02 牢の中の女神

*  *  *  *  *








 俺が放り込まれた牢屋は……何というか、俺が酷いだろうと想像していた牢屋の更に数倍は酷かった。

 石造りの、大体4畳半くらいだろうか。そのくらいの正方形の部屋で、広さの割にはやけに天井が高い。

 壁はギザギザの石壁で、ちょっと擦ったら怪我をしてしまいそうだ……床は一応平になっているのが救いと言えば救いだが、布団すらない……。

 牢屋と言えば鉄格子を想像していたけども、分厚い木製の扉である。小さな覗き窓はあるものの、指一本通るのがやっとくらいなので脱出することは到底無理だろう。

 窓はなく、天井の高い位置に壁の隙間があるくらいだ。……外の光を取り入れるというよりも、単純な空気穴でしかないのだろう、多分。




「くそっ……何だってんだよ……」




 凍えるほどではないが、少し肌寒い。

 俺は両腕で自分の身体を抱きしめるようにして縮こまっていることしかできない……。

 ……せめて服さえあればまだ違ったんだろうが……。


 そう、この牢屋に閉じ込められる前、俺を連れて来た兵士に槍を突きつけられ『服を全て脱げ』と言われたんだよな……。

 そういう趣味ってわけじゃない。脱獄に使えそうな道具を全て没収するって意味だったんだろう。

 ……拒んだら牢屋前で刺されて死ぬことになりそうだったので、大人しく全裸になったわけだが……。

 人前で無理矢理裸にさせられるって、屈辱なんだな……。




「俺にどうしろってんだよ……」




 すっぽんぽんで道具も何もない。

 下手に壁を登ろうとしたらケガするだけだろう――その上、天井までが高いので落っこちたら大ケガじゃすまない可能性もある。

 扉はこちら側に蝶番とかもないし、仮にあったとしても素手じゃどうにもならなさそうな感じ。

 ……八方ふさがりだ。




「……はぁ……わけがわかんねーよ……」




 俺だって好きであの場所に紛れ込んだわけではない。

 というか、なんでいきなりあんなところに来たのか、自分でもサッパリわからないのだ。

 でも、とりあえず牢屋に入れられたってことはすぐに殺されるなんてことはないだろう――あのヤバい男がちょっと不安だが、他のヤツらは何とか話は通じそうな感じはあった。

 ならばそのうち『取り調べ』的なことになるんじゃないだろうか。

 そこで誤解がとければ、外に出してもらえるんじゃないだろうか。






 ……そんな期待を抱きつつ、俺は牢屋の中で寒さに耐えるしかやれることはないのであった――








*  *  *  *  *








 …………どれだけの時間が経ったのか……。

 

 取り調べどころか、飯や水さえも運ばれてこない。

 昼間も薄暗く、夜は真っ暗になる牢屋の中にいて、時間の感覚もちょっと曖昧だ――昼間が2回はきたはずだが、意識も朦朧としてきていて曖昧だ。

 まだ何とか考えることくらいはできるが、それもいつまで続くか……。




 まさか、何にもされないとは思っていなかった。

 尋問とか拷問されたりは勘弁願いたいが、かといって全くの放置というのも困る……というか脱出ができない以上、相手の方からアクションをしてくれないことには何もできない……。




 もう今更疑わないが、どうやら俺は『別の世界』に迷い込んでしまったみたいだ。

 そして、訳が分からないうちに牢屋にぶち込まれてそれっきり……。




 ……異世界転移ってやつなのかな……俺自身はあんまり詳しくないが、友達で好きなヤツがいたなぁ……。

 そういうのの『セオリー』だと、異世界に来る前に神様から色々と教えてもらったり凄い能力を授かったり、異世界に来てから凄い能力を認めてもらったりするもんじゃなかったかな……。

 それともアレか? あいつらにはわからないが、実はすごい能力を隠し持っていてそれがわからないから追放された後に覚醒したりするとかか? 今は追放前のプロセスなのか?




 ……なんてアホなことを考えたのは、もう何回目だろう……。

 理不尽な目に遭わされていることへの『怒り』。

 これから殺されるかもしれないという『恐怖』。

 なんで自分がこんな目に……という『悲しみ』。

 そして現実逃避気味な考え……。

 それらがぐるぐると何度も繰り返し巡っている。






 …………はぁ……。

 もういい加減疲れた……。






 ――最後に迎えたのは、『諦め』。

 自分でもわかっているくらい、肉体だけでなく精神も疲弊している。

 もう考えることすら億劫になってきた……。




 ……それでもなぁ……せめて死ぬなら、自分が本当に居るべき場所が良かったな……。















 ――が見えた。

 真っ白ではない、虹色……? の、色鮮やかな光が、真っ暗な牢屋の中を照らす。

 その光はほんの一瞬で消え、再び闇に閉ざされる――はずだった。




「――」




 仰向けに倒れている俺の真横に、がいた。

 彼女は立ったまま俺を見下ろしている――空気窓からの僅かな光しかないというのに、その姿ははっきりと見える。

 ……比喩ではなく、彼女自身が輝いているように見える。




……?」




 かすれた声で呼びかけるも、彼女は感情の見えないぼーっとした顔のまま俺を見下ろしている。

 ……全裸で丸出しだけど、それを恥じる余裕もない。

 あるいは、彼女は――死にかけの俺の見ている幻覚なのだろうか……?

 最後に見るのが女神の幻覚とか……。




「――の命により、貴方を連れ出すため参りました」




 ……幻覚じゃない……?

 ひざを折り、俺の顔に近づいて彼女が語り掛けてくる。

 ……俺の顔に、彼女の長い髪がちょっとかかってきてくすぐったい――ってことは、やっぱり幻覚じゃないのか?




「………………?」




 近づいてきてくれたおかげで、彼女の顔が良く見える。

 今までに見たことのないくらいの美人だということにも驚いたが、それ以上に驚いたのが彼女の耳だ。

 普通の人間の耳と形が異なる――先端がとんがった、長い耳をしているのだ。

 ――『エルフ』、くらいは俺も知っている。

 彼女はエルフなのだろうか?

 現実にはありえないことだが、『異世界』ならそういう人種もいて当然なのだろうか……。




「貴方に、ここから出る意思があればですが」


「…………連れてって、くれ……」




 牢屋にぶち込んだ奴らと違って、俺の意思は確認してくれるだけありがたい。

 もちろん、答えはイエスだ。

 連れられた先に何があるかはわからないが、このまま牢屋に閉じ込められているよりは絶対にマシだと確信できる。




「承知いたしました」




 俺の答えを聞くと、エルフは俺を抱きかかえ――再び牢屋に虹色の光が満ちる――

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