第11話・脱げばいいんしょ?

「だからさ。あーしがモデルやってやんよ!」


 ココロが高らかに言い放つ。

 彼女の想いをぶつけられたテルはというと、呆気に取られてしまっていた。 

 その証拠とばかりに、真顔のまま口を開けっぱなしになっている。


「正気?」

「当然マジ。伊達や酔狂でこんな大役受けれるかってーの!」

「もし入選しちゃったら、体が全国にさらされちゃうんだよ?」

「体は汚れても心はテルだけのもんだよ?」

「きんもっっっっ!!」

「過去最高の非難や……。てかさ?」


 再びココロが椅子に腰を下ろし、限界まで顔を近付けてくる。

 ハリのある肌に塗られたファンデーションの照りが視認出来るほど。


「テルはあーしが脱いだら勝てると思ってんだ」

「――っ!?」


 予想外の事柄を指摘され目を見開く。


(言われてみれば)


「あーしのことなら気にすんなし! 世界三大美女に『万田 心』の名前が足されるレベルで描いてくれんなら、それでいいって!」

「無茶振りが過ぎるっ! こっちは真面目に話してるんだけど!」

「真面目も真面目。大マジだし!!」


 ギャルがくもりの無い瞳で見つめてくる。

 だが、こちらも負けじと真剣に見つめ返す。


 そんな時間が二十秒ほど続いた時だった。


「ぷっ、くくっ」


 段々と間抜けな状況におちいっているのが分かったのか。

 それとも真面目な表情を維持出来なかったのかは不明だが、突然ココロが吹き出した。


「ふふっ」


 テルもまた釣られて笑いだす。

 爆笑する同級生の姿を見ていたら、自分がどうして意地を張っているのか分からなくなってしまったから。


「分かった。ココロがそこまで言うなら、有難く描かせてもらう」

「やーりぃ! そう来なくちゃ」


 右手でパチンと指を鳴らすギャル。


「んで、何描く? やっぱ脱いだ方が良い系?」

「肌面積多いのは駄目だって。仮にも高校生対象だし、色っぽいものは正直アウトだと思う」

「そうなん? ヌードなのに?」


 至極真っ当な質問。

 しかしながら主催者が望む方向性を汲み取れば汲み取るほど、一般人が想像するヌードを求められていないことが分かるのだ。


(知らないと難しいよね)


「コンクール入選作品は美術館で飾られるって書いてあるでしょ」

「たしかに」

「あまりえっちな方向性に行っちゃったら、大義名分があっても飾れなくなっちゃうでしょ?」

「なーる。子供に突っ込まれたら、パパもママもフリーズもんやしね」


 思わず想像してしまい苦笑する。

 無論、技法によっては性的表現を抑えることは可能であるものの、テルにはそのようなテクニックは持ち合わせていなかった。


「だから肌面積は最小限にして、アタシの個性を活かせればって思ってる」

「キター! テルお得意の水彩画!」


(威張れるほどアタシの絵見てないくせに。まあいいや)


 鼻息を強く噴き出すギャルを余所に、再度締め切り日に目をやる。

 提出期限は次の日曜日で、今は月曜日の夕方。

 今から着手したとしてもかなり無謀だ。


(だけどこの場所を失いたくない。ここに居られなくなったら、また次の居場所を見つけるまでが苦痛なんだから)


「やるよココロ!」

「おう! つってもー、あーしは何をすればいいの? 大人なポーズかます?」

「ココロにセクシーさは求めてないかな」

「んじゃ、猫も裸足はだしで逃げ出すあーしの可愛さでメロメロしちゃる!」


(猫は元から素足じゃないかな? それはとそれとして)


「そういうの要らない」

「うぇぇ!? あーし可愛く、ない?」


 目をうるうるとしたギャルが聞いてくる。

 可愛いは可愛いのだが、びている側面が鼻についた。


「あざとさが消えたら可愛いかもね」

「つらぽよー」


 机に突っ伏す少女を放置し、テルは無言で席を立った。

 そうして窓際まで歩くと、グラウンドへと視線を向けた。


(青春してる)


 サッカーのミニゲームをする男子。

 白黒のボールに誰も彼もが夢中になっている。


 少し視線を横にずらせば、女子生徒が走り高跳びの練習をしていた。

 険しい表情をしているあたり、伸び悩んでいるようだ。


 グラウンドではその他の部活も大いに盛り上がっている。

 何せ三階の美術室まで声が届くほど。

 彼等の汗によって生まれたエネルギーは、テルのところまでしっかりと飛んでいた。


(一生縁のない世界だなぁ)


「うぇえ!? キラッキラ過ぎてスピリチュアル魂が浄化されるぅ!?」


 遅れてやってきたギャルが叫ぶ。

 物理的な眩しさならばココロも負けてない。


「あーいう感じ?」

「うんん。何かピンと来ない」

「テルテルは引きこもりだかんね」

「言い方っ。否定はしないけど」


 学校さえ閉じなければ、ずっと美術室に居たい。

 父親が家に女を連れ込むようになってから、テルの胸には呪いにも似た思いがこびりついていた。


「てかさ、ヌード役ならテルの方がバエそうじゃね?」

「何で?」

「だっておっぱい星人だし――あいたぁ!?」


 にやにやしながら胸をガン見してきたギャルの頭を叩く。

 コンプレックスを直で指摘されたとあっては、手が出てしまうのも当然だった。


「ココロなんて知らないっ!」


 涙目で頭を抑える馬鹿から離れ、定位置に戻る。

 そうして画用紙と向き合ったものの、何時ものように鉛筆が動くことは無かった。


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