間章 第28話 聖夜の夜は密会で

 クリスマス。

 それは聖夜と呼ばれる神聖な日だ。

 天魔教の生みの親が産まれた日を祝う意味合いで設けられた、世界共通のこの祝いの日。

 それはケーキと生みの親の好物である鶏肉を食べるという行事だった。


 教会の下部組織である魔殺しの子供達ベナンダティでともなれば、その祝いようは年内で一番の盛り上がりを見せる。


 その理由は単純だ。

 組織にいる全員が──任務に向かい、悪魔を殲滅しにかかるのだ。


 より多くの悪魔を倒すことができれば、それは神に対する感謝にもなり、死んだとしても創始者が産まれた日に死ねるならばより光栄という文化があった。

 それは教会全体である風習であり、魔殺しの子供達ベナンダティ以外の悪魔専門の組織や教会勤めの者すらも、今日に限り任務を引き受けて世界中の悪魔を討伐する。


 一ニ月ニ四日。

 この日はクリスマス。

 別名、血の晩餐である。


「よいしょ。よいしょ」


 深い森の中、ひっそりと佇む教会はほんのりと明かりがついている。

 雪が降り、闇に包まれていく最中、教会の中はたった一人の少年が慌ただしく働いていた。


 名はケン。

 今年で十二歳になる少年だった。

 彼もまた魔殺しの子供達ベナンダティであるが、戦う能力がないため雑用を任されていた。

 約五十人が住む、この教会でたった一人の雑用、それがケンだ。


 クリスマスはケンにとって最も忙しい日の一つであり、朝から任務終わりの魔殺しの子供達ベナンダティの仲間達が帰ってくるまでに飾り付けと料理を完成させなければならない。

 材料だけは本部から大量に送られてくるので困ることはないが、本当に時間がない。


 朝は料理の仕込みをし、その間に洗濯と掃除を済ませてしまう。それらの作業が終わり次第飾り付けに入り、仕込みの料理に味がつくのを待つ。ここまでで既にお昼を過ぎる。大変なのはここからで鳥を焼くための窯が一つしかないのだ。ミスや時間配分を間違えれば魔殺しの子供達ベナンダティが帰ってくるまでに間に合わない。

