第27話・魂の音が聴きたくて

(ムカつくムカつく。むかむかむかむかムカヤ動物保護区)


 ココロは有希乃の家の前に着いてもなお、昨日の行動に腹を立てていた。


(ぜんぜん収まらんし)


 一歩進むと、薄暗い街灯にぼんやりと照らされる。

 寒さに縮こまる肩とは裏腹に、胸の中は苛立ちがくすぶり続けている。


(本当にイラっとすんな)


 幼馴染みの暴挙もだが、何よりあの場から逃げてしまった自分に対して。


 どれだけ胸の中で言い訳を重ねても、妙に頭にへばり付く気色悪いしこりは残ったまま。


 だからこそ、学校を休んでまで頭の中を整理し、意味不明な言動の決着をつけるべく親友の家にやって来たのだ。


 ただじゃ済ませない。終わらせない。


(ユキの魂を感じるまでぜってーかえんねーからな! ヒアウィゴー!)


 バイブスを上げ、インターフォンに指を当てる。

 そして、チャイムが鳴ってから約10秒後。

 機械のフィルターを通した女性の声がした。


『はい』

「ココロですがユキノいますか?」


 一応親が出た時の為に、はやる気持ちを抑えておく。

 事前にメッセージを送っているとはいえ、午後7時を回っていることを考えれば可能性は十分にある。


『どうぞ』


 改めて有希乃の声であることを確認し、フルスロットルで家の中に突撃する。


「お邪魔しまーす!」


 意気揚々と言い放ち、丁寧に靴を脱ぎ真横に並べる。

 ギャルだからこそ、こういうところはより気を付けるべきだと、ココロは頭に刻んでいた。


(ギャルが常識知らずと思わるのはやだかんな!)


 更に廊下を進み、木製の階段を上る。

 ぎしぎしと音を奏でる段差を上り切ると、今度は突き当たりまで廊下を進む。


「おっすおっす!!」


 そして威勢よく扉を開いた。


「今日は随分とテンションが高いですね」


 学習椅子に座る有希乃が出迎えてくれる。


 殺風景な部屋に入ると、ほのかにアロマの香りが漂ってきた。

 女の子らしいものが少なく、机の他はベッドと本棚、そして壁には小さなカレンダーが飾ってあるだけ。

 好きな歌手のポスターや化粧品で散らかり放題のココロの部屋とは対極だった。


「そういうユキは冷めすぎじゃん? かき氷でも食ってた?」

「真冬にそんなものを食べるのは心ぐらいなものですよ」

「おこたで食べるかき氷のウマさ知らん奴おったかー」


 テンポの良い問答を繰り広げると、ココロは綺麗にメイキングされたベッドへとダイブした。


 流石に無遠慮過ぎる行為。

 しかし数えきれないほど遊びに来ているだけあって、部屋の主からも嫌々ながら許可されている行為だった。


「こんな時間に何の用ですか?」


 澄ました顔で有希乃が質問する。


「言わなきゃ分からんか?」

「残念ながら」

「とんだいたずら猫だな、こりゃあ」


 寝っ転がった姿勢を正し、しっかりとベッドに腰掛ける。


 視線は親友の方。

 表情筋に力を入れ、自分が本気だという意志を込める。


「何でテルに手を出したし? 本当にテルっちのこと愛してるわけじゃないやろ?」

「またその話ですか?」

「また? またって何?」

「瀧川さんにも夕方聞かれたもので」


 顔色一つ変えずに友が述べる。

 あまりにも淡々と言うせいで、自分の方がむっとしてしまった。


(いかんいかん。マイペースこそギャルの心情)


「何て答えたかはめんどーだからいいや。想像付くし」

「そうですか。もしお望みなら再現しても良かったのですか」

「おっとー。副会長様はボケスキルまでラーニングしちゃった系?」

「会長が面白い方で。色々と勉強させて頂きました」

「次は人間性も学ばせて貰えし」

「努力します」


 これである。

 幼馴染みで親友という側面もあるせいか、中々に掴み所が無い。


(ユキには回りくどい言い方は逆効果か。んじゃ)


「ユキはさ、何がしたいん? アンタの考えてることがあーしには分からん」


 ストレートに尋ねる。

 これでも有希乃の顔には、硬い仮面が張り付いままだった。


「私は――」

「私は?」


 言葉を作ろうとした瞬間を見計らって距離を詰める。

 幼馴染の瞳の色がはっきりと見えるまで。


「近いですよ」

「あーしが近いと話せんの?」

「別にそういうことは」

「んじゃいいじゃん」


 親友の頬がほんの少し赤みを帯びる。


(つかこれあーしも恥ずいな!)


 大胆なことをしていると、今更ながらココロは思った。

 テルの時は平気だったものの、子供時代を知る人間とは気恥ずかしさが勝ってしまった。


「そうやって貴女はいつも……」

「んにゃ?」


 返すなり、急に苦虫を噛み潰したような顔をする有希乃。


「一度離れて貰えますか」

「あー、うん」


 勢いに負け、元の位置へと戻る。

 ただならぬ雰囲気を感じてか、ココロは本能的に開いた足を閉じた。


「貴女の気を引くためですよ」

「はえ?」


 一瞬何を言われたか分からず、頭がぼける。

 ココロの脳内では、木こりが本職顔負けのダンスを披露しながらカメラ目線で斧を振りかざしていた。


(どういうことだい?)


「何言ってんだい、この子は?」

「もしや気持ちと言葉が反対になってませんか?」

「ばっきゃろい! そんなわけあるか――あるかも!」

「どっちですか……」


 ふぅと、息を吐く親友を見つめる。

 何度も訪れている部屋だというのに、無性に身体がそわそわした。


「そういう顔もするんですね、貴女は」

「ふぅえ!?」


 有希乃が迫っていることに気付かなかったせいで、変な声が出た。


(ちかっ、ちか、近松門左衛門!)


「ねぇ、心」


 甘い声が耳元に響く。


「な、なんじゃもんじゃ!」

「好きです」


 たった四文字の単語が頭に張り付く。

 まるで呪文を唱えられたかのように、ココロの時間は止まった。


(ん……?)


 親友の口から発せられた熱が頬を掠める。

 少女の部屋の中で、時計の音の他にココロ達の呼吸音がきらめいた。


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