君に会うまで、アタシは独りだった ーなのに今、アタシは恋をしてるー
エプソン
第1話・邪魔なんだけど
(うぅ。これじゃ洗えないじゃん)
扉の隙間から見える
『重いって何!? あーしなんか悪いことしたぁ!!』
『だからちげぇって。いや、違くねーんだけど!』
『なん!! 全然理解出来んし!』
出入り口の向こう。
美術室用の洗面台の前で、カップルが言い争っていた。
片方の女子は、クラスどころか校内でも有名なギャル。
男の方はというと、テルのデータベースには見当たらない。有象無象の
(邪魔だなぁ。早く終わってくれないかな)
赤と青、それに黒で汚れたパレットと、乾き始めた筆を掴みながら
今もなお繰り広げられる
おまけに時計の針は7時を回っている。
美術室内はテル一人とはいえ、これではいい迷惑だ。
『そういうところだって言ってんだろ! いいからもうお前とは関係ねーからな!』
『ちょっと! そんな!!』
(あ、終わったかな)
強く床を踏む音が段々と遠ざかっていく。
これでようやく画材を洗える。
そう思った時である。
『うええええええええええええ!! ひどいよおおおおおおおおおおおお!! あんまりだよおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
今度は赤子のような甲高い鳴き声が
(もう勘弁してよっ!)
再度こっそりと扉の前に立ち、外の様子をうかがう。
すると視線の先には、顔から出せる液体という液体を巻き散らすギャルの姿があった。
「ずっと一緒っていったじゃああああああん! うそづぎいいいいいい!!」
(ほんとうに邪魔っ!)
同情よりも
折角自分の世界に没入していたというのに、これでは
泣くなら何処か別の場所に行って欲しい。
が、怒りに任せて突っ込んでいけるほどの度胸を、テルは持ち合わせていなかった。
「うええええええええええええええん!!」
とはいえ、この分ではらちが明かない。
テルは六度ほど深呼吸を挟み、鎖骨の上をトントンと指で叩く。
気合を入れる儀式を終えると、高鳴る心臓の
「うぇ!? ええぇ!?」
急にドアが開いたことで困惑するギャル。
「これ使って」
相手が落ち着きを取り戻す前に、テルはポケットのハンカチを渡し洗面台へと急いだ。
「あ"りが、ど」
背後から水気を帯びた声がする。
テルは敢えてスルーし、水道の蛇口を
(面倒な人間には関わらない。これがベストな対応)
と、思った瞬間。
豚の鳴き声を極限まで汚くしたような音が鼓膜を刺激した。
(ちょっ!? 今のまさかっ!)
「普通、人のハンカチで鼻かむっ!?」
全力で振り返りながら放つ。
「ぶぇ、ごめ"ん」
「あ、いや。なんでも、ないや」
鼻水を垂らしたギャルが視界に入った途端、どうでも良くなった。
折角の化粧が汗と涙と鼻水と
(マイペース。マイペース。こんなのにこれ以上話しちゃ駄目)
体の向きを戻し、パレットの汚れを手で落としていく。
後ろの少女は住む世界が違う。
こんな見るからに波乱を呼びそうな人間との繋がりが出来てしまったら、平穏が崩れてしまう。
だからこそ、テルは無我夢中で洗い物に集中した。
(はい、終わり! 下校時刻までデッサンでもしようかな)
道具を洗面台の上部に立て掛け、水滴の付いた手を払う。
そして自分の居場所へと帰ろうとする。
刹那、
「ねぇ」
「うわぁっ!?」
反転した途端、化け物が出現する。
静かになったことで居なくなったと思っていただけに、頭が跳ね上がるほどの衝撃だった。
「びっくりしたぁ! まだ居たのっ!」
「その反応は傷付くんじゃが」
(正面に泥の魔人がいたら誰だってこうなる)
「だってハンカチ。洗って返そーにも、名前もクラスも聞いてねーもん」
「い、良いよ別に。あげるからそれ」
「良くないよ。借りパクはギャルの
(ギャルのくせに難しい言葉知ってんな! もう面倒くさい)
「だから大丈夫だって! 放っておいてっ!」
「ぁ……」
テルは無理やり会話を終了させると、美術室とは反対の方向へ駆け出す。
ただ、一人残されたギャルがか細い声を上げたのをテルは聞き逃さなかった。
(仕方ない。仕方ないじゃんっ!)
心中で言い訳を述べる。
(だって下手に話すと、知り合いに。友達になっちゃうかもしれないんだからっ!)
隠れるために入った空き教室で、テルは思い切り息を吐いた。
それも近くに誰もいないことを確認したうえで全力で。
「友達なんて絶対に作らないっ! アタシは孤独を貫くんだ!」
自ら言い聞かせるように、自称ぼっちの女子高生は叫んだ。
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