みかどさんと!

@mikadio

第1話 16時に食堂に集まってください

そんな坊ちゃんの一言で1日は始まった。


「なにがあるの?」

  -大体予想はついている。オババ、君は数字見ているだろう?


「また人員整理?」

  -No.これ以上はマンパワーは削れない。BMは手を動かせ。


「減給?」

  -いいから貴様らは仕事しろ!




今日は令和7年4月11日(金)。予想が正しければ、それは終わりの始まり。


 決算まで4か月だが。残り4か月で廃業するのか?弊社もそれなりに長い。畳んだ客先や外注はそれなりに見てきた。


 普通に考えるなら業務の引継ぎや客先のサポートを考えて告知から1年ぐらい猶予をもって畳むはずだ。とりあえず16時になればわかる。今日は金曜日でGWも近い。やることが…やることが多い!なんで1時間少ないんだチクショウ!


 客先とGW前の納期の摺合わせ。外注への持ち込み、引き取り、打ち合わせ。早めに戻って出荷もしなければいけない。本日16時で終業なのでその前に集荷お願いしますなんて気の利いた事ができる人は当然いないから自分で営業所へ持ち込みだ!


 バタバタしながら滑り込み状態で16時に食堂へ。座席はほぼ埋まっており、空席は前方の社長付近にしかない。人の間を縫って着席したら机上に置かれた資料にはここ数年の売上金額のグラフ。まぁ、そうなるかなと思った。製造側の人間はピンとこない人が多いだろう。そもそも常日頃から具体的な数字を言っていない。いきなり数字を突き付けられてもわかる人のほうが少ないだろう。


「弊社は創業78年を迎え、幾多の困難を乗り越えてきましたが-」


 坊ちゃんがしゃべりだした。この出だしは間違いない。20人近くの従業員が職を失うときが来たのだ。時期はいつだ?猶予は?仕事の引継ぎは?受注している仕事とこの先の打ち合わせ中の仕事、提案中の案件。手持ちは多くないにしても考える事は多い。


「今年の、8月、の、決算を、もって-」


 言葉を詰まらせる。そりゃそうだ。80年近く続いた会社を自分の代で閉めるのだ。いろいろ思うところもあるだろう。どうでもいいが。それより4か月しかないぞ。正気かこいつ。客先にどう説明するんだ?そもそもいつ決めた?去年の年末から正月開けてもそんなこと微塵も出さずに仕事とってこいって言ってたよな?


 いや、しかしそういえば「売上が足りない」って言わなくなったな。いつだ?いつから言わなくなった?記憶を手繰る。外出は3月半ばから毎日のようにしていた。どこいってたか知らないが。最初は社長職にでも目覚めたかと思ったが、多分そのタイミングで色々やってたんだろう。年明けから若干後ろ向きな発言があったようなきもするが。今となってはどうでもいい。


「4月13日(月曜日)付で関係各社に廃業通知が届くように手配してあります」


「まじかよオイ!!!」


 出かかった。よくこらえた。ナイスゥ!そうじゃない。てか、昨日も客先で10月からメンテナンスの話したばっかだぞ。何それどうするの?後継企業立ち上げるの?やり逃げ?嘘つき?詐欺?どうするんだよ。


 色々考え始めたタイミングで用紙が配られた。6月末までに提示された条件(退職金やその他)で良いなら捺印する書類。簡単なものだが要約すると「提示された条件に従う。残されたものは会社で処分するが、個人的なもので費用が発生したものは実費請求する」ような内容だ。


 社名が書いてあり、名前を書いてハンコを押すと。ん?…社名が。弊社の名前ではないな?これはどこの会社の書類じゃろな?


 坊ちゃん、どこの事務所に作らせたん?弊社の名前、間違ってますよ?


 全員に書類が渡され、ひとしきり説明が終わった後で間違いを指摘。膝から崩れ落ちる総務。そりゃそうだ。大事な書類の自社名が違っている事にすら気付けないんだ。潰れるよ。


 かくして泥船が沈むまで見てようかなと思ったけど、愛想が尽きてやめようとしていた矢先に会社がつぶれたでござる物語が始まった。終わるけど。

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