第28話:アリーもカルル、だいすき!

「少しは理解ができたか、フィドル・クルール」

 殺気だった群衆が和やかに解散していったのを見届けてから、カレルさんはフィドルさんを見据えながら言った。


「お前はセレスタを閉じ込めておきたいみたいだが、この女は、俺やお前の加護などなくとも、みずからの力でたくましく生きていけるたぐいの人間だ」


 カレルさんの言葉に、フィドルさんは気に入らない、という顔をしている。


「あなたに言われたくはないな、クラマルス卿。あなただってセレスタのことを、護れなかったじゃないか……!」

 カレルさんの顔色がさっと変わる。


 カレルさんは何も答えなかった。

 そして傷付いた顔をして身をひるがえすと、静かに店の中へと入っていった。


「待って……カレルさん……!」

 私はまだ、カレルさんに謝ることができていない。


「セティ……」

 フィドルさんは私を呼び止めようとするけど、私はそれを振り払った。


「フィドルさん。心配しないで。私は必ず、アリシアを幸せにしてみせる。そのために障害があるならば、すべて取り除く」


「セティ、いや、ニノミヤアカリ……たしかに君は、強いね。君は、セティとは違う。僕が、悪かったよ。君を守りたいなんてカッコいいことを言ったけど、結局僕は、君をカレルに取られるのが嫌だっただけみたいだ」


 フィドルさんはそんな風に自己反省して、ばつの悪そうな顔だった。


「僕はもう、仕事に行くよ」


「フィドルさん、ありがとう」

 私は彼の後ろ姿に声を掛けた。

 彼の言葉に嘘偽りはないと思うし、私にも彼を責める気持ちはなかった。




「びっくりしました」

 店の中に入ると、サマーが目を丸くしていた。


「何が?」

 私が聞くと、サマーはいつも通りのさっぱりした口調で言う。


「いや、見事だな、と思って。完全に群衆の心をつかんでましたよ」


「そんなんじゃないよ。私は心の中にずっとわだかまって、大声で誰かに話したくてたまらなかったことを、感情に任せて吐き出しただけ。私は前世では、誰にもかえりみられないような、誰にも愛してもらえないような、どうしようもない人間だったから。今だって、たいして変わってはいないけど……」


 私は自嘲じちょうするように言った。


「でもあなたは、有りのままのことを、包み隠さずに話した。あなたの話は荒唐無稽だったけど、私は信じましたよ。作り物じゃない、結婚詐欺に遭った女性の生の声だということが伝わったから、それが、あの場に居た人たちに響いたんじゃないかと思います」


 いつも淡々としているサマーが微笑んでいた。


「セレスタ、今月の給料だ」


「えっ……?」

 奥の部屋から姿を現したカレルさんは、お金の束と小銭をカウンターの上に置いた。


「二十七万ルシルある。返品分の代金を差し引いても、それだけの売り上げがあった。そこから、フィドルの工房に材料費を返すんだな」


 他にたくさん話すべきことがあると思うし、私も言いたいことがたくさんあると言うのに、カレルさんがまず口にしたのはそのことだった。


 二十七万ルシル。

 初任給だ。そうか、いろいろあって忘れていたけど、私がこの店に来て、ちょうど一ヶ月が経っていた。


「ロゼッタの店は変わらず引き続き取引をしてくれると言っている」


 私は少しだけ心が暖かくなった。

 マダム・ロゼッタ。

 カレルさんに『貸し』を作って私のビーズを置いてくれた色っぽい美魔女だ。


「今日の分の納品は俺がしておいてやるから、今日は休め」


「え……っ?」


 カレルさんは相変わらずの無表情だった。


「解雇されるのかと思った。このお給料を最後に」


 解雇じゃなくて、「休め」なのね。


「その金で、アリシアに何か買ってやるといい。その代わり、明後日は覚悟しておけよ。追加の注文がまだまだ来てるんだからな」


「カレルさん……」

 私はまたもや目が潤みそうになってくる。


「わたし、あなたに迷惑を掛けてばかりなのに……もう、退職しようかと思っていたのに……カレルさん、わたし……」

 

 私を雇ったせいで、カレルさんにたくさんの迷惑を掛けてしまったこと、謝らなければならないと言うのに、カレルさんは


「沈黙は金」


 と一言口にして、右手の人差し指で私の口をチャックした。


 ち、ちょっと……!

 謝りたいのに、口がまったく動かない。


 サマーは怪訝けげんな顔で、アリシアは得意げな顔で、私たちを見ている。


「言っただろう。お前を雇ったのも、俺の名前を使ってお前のアクセサリーを売りに出したのも、全ては俺みずからが決めたこと。驚くほどのことでもない。このぐらいのことは、想定済みだ」

 カレルさんの声は静かだった。


「それよりもニノミヤアカリ、俺はお前に感謝する。ヒルダ・ビューレンも、浮かばれたことだろう」


 そう口にしたカレルさんは、何とも哀しげな表情をしていた。

 彼がヒルダにどんな思いを抱いていたか。

 どんな思いで私たち母子を雇ったのか。

 そして、カレルさんがどれほどの思いでこの一言を口にしたのか、その時の私はまだ分かっていなかった。


 私は言葉にできないかわりに、思わずカレルさんに抱き付いていた。


「アリーもカルル、だいすき!」

 アリシアも私と一緒に、嬉しげにカレルさんにまとわり付いた。


「やめろ、放せ、鬱陶しい」


 カレルさんが心底迷惑そうな顔をしてもお構いなしだ。

 私たちは万感の思いを込めてカレルさんをもみくちゃにした。


「私は今日も休まず働かせてもらいますよ。やらなきゃいけない仕事は山ほどあるんですからね」

 サマーはそんな私たちを尻目に相変わらずのドライさで言う。


「あ、そうだ……!これ……」

 私は二十七万ルシルの中から、九万ルシル取り出した。

 サマーとは、時給千ルシルの派遣契約だった。

 一日六時間、今日で十五日働いてくれたから、今月分は九万ルシルだ。


「もっと売り上げが上がれば、その分を上乗せするわ」


「どうもありがとうございます。私も、自分の工房でこき使われるよりは、こちらの仕事の方が割りがいいし、目の保養にもなりますから、もしあなたの作品がバカ売れすることがあったら、転職してこちらで働かせてもらうかもしれません」

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