 慎重を期して、しかし素早く。


 そうして迎える、帰還する魔殺しの子供達ベナンダティ達の鐘の音。

 結界内に敵が侵入すれば警報が、仲間が入ってくれば教会内の鐘の音が鳴る仕組みだった。


「おかえりなさい!」


 笑顔で出迎えるケンの献身さは最早犬のそれと同義だろう。

 だが悪魔退治で疲れ切った彼らに、雑用程度の男と言葉を交わす気力も必要もなく、皆無言でシャワー室へと歩いていく。

 彼の前を一番目ウーヌスが、当時十番目デケムであったカリストがケンの前を歩いていく。

 数字持ちも普通の子供達も、皆それぞれケンには一瞥すらくれず、着替えに移る。

 一人寂しく開きっぱなしのドアを閉めるケンを、カリストだけが見守っていた。


 そうしてクリスマスの晩餐は始まる。

 教会のステンドグラス前に佇む銅像を前にして、皆が一斉に会するこの食事は滅多に見られるものではない。

 皆が皆、今日の任務の話やこの一年にあった面白話をして盛り上がる中、ケンは一人裏で焼いた鶏肉を頬張っていた。


 雑用であるケンに座る場所はない。

 小さな女神の像を前に、日課の祝詞のりとを独唱し、感謝を表す。


「少しはあったかいとこで寝たいな……」


 教会内は炎魔術が封印された魔術道具による暖房が付いているため、どの部屋もある程度の室温を保っているが、ケンのいる物置部屋や厨房はその限りではない。

 マイナス何度という世界の外気温は容赦なく働くケンの手足を凍えさせ、体力を奪っていく。

 ケンは鶏肉を食べることは許されているが、それでも雑用がなくなるわけではない。


 食事を済ませて、静かになった教会本堂を訪れればそこには食事を並べた時と全く同じで置かれた空の皿たち。

 あくまで修道者である彼らが嫌がらせのためだけに、ケンの仕事を増やすようなことはしないが激務であることに変わりはない。


 もう0時に差し掛かろうとする時計の針を見て、思わず溜息を吐く。


「よし」


 それでもめげず、ケンは皿集めを始めた。

 それから一時間後。


「すーっ……すーっ……」


 皿を洗い装飾品を外し、疲れ切ったケンはまだ作業が途中ではあったが、厨房で座りながら寝ていた。

 使用した窯の熱の残滓があまりに心地良くて、暖まっていたらそのまま寝てしまったのだ。

 いつの間にか誘われた夢の中で、ケンは不思議な夢を見た。


 小さな小人の夢だった。

 ケンの雑用を一緒に手伝ってくれる小人達。

 彼らと共に仕事をするととても楽しかった。

 思えばケンは誰かと仕事をしたことがない。

 いつも一人で仕事をしている。


 対して魔殺しの子供達ベナンダティはコンビネーションが問われる。

 任務では必ず相性の良い子供達でチームが組まれ、複数人で悪魔退治を行う。

 それを考慮すると、ケンよりよっぽど仕事を共にするという楽しさを知っているのだろう。


『僕も……誰かと仕事を』


 したかった。と夢の中で意識を失うように倒れていった。

 ふわふわとした幻想的な世界からの脱出は、自ずと現実世界への帰還を意味し、


「……僕は」


 ケンは目を覚ました。

 時計の針は朝の四時を指している。

 一時間ほど寝ていたようだった。


「ま、まずい! まだ仕事が……あれ」


 身体を起こそうとすると全然動かないことに気づく。

 よく見ると自分は土で覆われており、しかもその周りで赤子くらいの岩巨人ゴーレムが片付けをしていた。


 それを指揮するのは厨房の真ん中で杖を振る少女────カリスト。


「か、カリスト! なんでむぐぐ」


「ばっか! 声が大きいわよ。心配だから来たに決まってるじゃない」


 驚きで声がいつも以上に張り上げてしまったのか、カリストは大慌てでケンの口を塞いだ。

 ケンに深呼吸を促し、落ち着いたとこで手を離す。


「こんな寒いとこで寝たら風邪引くでしょ。何してるのよ」


「ごめん……疲れちゃって」


「まぁ、当たり前よね。あの量を一人でやってるんだから」


 頭を抱えるカリストは深々と頭を下げて、


「ごめん! ほんとはもっと早くに助けたかったんだけど、あいつ……起きてる時間が長いのよ。ずっと扉の前で見張っちゃって」


 カリストの言うあいつ、とはシスターのことだ。

 カリストはシスターのことを極端に嫌っていて、ケンはなんとなくそれに気づいていた。


「ま。炎魔術であったかーくしてやったら睡魔に勝てずに寝てたわ。ざまぁね」


 ふふふ、なんて笑うカリスト。

 シスターを悪く言われるのはケンは嫌いだった。

 少しだけ不機嫌そうにするとケンの額に向けて全力のデコピン。


「痛い!」


「お人好しがすぎるわ。去年から一人でやらされて、何がどうして怨みの感情が湧かないのよ」


「僕が戦えないのが悪いんだし……」


「なんでそう自虐的と言うか……別にいいのよ。私たちがその分頑張ればいいんだから。アンタは自分に対する不当な扱いに物申しなさいっての」


 呆れ果てるカリストの気持ちを、ケンは理解出来ない。

 悪いのは自分であり、全ての行為は当たり前に自分が行うものと認識しているケンにとって、カリストの怒りや恨みなどは縁遠いものなのだ。


「まぁいいわ。ほら、立ちなさい」


 そういって土の布団の魔術を解除するとケンに向けて手を差し出すカリスト。


「土魔術あんまり得意じゃないんだけど、今回ばかりは役に立ったかしら」


 カリストの手を取って、ケンは笑顔で返した。


「うん! この岩巨人ゴーレム達も可愛いし、とっても良いと思う!」


 ひょこひょこ周りで作業を進行しているミニ岩巨人ゴーレムは可愛らしいものだ。

 岩巨人ゴーレムは本来、自動で敵を迎撃するための城や家の防衛システムだったとされ、こんな雑用に使う想定ではない。

 それは小難しいことをさせようとすると、命令系統に頭がバグってしまうからだった。


 この作業をこなせるミニ岩巨人ゴーレムの繊細さは、カリストの才能故の代物であった。


「そ、そうかしら。ふふ」


 そんな深い意味は無かったが、ケンが褒めたというただその一点だけで気分が舞い上がるカリスト。

 その様子に小首を傾げて、ケンはまた作業に戻った。


 クリスマスはまたやってくる。

 その度にカリストはケンを手伝った。


 微笑ましい、たった一日だが大切な、共同作業であった。

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