偏差値は50程度。
とても選ばれるお顔立ちじゃない。
しかし、他の人達は……
「あ、小野さん。ちょっといいかな?」
「え……?」
顔を上げると、そこには柔らかい笑みを浮かべる美少女の姿。
(……柏木さん)
柏木琴羽さん。
学年別顔面偏差値ランキング二位。
偏差値評価は……確か68だったはず。
派手さはないが、包容力を感じる美少女で、男子からの人気は凄まじい。
……それはある意味、あのNo.1よりも。
手の届きそうな美少女。
男はみな、これに弱いのだから。
「えっと、どうしたの?」
「うん。今図書委員で追加で欲しい本のアンケートとってて、よかったら、ここに何か書いてくれないかな?」
「あ、うん。分かった。放課後まででいい?」
「うん。もちろんだよ」
またね。と手を振って去っていく。
ふんわりとした茶髪の髪が揺れ、落ち着いた声音が心を癒す。
……あの子をお嫁さんにした男は、きっと幸せだろうな。
本気でそう思う。見た目も性格も理想的すぎる。
"彼"ももったいないことを……と、そう思った時。
「ふへぇー。外あっつ! あーエアコンすずしー! お、みんなはよっす!」
茶髪の男子が教室に駆け込んできた。
うちわで仰ぎながら、シャツをパタパタとさせている。
「……お前が無駄に走るからだろ。歩いても間に合ったのに」
少し遅れて、黒髪のやや気怠そうな男子も。
貼り付いた前髪を鬱陶しそうに払い、シャツの裾を捲っている。
その二人の声に、私含め数人の女子がバッと振り向く。
……その中には、あの柏木さんの姿も。
汗をかき、それを雑に拭う姿は、男の子らしくてちょっと色っぽい。
(三山君と……天野君)
……この二人もまた、ランキング上位の美男子だ。
「つってもよ。さすがに暑すぎん? もう十月だぜ?」
三山蓮二君。
学年別顔面偏差値ランキング三位。
偏差値評価は66。
ワックスで遊ばせた茶髪に、整った端正な顔立ち。
まさに垢抜けた、という言葉がぴったりの男子だ。
……そして、もう一人。
「うん、だから僕を巻き込むな。走るなら一人で走れ」
手に持ったチョコパンを齧りながら、不満げに漏らす彼。
天野伊織君。
中性的で可愛らしい、女の子にも見える美少年。
彼こそが柏木さんを射止めた、このクラスのダークホース的存在。
ただ彼については……有志の中でも、評価が分かれている。
活発で、男らしい人がタイプの女の子からは評価が低く。
逆に、線の細いアイドル系が好きな女の子にはファンが多い。
……何を隠そう、私も彼の隠れファンの一人だったりする。
アンニュイな美少年……美味しいです。
顔面偏差値ランキングは四〜六位。
偏差値評価64。
刺さる人には刺さる。そんな感じの男の子だった。
「そうつれないこと言うなよー。ニコイチだろー?」
「古い、キモい、暑苦しい」
肩を組む三山君を、鬱陶しそうに振り払う天野君。
……今日もいい“いおれん”、頂きました。
思わずぐっと拳を握る。
要領のいい兄と、ややダウナーでぶっきらぼうな弟。
そんな関係が"業界的に"とても美味しい。
そういう意味でも、この二人は人気が高かった。
……ガタッ。
そして天野君が、自分の席に腰掛ける。
……私の、隣に。
(……ふ、ふふ……)
今月初めに行われた席替え。
そこで私は、見事天野君の隣になったのだ。
天野君が席につくと同時に、ふわりと制汗剤の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
……思わず盛大に深呼吸しそうになったが、鋼の意志でそれは堪えた。
そして、ちらり、と天野君の横顔を盗み見た時……
「……あ、天野君」
「……ん? なに?」
きょとんとした顔で振り返る天野君。
そのほっぺに。
「ここ、チョコついてるよ?」
ちょんちょん、と自分の頬を指差す。
すると彼は、きょとんとした顔のまま、頬を指で拭うと。
「……ありがと」
恥ずかしそうに笑って、手についたチョコをティッシュで拭いた。
(……可っっ愛いっ!!)
ずきゅーんっ! と頭の奥で効果音が鳴った気がした。
ああ、なんて素晴らしい。
普段クールな美少年の照れ顔。
これだけでご飯三杯はイケる。
脳内メモリに厳重に保管しよう。
今夜のオカ……おほん。ご飯のお供は決まった。
……しかし、そう思った時。
――ゾクッ。
「……っ!?」
突如、背筋に強烈な悪寒が走った。
思わずびくっと体が震える。
(……え、なに? なにごと?)
ばっと振り向く。
すると、教室の入り口から、一人の女子生徒がこちらを見ていた。
彼女が教室に足を踏み入れた瞬間、クラスメイトの視線が一斉に集まる。
「……あ……」
その姿を、見間違えるはずもない。
(……でた)
ついそんな失礼な感想を持ってしまう。
でも、仕方ない。
その女の子は、それぐらい"別格"過ぎた。
「あ、雪村さん! おはよー!」
「雪村さーん、宿題できないー、助けてー!」
その女の子を見て、クラスの女の子が一斉に声をかける。
——雪村美月。
言わずと知れた、この学校のヒエラルキーの頂点である。
神に愛されたような美貌を持つ、学校一の美女。
顔面偏差値ランキング、圧倒的一位。
偏差値評価は脅威の80超え。
その高校生とは思えない美貌とオーラは、見ているだけで平伏しそうになってしまう。
そんな彼女が……今なぜか、私の方をじっと見ていた。
(え、なに……?)
