第二話 悪役令嬢

2-1 雨のち茶会

 明確な敵意。圧倒的な熱量。

 眼前に広がるのは灼熱の光。

 肌に伝わるちりちりとした熱気に身が竦む。

 揺らめくほむらは間違いなく僕を焼き殺すために生み出されたものだ。

 あまりにも苛烈な光景の中、焔の主が僕に問いかける。

 

「応えなさい。あなたは何者ですか?」


 こんな状況ではあるが、僕は声を大にしてこう言いたい。

 どうしてこうなった?と。


 ―――遡ること数日前。


『キミはいつまで、その手紙と睨めっこするつもりなんだい?』


「うるさいぞ、エイ。どう返すか考えてるんだよ」


 軟禁中のギルバートこと僕は自身に向けて届けられたハイレンジア家からの手紙を前に小一時間ほど悩んでいた。


『ただの形式的な見舞い状だろうに、何も悩む必要なんてないじゃないか。元気だと伝えるだけで済む話だ』


「普段からやり取りしてたならそれでもよかったんだけどな。手紙を送り合う仲じゃないんだよメリアとギルバートは」


『なら、どんな仲だって言うんだい?』


 学園以外では年に数回会う程度。

 どちらかの家で沈黙のお茶会が開催される仲である。


「とにかく、向こうを驚かせないように慎重に内容を考えないと」


『ふーん、どう書こうが大差ないとボクは思うけどね』


「いーや、あるね」


 そんな感じでエイに茶化されながらも手紙を書き進めていると。

 ―――コンコン、とノックの音が響く。

 書きかけの手紙を咄嗟とっさに裏返し後ろを振り返る。

 我ながらその所作は、いかがわしい本を隠す少年のようで。


『ふむ、思春期というやつか』


「僕の心を読むな」


 腕を組み、訳知り顔で呟くエイが憎い。

 お前、ほんといい加減にしろよ。

 あちらの世界の事情にも精通し始めて非常に厄介である。

 今後、ネットミームなんかを口に出したりしてみろ。

 絶対に埋めてやるから覚悟しとけよ。


「あの、おにいさま?入ってもよろしいでしょうか?」


「リーナか。あぁ、かまわない」


「で、では。おじゃまします」


 おそるおそる、部屋に入ってきたのは妹であるリーナだ。

 僕の軟禁生活が始まってから毎日部屋に訪れてくれる天使のような存在である。

 部屋の前でぶつかったあの日から、かなり打ち解けることが出来たのはリーナがこうしてやってきてくれるおかげだろう。


『幼い少女を自室に連れ込む―――犯罪というやつかなぁ』


 ―――黙れ。


「今日はどうした?」


 エイの戯言ざれごとは完全に無視。

 できるだけ優しい口調を心がけて頭を撫でてやる。

 昨日は読書、その前は勉強をすこしだけ教えたりしたが今日は何をしたいのだろう。

 僕はリーナの要望には応えてやりたいと考えている。これまでの空白を埋めるためにも。


「えっと、お庭を歩きませんか?もちろん、おかあさまも一緒に」


 リーナのお願いは『家族の時間を過ごしたい』だ。叶えてやりたいが、僕ももう少し心の整理をしたいところである。非常に心苦しいがここは断らせてもらおう。


「悪いがそれはできない。父上の許可がないと―――」


「おとうさまは私が説得したので大丈夫です」


 ―――なんて?


「リーナ?すまない、聞き間違えだろうか。いま父上を説得したと」


「はい。おにいさまは明日、学園戻られるのにずっと罰するなんて間違ってます!だから、おとうさまにお願いしたんです。聞いてくれなきゃ一ヶ月話してあげないって言ったら、わかった。って」


 リーナ。おそろしい子。すでにグレイスを手玉に―――!

 海千山千の大貴族も実の娘には形無しというわけか。


「そ、そうか」


『距離をとる免罪符を失ってしまったね。どうするんだい?いたいけな幼女を悲しませる結果にならないことをボクは祈ってるよ』


 他人事だと思って好き勝手言ってくれる。

 でも、まぁ。このままずるずる先延ばしにするわけにもいかないか。


「わかった、リーナ。一緒に母上のところに行こう」


 そういうわけで、ぱあっと笑顔を咲かせるリーナと一緒にロゼのところに向かったわけだが、誤算が発生した。

 それが発覚したのはリーナがロゼを外に誘った時である。


「えーっと、私もそうしたいんだけど」


 煮え切らないロゼの返答に僕とリーナは首を傾げた。

 彼女らしくないというか、かなり困った表情を浮かべている。


「おかあさま?」


「あのね、今日は雨よ」


 なん、だと?


『どこかで聞いたことがあるような言い回しだね』


「そ、そんな―――!せっかくおにいさまを連れ出せたのに!」


 がーん!という効果音があまりにも合う表情でぺたりと床にうなだれるリーナ。

 雨が降っていたことにまるで気付かず間抜け顔で立ち尽くすギルバート。

 愉快な兄妹だった。


「ふっ、ふふふ」


 そんな僕たちを見て、ついに堪えきれなかったロゼが吹き出して笑う。

 肩を震わせて、瞳には涙を浮かべるほどに。


「おかあさま!そんなに笑うことないじゃないですか!」


「あっはは、ごめん、ごめんなさいね、リーナ。あなたたちがあんまりにも可笑しくて」


 ぷぅ、っと頬を膨らますリーナをなだめるロゼは傍にいた使用人に目配めくばせを交わす。


「お詫びに美味しいお菓子を食べさせてあげる。今日はお茶会にしましょう。それに―――あなたとも話しておきたかったの」


 少しだけ意味ありげに。彼女はそう言って僕の顔をじっと見つめるのだった。

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