夏休み

第42話 幼なじみと補習

 暑さが高まる七月下旬。いよいよ待望の夏休みとなった。

 これでもう当分の間、クソ暑い中を我慢して学校に行かなくてもいいわけだ。うれしすぎて泣けてくるぜ。


 だが、しかし。

 ちょっとばかり計算外の事があり、夏休みだというのに登校しなければならなくなった。


「ううっ、俺とした事が……」


 夏休みに入ったばかりなのに、早起きして学校へ行くはめになり、俺は自分の間抜けさを呪った。

 理由は単純で、補習を受けなければならないからだ。


 基本的に成績は中の中で、あらゆる科目で平均点を取っている俺だが、苦手な科目がある。

 それが英語で、この科目だけはいつも平均点以下で、赤点ギリギリなのだ。

 ちなみに得意科目は現代国語で、これだけは常に平均点以上、クラスで一、二位ぐらいだったりする。


 で、一学期の期末テストでは、英語で赤点を取ってしまった。

 そのため、夏休み期間中に補習を受ける事になってしまったのだった。


 うちの学校の赤点ラインは四〇点。期末の英語テストは、三九点だった。

 あと、たったの一点だったのに。我ながら情けない限りだ。


 教室に入ると、俺と同じく英語の補習を受ける連中が待っていた。


「おう、秋洋も補習か? アホだなあ」

「永瀬も? 意外と馬鹿なんだね」

「ははは、バーカ、バーカ! 仲間だな!」


 剣崎、田所、川田に言われ、頭を抱える。

 知り合いがこれだけいるという事実に泣きたくなってくるぜ。少しは勉強しろよ、お前ら。人の事は言えないけど。

 ちなみに優等生の藤崎がいるはずもなく、ついでに言うと杉浦と大上もいない。あの二人は割と成績がいい方なんだよな。

 俺だって、英語以外はそれなりの成績なんだが……今回は油断したな。


 剣崎に手招きされ、隣の空いている席に座る。

 やれやれだな。早く補習を終わらせて帰りたいぜ。


「あっ、永瀬君だ! 補習仲間だなんてラッキー!」

「!?」


 聞き覚えのある声を耳に捉え、ギョッとして見てみると。補習を受けに来た新たなメンバーが教室に入ってきていた。

 ツインテールに、ややふくよかな体型をしたそいつは、立川小春だった。

 補習は学年ごとにまとめて行われるので、他クラスのコイツも来ているわけか。

 立川は俺の右隣の席に座り、ニコニコしていた。


「永瀬君も英語は苦手なんだ? 気が合うねー?」

「そ、そうだな。あまりうれしくない共通点だけど」

「えー、そう? 私はうれしいけどなー」


 立川が机を寄せてきて、対応に困ってしまう。

 コイツには小学生時代にトラウマを植え付けられたから、苦手なタイプではあるんだが。

 現在の立川は昔と違って美少女で、グラマラスなプロポーションを誇っている。

 かわいい顔で微笑みながら見つめられるとドキッとしてしまうし、かなり立派で豊満な胸のふくらみを見せ付けられたりすると、思わず凝視してしまったりする。


「コラ。そんなヤツにデレデレすんな!」

「!?」


 左隣の席に着いた剣崎に机の脚をガン、と蹴られ、ハッとする。

 見ると剣崎は、真横からナイフみたいな鋭い眼差しを向けてきていて、俺をにらんでいた。

 ……そ、そんなに怖い顔するなよ。さすがの俺でも泣くぞ?


「あれー、剣崎さんもいたんだー? 相変わらず、勉強は苦手なのかな? ふふふふ」


 立川が愉快そうに声を上げ、剣崎はムッとした。


「うるさい、デブ。そういうお前も補習受けなきゃいけない程度の馬鹿なんだろ? ざまあねえなあ!」

「デ、デブじゃないって言ってるでしょ! 言っとくけど、今回はたまたまだから! 私、総合点ならクラスでも一〇位以内に入ってるんだからね! 英語だけが苦手なのよ」

「……ふーん、そう。まあ、クラスが違うから確かめようがないし、なんとでも言えるよなあ」

「今度、成績表見せてあげてもいいわよ? そういうあんたはクラスで何位なのよ?」

「……パ、パンチ力ならナンバーワンだぞ? あと身長の低い順や体重の軽い順でも一番のはずだ。お前は体重の重さでナンバーワンか?」

「そこまで重くないし! むかつくわね、チビ!」


 剣崎め、成績の話を無理矢理体重の話にすり替えやがったな?

 そういう悪知恵は妙に働くんだよな、コイツ。勉強の方に回せたらいいのに。


 やがて英語担当の女性教諭がやって来て、補習対象者の出席を取ってから、補習授業が始まった。

 授業時間の後半に小テストを行い、それで合格点を取れば補習終了、赤点は取り消しになるらしい。

 英語は苦手だが、ギリギリで赤点だったわけだからな。ちゃんと勉強すれば大丈夫なはずだ。


「ううっ、英文法とかめんどくさい……秋洋は分かるか?」

「一応な。覚えるのが大変だけど」

「こんなの、翻訳アプリ使えばいいのにさ。よその国の言語を必死になって修得する意味ってあるのかな?」

「その通りだと思うが、英語の授業を否定したってどうしようもないだろ。我慢して覚えろよ」

「うー……」


 剣崎は頭を押さえてうなっていた。

 元から勉強は苦手なヤツだしな。英文なんて暗号にしか見えないんだろう。

 だからと言って、馬鹿ってわけでもないんだよな。むしろ頭の回転はかなり速い方だと思う。

 コツさえ覚えれば、勉強でも運動でも大概の事はこなしてしまうし。基本的にスペック高いんだよな、コイツ。


「秋洋、ちょっと教えて。ここってどう覚えれば……」

「あー、そこはな……」


 剣崎が机をくっつけてきて、俺に身を寄せ、質問してくる。

 半袖のブラウスから露出した細い腕がペタッとくっついてきて、ドキッとしてしまう。

 コ、コイツ、ちょっと無防備すぎないか。公共の場でこんな……俺は別に構わないが、周りから変な目で見られてないかな?


