第1章-16話 負けるもんか!

 回診の時間。医師にはすでに昭子の足の感覚がまたなくなったことを知っていたのだろう。いつものように「おはよう」から始まり、頭の包帯を取り傷の状態を診、その後足の状態を診る間、様子を見ながら「頭の方はもうガーゼなしで大丈夫そうだな」とか「足はもう少しだな」とひとり言のようにブツブツと言っていた。昭子はその間、何も言わず黙っていた。いつもならば、そんなひとり言でも拾ってツッコミを入れているところだ。

 消毒などの処置が終わると、医師は

「今日も午前中にリハビリ室な。寝坊助ねぼすけの足も起こさないと。昨夜はきっと夜中に勝手に動くこともしないでぐっすり誰かさんと同じで爆睡だっただろうからな」

と言った。昭子は初めて医師を見た。それまでは、不貞腐ふてくされているのが一目瞭然で、ずっと医師とは目を合わせなかったのだ。

「だから言っただろ?そう簡単じゃないんだって。神経って厄介なんだよ。でもおそらく勝手に動くことは少なくなってくるはず。自分の意思で動かせるようになるのもそう遠くないかもしれないぞ」

医師は昭子をしっかりと見ながら言った。



*****



 リハビリの時間。今日は、右足を療法士が曲げたり伸ばしたりを念入りにしてくれた。何度も同じ動作を繰り返していると、なんとなく掴まれているような感触が出てきた。その動作をしながら療法士は

「今朝、足に触ってみた?冷たかったんじゃない?冷たいってことは血の巡りが良くないってことで、そうすると動きが鈍くなるし感触も鈍くなる。温めてみると意外と鈍さが和らいでくるもんだから」

と説明してくれた。昭子は今朝のことは自分に関わっている人にすべて知られているのだと気付いた。そして、黙って「うん」と頷いた。


 この日のリハビリは、足の曲げ伸ばしの後にその場で立って制止するだけに終わった。しかし、この時にも昭子は変化に気付いた。立っている時の足の裏に、力を受け止めているような感覚があったのだ。今までは左足に全体重をかけ、右足はただ横に並べているだけの感覚だった。それが今日は足の裏にも感触があった。

「先生、足の裏、感じる」

昭子がそういうと、

「やっぱり若いんだなぁ、回復が始まればスピードが違うもんなぁ」

と言いながら笑っていた。そして、

「体操やってたんでしょ?体が自然治癒力をしっかりと蓄えてたんだよ。やってて良かったね。それがなかったらこんなに早く回復していなかったかもしれないよ」

と付け加えた。体操…このまま順調に回復すれば、歩けるようになって、もしかしたら体操もまた出来るようになるかもしれないと、昭子は心を躍らせた。

「もしかしたらまた鉄棒出来るようになるかもしれない?」

弾んだ声で療法士に尋ねた昭子だったが、

「それはまだ分からない…としか言えないな。いい加減なことも言えないし、僕は医師ではないからね」

冷静な答えが返ってきて少しガッカリした。しかし、「無理だ」とは言われていない。もともと好きなことのためならば努力も失敗も恐れない性格だった昭子は、急にやる気が出てきた。

「負けるもんか!きっと復活してみせる!」

とガッツポーズを療法士に見せた。

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