なんで、こっちを見てるんだろう?
分からないので、とりあえず曖昧に笑って会釈してみた。
すると彼女は、こくり、と小さく頷いた。
それきり、彼女は視線を外し、他のクラスメイト達と話始めた。
(……え、どゆこと……?)
今の、なに?
雪村さんとは、これまでろくに話したことがない。
何せ彼女は、この学校の頂点たる女神様。
一方私は、ただのしがないモブキャラA。
あまりに身分が違い過ぎて、会話などできるはずもないのだ。
それなのに……。
頭上に疑問符を浮かべる私。
やがて教師が入室してきて、私は困惑したまま授業を受けた。
——そうして、その日一日の授業が終わり。
放課後になった、のだが……。
……ザァァァ。
校舎の出入口で、私は一人立ち尽くしてた。
「……あー……」
つい気の抜けた声が出る。
外は見事な土砂振り。
これっぽっちも慈悲はない。
……おかしい。天気予報では曇りと言っていたはず。
おのれ図ったなお天気お姉さん。
(どうしよ……)
一応、選択肢はいくつかある。
1,ずぶぬれになって駅まで爆走。
2,コンビニダッシュで傘を買う。
3,誰かに傘(折り畳みも可)を貸してもらう。
1は論外。2も距離があるから大差ない。
となると……
「――小野さん?」
そう指折り数えていた時、後ろから男の子の声。
振り返ると、そこには。
「あ、天野君?」
毎日チラ見している可愛い男の子。
私の推しこと天野伊織君が、私を見て首を傾げていた。
「えっ、な、なに?」
「いや……ずっと立ってるから。もしかして、傘ないのかなって」
そう言って、少し心配そうに眉を下げる。
ああ、その表情。ダメだよ、私なんかにそんな顔向けちゃ。
脳内カメラで連射不可避だよ。
シュバババと、脳内でシャッターを連打する私。
「それで、もしよかったらなんだけど……」
そう言うと、天野君は、手に持った傘に視線を送る。
……え、ちょっと待って?
思わず心の中でストップをかける。
(この流れ……まさか?)
頭の中に、ぽやーんと映像が流れる。
『僕の傘、入ってく? キミ一人くらいなら、大丈夫だよ』
……え、あるの? そんな少女漫画みたいなこと?
期待に胸が高まる。
いや、いやいや。まさかとは思うけど。
でも……もしかしたら。
(ワンチャン……メルヘンある?)
どきどき、と見つめる中。天野君は……
「僕の傘、使う? 一応折り畳み持ってるから」
……ですよねー。
思わず全身から力が抜ける。
そうだよね……そうですよね。
私みたいなモブ(顔面偏差値50)に、そんな都合のいいこと起きないよね……。
ええ、分かっていましたとも。
そういうのはヒロイン(顔面偏差値60以上)の特権だってことくらい!
でも……でも!
(……こんなチャンス、もう二度とない!)
幸い外はどしゃぶり。
とても折り畳み一つで凌げる威力じゃない。
となれば……!
「あ、天野君……!」
「……? なに?」
……どうしよう。やっぱり引かれるかな。
っていうか天野君、彼女持ちだし!
浮気になっちゃう……かな?
い、いやいや、相合傘くらいなら……セーフ?
(……ええい、言うだけならタダ!)
そう自分の頬をばしん、と叩く。
前にいる天野君がびくっとした(可愛い)けど、それどころじゃない。
苦節十七年。男っ気なし。
一生に一度くらい、夢を見たっていいはず!
「わ、私と……っ」
そう言いかけた、その時。
――ゾクゥ!!
「――ひぃっ!?」
「え? 小野さん?」
瞬間、背筋をとてつもない寒気が襲った。
それは最早、生物としての本能と言ってもいい。
死の手前を感じたような。そんな悪寒。
――これ以上は、ダメ。
直感的にそう感じた。
ここから先に進めば、私は終わる。
それは予感を超えた確信。
今自分は、人生で一番重要な岐路に立っている。
「……う、ううん。なんでもない」
「え、そう? なんかすごい跳ねてたけど……」
どこか気味悪そうにこちらを見る天野君。
その表情に、メンタルがさらに削られる。
「ほ、ほんとに……なんでもないからぁ!」
辛抱たまらず、私は校舎から飛び出した。
「え? ちょ、小野さん! 傘――」
天野君の慌てた声が、雨音でかき消される。
私は恐怖やら悔しさやらで、ただでさえ冴えない顔をぐしゃぐしゃにしながら、駅へと走った。
「うぅぅ……こんちくしょぉぉ!!!」
取り逃したメルヘンを思い、涙が溢れる。
……やっぱり私は、ずっとモブのままなのだろうか。
メルヘンを夢見るのは、間違っているのだろうか。
(いや……そんなことない!)
私にだって、いつか……!
そう信じて、私、小野裕子(17歳•彼氏いない歴=年齢)は走る。
いつかメルヘンを掴む、その日に向けて。
……ちなみに、それから少し後のこと。
天野君の彼女が誰なのかを知った私は――この時の判断が、これ以上ない”英断”であったことを悟るのだった。
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