 周りを見回してみたが、特に注目はされてないみたいだった。

 よかった。これなら安心だな。また変な誤解とか噂とかされたらマズイし……。


「いや、おかしいでしょ! くっつきすぎでしょ、あんたら!」

「!?」


 声を上げたのは、右隣の席の立川だった。

 補習授業の真っ最中、静かだった教室に響き渡るような大声で叫んだ立川に、俺のみならず補習を受けているメンバー全員が目を丸くする。

 そりゃみんな驚くよな。なに考えてるんだ、コイツ。


「た、立川? 補習中なんだし、もうちょっと静かに……」

「永瀬君がそのちっこいのとベタベタしてるのが悪いんでしょうが! 永瀬君たち二人以外はみんな私と同意見のはずよ!」

「えっ?」


 立川から注意され、さすがに驚く。

 慌てて教室にいる面々を見回したところ、川田に田所といった同じクラスの人間はもちろん、他のクラスの人間や、補習授業担当の女性教諭すら、困ったような顔をしていて、俺達から目をそらしていた。

 なんだこれ。どういう状況なんだ?


「な、なあ、川田。俺達って、うるさかったか?」

「……いやー、そうでもないけど……ちょっと目障りだったかもな……」

「め、目障りなのか? 田所はどう思う?」

「うーん、あたしは……クソつまんねえ補習授業の真っ最中にイチャコラするとかふざけんなっての、とは思ったかな。はあ、むかつくー!」

「ええっ、そうなのか?」


 川田と田所の評価は散々だった。そこそこ親しい二人がこれでは、赤の他人はもっと辛辣なんじゃないかと思う。

 剣崎はというと、すまし顔で口笛なんか吹いていた。

 我関せず、といった態度だが……いや、非難されてるのはお前の行動なんだぞ? 俺は何もしてないし。


「お、おい、剣崎。周りからめっちゃ非難されてるぞ。少し離れた方が……」

「はあ? なんでだよ。私と秋洋は幼なじみなんだから、これぐらいくっついてても普通だろ。なにか問題でもあるのか?」

「い、いや、でもな。なんか色々と誤解されてるみたいだから……」

「……」


 すると剣崎はため息をつき、俺から離れてくれた。

 教室にいる、俺と剣崎を除く全員が、安堵の息をつく。

 もしかしてみんな、先生も含めて、剣崎が暴れ出すんじゃないかと警戒していたのか?

 いや、さすがにそれはないだろう。剣崎はならず者だが、それなりに空気を読む事ぐらいはできるはずだし……。


 ちなみに、剣崎は俺の席に机をくっつけたまんまだった。

 その状態を維持したまま、机の下から右腕を伸ばしてきて、俺の左手をつかみ、キュッと握り締めてくる。


「け、剣崎……?」

「……」


 俺がどういうつもりだ、とばかりに目を向けても、剣崎はすまし顔をキープしていた。

 チラッと目を向けただけで、何も言わない。なんだコイツ。

 俺の手を握り締め、軽くモミモミしてくる。小さくて柔らかい剣崎の小さな手でニギニギされ、俺はなんだか緊張してしまった。


 結局、補習授業が終わるまでの約一時間、剣崎は俺の手を握り締めたまま放してくれなかった。

 小テストの方はどうにか合格点を取る事ができた。剣崎や立川も合格というか、補習を受けていた全員が合格点だったらしい。

 終わった直後、剣崎はなにもなかったような顔で、俺に声を掛けてきた。


「帰りにハンバーガーでも食べに行こうぜい。秋洋の奢りでなー」

「なんでだよ。絶対奢らないからな」

「ケチぃー! ま、別にいいけどさ。ほら、行こ行こ!」

「お、おい……」


 剣崎が俺の手を取り、ギュッと握り締めてきて、ドキッとしてしまう。

 この野郎、ごく自然に手を繋いでくるなよな。授業中もずっと手を握り締めていたし、どういうつもりなのやら。


「真由と永瀬は、ハンバーガー食べに行くの? あたしも付いていこうかな」

「お、俺も俺も! みんなで行こうぜ!」

「永瀬君が行くのなら私も……あっ、くぉら、クソチビ! 永瀬君と手なんか繋いでるんじゃないわよ! 図々しい!」


 田所、川田、立川が俺達に付いてくると宣言し、剣崎はムッとしていた。

 立川が剣崎の腕をつかみ、俺から引き剥がそうとする。だが剣崎は、俺の手を放そうとしなかった。


「秋洋の手は私のだし。誰にも渡さないっての」

「きいいいいい、むかつくわね! いいから放しなさいよ!」

「絶対にやだ。放せるもんなら放してみろよ。赤の他人のお前じゃ、私と秋洋の、幼なじみの絆は破れないに決まってるけどなー」

「むむむむむむむ!」


 イラついている立川に対し、剣崎は余裕の態度だった。

 どうでもいいけど、いい加減、手を放してくれないかな。握り潰されそうになってるんだが。

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