第8話・お宝の予感

「部員なんてどうやって集めたらいいんだろー」

「ありゃ? もしかしてあんな啖呵たんかきったのにノープランだった? ウケるー」

「ウケない!」


 テルは机に突っ伏した状態から体を起こすと、対面に座るギャルに向かって叫んだ。


 時は週明けの放課後。

 場所はいつもの美術室。


 部員の様に我が物顔で着席したココロとの小さな言い争いが勃発ぼっぱつしていた。


「そもそもココロにだって責任はあるでしょ! 何でそんな他人事ひとごとなのっ!」

「だってあーし部外者だし」


 何食わぬ顔でココロが言う。

 思わぬところから正論が飛んできたことで、思わず後ろに仰け反るテル。


(確かにそうだけどー!)


「部室がなくなったら、ここでお喋り出来なくなっちゃうんだけど。ココロはそれでも良いの?」

「よくよく考えたら、部が無くなっても美術室は無くならないわけじゃん? 別に変わんなくね?」

「そんなこと――!」


(あれ、そうかも? いやいやいや、そんなことない!)


 一瞬納得しかけたものの、すぐに自分を取り戻す。


「違う部活に取られちゃうかもしれないよ! そしたら放課後はここに居られなくなっちゃう!」

「だから良くね? 駄弁だべるだけなら教室でも出来っしょ」

「言っとくけど、美術室使えなくなったらアタシ絵画教室に通うからね」


(これは嘘。他人が苦手なアタシにそんな度胸は無い)


「マ? それは困る。テルと駄弁れなくなっちゃう。ぴえん超えてぱおん」

「でしょ。だから真面目に考えて」

「つってもねー」


 アイディアなんてそんなすぐには出ないとばかりに、ココロは背もたれに体重を預けた。

 そうして数秒ほど薄ねずみ色の地味な色合いの天井を見つめた時である。


「ひらめきっ!」


 物思いにふけっていたココロが突然現実に帰ってきた。


「テルは絵が激ウマじゃん? チラシにやべー絵せてバラまいたら?」


(ヤバい絵って、言い方っ!?)


 ココロが真新しそうなピアスを手の中で転がし始める。


「そんな単純な作戦で上手くいくかな?」

「何事もチャレンジっしょ! ダメだったらそんときそんとき!」


(うーん、まあ絵を描くこと自体は苦じゃないし言う通りかも)


 テンションアゲアゲなギャルの言葉に押されてついつい納得してしまう。

 テルの方にこれといった意見が皆無なせいで、否定する気すら起きなかった。


「うん、そうだね。ひとまずやってみるよ」

「その意気! あーしも何か手伝おっか?」

「じゃあチラシに乗せる文章を考えてくれる。アタシそっち方面は全然だから」

「おけまる水産!」


 敬礼のようなポーズを取った後、ココロはかばんからプリントを1枚取り出し机の上に広げた。

 そしてシャーペンを手に取るなり一言。


「よっしゃー! ゴッホに負けないくらいのあおり文句書いてやんよ!」

「ゴッホは宣伝用のチラシなんて作ったことないんじゃないかなぁ」

「だから死ぬ前売れんかったのか。やばたにえんの海苔茶漬のりちゃづけだわ」


(こんな歴史的な画家を虚仮こけにするのは、世界でもココロぐらいなんだろうなぁ)


 慎重に構図を考えるテルとは裏腹に、ココロは軽快にシャーペンを動かしていく。

 だが、現在進行形で描かれつつあるデザイン画を見て、テルはついつい口を開いてしまった。


「これ誰?」


 左上のモンスターを指差してたずねる。


「テルだよー」


(このモンゴリアンデスワームみたいなのがアタシ!?)


