第10話 夜支度

 人は夜を恐れる。なぜなら夜自身に実態がないからだ。人々は夜を知らな過ぎる。いや知ろうとしない。


 それでも、いつの世も人が闇に堕ちるは夜と決まっている。


 朝は日の出と共に起き、仲間と集い笑う。それに対し夜には夜の過ごし方がある。その道から逸れれば、スベからず闇夜の餌食となる。


「にゃぉん」と甘えた鳴き声のキジトラ猫。

「うし、飯にしよう」と青年が答える。



 1階リビングにダイニングが付属している。LDKと言われる間取りに蓮理はいた。

 猫用の皿にドライのキャットフードを盛り付ける。pH がコントロールされた下部尿路の健康に配慮されたカリカリ。


「ハルはもう出かけたぞ。僕たちはどうしようか?」


 黒と灰色が入り混じる毛並みのキジトラ猫の返答はない。小気味の良い音を立てながら、食に夢中になっている。一歳を過ぎて成長期なのか、4.5キロと貫禄が出てきた。


「あげすきかな?まぁ、今日は長い夜になりそうだし、武士は食わねど、だな」

「にゃぁん」


 次は間延びした返事が返ってきた。蓮理は早めの夕食を終え、湯船に浸かる。


 かつて人間は夜より身を守る方法を賜った。心の通う仲間と食を共にし、身を清め、心を整えた後に眠り、心を閉ざす。


 開け放たれた心は夜に侵される。


 2階の自室。入浴後。蓮理はベッドに潜った。温められた体がゆっくりと冷めていく。

 少しだけ開け放たれたドアから、キジトラ猫が甘えた声で入ってきた。すぐさま頭を器用に使いベッドの布団に潜り込む。


 このキジトラの名前はジジ。もともとはジェットという名前の保護猫だった。気心知れる頃には言いづらかったせいか、ジジと呼ぶようになっていた。


 甘え上手な臆病もの。黒猫のハルとは似ても似つかないが何故か相性が良い。


 ジジは首を撫でられゴロゴロと喉を鳴らした。温かなベッドの中。1人と1匹は、身を潜める様に眠りにつく。


 そして、夜が更ける。草木が眠る。遠くで電車の音がする。吹き付けていた寒風はやがて収まり、窓を打ち付ける音もやむと、静寂が訪れた。


 聞こえるのは寝息のみ。


 その静寂の中を切り裂く様に、微かだが鋭い猫の鳴き声が響いた。

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