第1章-21話 子供の世界

 本格的なリハビリがスタートした。昭子のリハビリスケジュールは午前中約1時間、午後約1時間。午前中は主にストレッチなどに時間をかけ、その後、両足に同じくらいの力がかけられるようにと、立ったままの動作が多く、午後からは両方の手すりに掴まりながら足を前に出す練習。ほんの少し動かせるようになったばかりの昭子にとっていきなりこのリハビリは正直過酷だった。それでも持ち前の運動神経と根性で弱音を吐くことなく黙々と続けた。

 リハビリを終えて病室に戻ると全身筋肉痛との闘い。病棟では患者が当番制で午前中と午後のおやつの時間を病棟に知らせるアナウンスをすることになっている。その合図で歩ける患者はプレイルームと呼ばれる大きめの部屋に集合し、おやつを一緒に食べる。だいたいリハビリから帰ってきたタイミングでおやつの時間となるため、アナウンスをするためにナースステーションに行くのを忘れてぐっすり寝てしまっていることもあった。そんな時は同じ部屋の子が、起こしてくれることもあれば、代わりにアナウンスをしてくれることもあった。


 患者は全員子供。その子供たちには入院生活を苦痛なものにしないためのさまざまな工夫があり、アナウンスもそのひとつだった。入院生活が長い子供たちはこのアナウンスが楽しみで仕方がない子もいた。反対に昭子のように入院したばかりの子は、この当番を忘れてしまうことも多い。そんな時には子供同士で助け合う。普通に入院していては経験できないことを、ここでは経験できるのだ。入院してあっという間に1週間が過ぎ、病棟内にも友達と呼べる仲間も出来た昭子は、ここでの生活にもだいぶ慣れてきた。リハビリも筋肉痛との闘いも終わり、順調に進んでいた。最初は忘れがちだったアナウンスも忘れずナースステーションに行けるようにもなっていた。この頃の昭子の足は、年末年始のわずかな動きとは見違えるように動くようになっていて、支えさえあれば右足を前に出し、そこに左足を合わせられるくらいまで回復していた。まだ移動は車椅子だが、車椅子もひとりで操作できるようになっていたため、行動範囲もかなり広がっていた。

 入院して初めて家族が面会に来てくれた時には、その回復力に家族を驚かせた。昭子の頑張りは家族にも希望を与えたのだ。季節は1月下旬。4年生でいられるのもあとわずかとなっていた。


なんとしても4年生のうちに学校に戻りたい!


実は昭子はひそかにそんな目標を立てていたのだ。その目標のために毎日必死でリハビリに励んでいた。同じくらいの子供たちの世界で生活しているからこそ、早くクラスメイト達にも逢いたくなるのだ。小児科病棟では毎日誰かしらが退院していく。反対に入院してくる子もいる。常にほぼ満床状態ではあるが、仲良くなっても退院してしまってはもう会えない一期一会の出会いの中で、クラスメイトが恋しくなるのは皆同じだった。子供たちの目標はもちろん「元気になって退院すること」だ。そのために子供の世界はいつも前向きな空気で満ちていた。

 しかし、時には元気になれないまま病棟から姿を消す子もいる。そんな時は、誰も何も言わないが、心が折れそうなくらい切なくなる。そんな経験も小児病棟に入院したからこそ経験できたことだが、学校では教えてくれない「本当の意味での命の大切さ」を教わる場でもあった。

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