「じゃあこれは?」

「ゴッホ」

「何でアタシとゴッホが夢の共演してるのっ!? というか、ココロに頼んだのは文字とか宣伝分なんだけど!」

「だって、テルとワールドワイドな大スターが同じ場所に居たらバイブス上がらん?」

さらされるアタシの気分は、海抜マイナス千メートルぐらい凹むよ」

「ありゃりゃ。じゃ、止めとくかー」


 消しゴムで消すのではなく、ココロは次の紙を広げた。


(そもそもデザインはこっちに任せて欲しいな)


 ココロの絵心は、知人というひいき目で見ても人並み以下である。

 テルのイラストが化け物だったように、ゴッホの方も言われなければミドリムシである。


「てかさー。昔のチラシとかないん? こーいうのって、取ってあったりせん?」

「どうだろう。アタシは見たこと無いなぁ」


 テルが首をかしげる様を見るなり、突然ココロは席を立った。

 そして、座っていた椅子の上に足を乗せるや否や、


「野郎共!! 冒険の時間だぁぁ!!」


 何処ぞやの海賊王のような雄叫びを上げた。


(野郎でもなければ、冒険というにはスケールが小さ過ぎかな)


「行儀悪いよ」

「冷凍みかんみたいなノリ、マジぴえん」

「? どういうこと?」

「冷たくて硬いかなって、言わせんなよ恥ずかしい!」


 ココロの太ももからパシンと、小気味の良い音がする。


「それなら、もうちょっと分かりやすい例えにしてよ」

「ギャルは何時だってミステリアスなのさ」

「気持ち悪っ」

「シンプルに酷いっ!!」


(本当ココロは感情が顔に出るなぁ)


 頭を抑え、分かりやすくもがき苦しむ彼女を横目に考える。


 静かさと引き換えに得てしまった喧騒けんそう

 アタシにとってこれは嬉しいことなのだろうか。

 これが誰かと一緒に居るということなのだろうか、と。


(友達しばらくいなかったから分かんないや……。いやいやいや、待て待てアタシ。アタシに友達なんていない! 作らない!)


 制御し辛い気持ちが押し寄せてきたのを振り払うため、ガムシャラに紙の上で鉛筆を走らせる。


(こういう気分の時は何時も通りが一番。何も考えない考えない)


「テルさんやテルさんや」

「何だいババア!」

「扱いが世紀末っ! あの部屋なーに!」


 シャーペン片手に踊るように跳ねる少女が美術室を指し示す。


「あー、美術倉庫だね。画材とか、過去の部員の作品が置いてあるだけで面白いものはないよ」

「んー! てことは、チラシありそうじゃね?」


(確かに?)


「言われてみるとそうかも」


 絵の世界を駆けまわる右手を止め、テルもまた奥の部屋へと向かう。


「ウェーイ! あーし大活躍! 今夜は焼肉だぁ!」

「見つからなかったらモヤシ炒めね」

「落差! でもモヤシも好き!」


 訳の分からないことをほざきながら、ギャルが倉庫の戸を右にスライドさせる。

 建付けが良くないのかちょいちょい勢いを失いながらも、どうにか最後まで開いた。


「あり? 鍵掛かってないんだ」

「うん、別にめぼしいものもないしね」

「ふぇー、でも内側につっかえ棒立てたら楽勝で一人っきりになれんね?」

「こんなほこりっぽいところに閉じこもってどうすんのよ」

「テルが裸踊りするのをひたすら待つ」

天岩戸あまのいわとじゃないんだから」


 カビ臭い部屋をずかずかと進み、棚や段ボールの中を覗き込む。

 倉庫の中は人一人が通れるかどうかの狭さであり、縦横無尽に動き回るのが長所のココロも落ち着いていた。


「お宝ありそう?」

「んー、無さそう。これはモヤシ炒めだね」

「やーだー。肉食べたーい」


 と、ギャルが入り口付近のアルミ箱を開けた時である。


「うおおおおおっっ!! お宝みいぃぃっけ!」


 狭苦しい部屋にココロの叫びが木霊こだました。


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