第12話 晩餐会

 伸びる触手がマリンの首に巻きついていた。少女のえんじ色のスカートが揺れる。


「く、苦し……」


「おねえちゃん。苦しい?ごめんね。でも、大丈夫。すぐに楽になるよ。そしたらね、辛くも、苦しくも、痛みもなくなる。だって夜になるのだもの」


 影はうごめく。幼子のなりをしながらも、背中から湧き出る触手の数は無数。


「大丈夫。怖がらないで。お名前を教えて。お名前……ん〜、でも、いいや。さっさと、夜になりましょう」


「イヤ。夜は、嫌……」


 もう終わる。意識が薄れる。夜になんてなりたくないのに。イヤなのに、何もできない。また、何もできない。夜を前にして、憎いのに、声すら出せない。あの時みたい。情けない。誰かに縋るしかできない自分が、情けない。それでも縋ってしまう。


ーーだれか、助けて……と



 少女が諦めかけた、その刹那。


 「ニャー!」という鳴き声と共に黒猫が横切る。艶やかな漆黒の毛並み。愛くるしさの微塵もない細い、ガラス玉の瞳が輝く。


「済まない。待たせた」


 今ならハッキリと聞こえる。渋くもまだ若々しい、凛々しい猫の喋り声。

 そして、詫びを入れた黒猫は素早く跳躍。マリンの首に巻きついていた触手を噛みちぎった。


「ケホッ。ありがとう」


 触手が首から外れたら、心持ち気分は楽になった。さっきまで感じていた重苦しく胸を締め付けるような感覚はない。


「あぁ、もう最悪。私は、おねえちゃんと一つになりたいだけなのに」


 毳毳けばけばしく立ち登る無数の触手。


「大丈夫。夜に侵されたとしても、マリンは俺が守る!」


 猫の雄叫び。素早い跳躍。夜を泳ぐ魚のように優雅に、的確に、凶暴的に、触手を噛みちぎっていく。


 さらに、ドパッ!と重い発砲音。ドゥルルクという重低音も混じる。追って猫の間延びした鳴き声。


「ハル、無理するな、乗れ。君も早く。夜に呑まれるぞ。死にたくなければ走れ」


 青年から投げ渡されるヘルメットをマリンは素早く被り、バイクの後ろに乗った。遅れて黒猫が男の右肩に飛び移る。


 閑静な住宅街に重低音が響いていた。

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