第38話 幼なじみと恥ずかしすぎる妄想

「おっす、秋洋!」

「お、おう。おはよう」


 朝、家を出たところで、剣崎と鉢合わせた。

 剣崎のヤツ、まだ「幼なじみが朝起こしに来る」というお約束を狙っているらしい。

 いまだに達成できないでいるが……そろそろあきらめたらどうなんだ。


「いーや、私はあきらめないぞ! ゲームや漫画やアニメの幼なじみヒロイン達に負けてたまるかっての!」

「架空の存在と張り合うなよ。もっと簡単なのにしたらどうだ?」

「簡単なやつって? たとえばどんな?」


 俺と並んで歩きながら、剣崎が尋ねてくる。

 それにしても、相変わらずちっちゃいな。四つか五つぐらい年下の後輩と歩いてるみたいだ。


「姉か妹、もしくは母親のような、母性を醸し出してみせるとか……」

「なんだそりゃ。そんなのが幼なじみっぽい要素になるのか?」

「割とよくあるんじゃないか? ほら、付き合ってるわけじゃないのに、長年連れ添った夫婦みたいなやり取りをしてるとかさ……」

「あー、恋人飛び越して夫婦みたいな空気作っちゃってるみたいな? 漫画なんかでたまに見るかもなー」


 剣崎は納得したようにうんうんとうなずき、真横から俺の顔を見上げてきた。

 つり目がちの大きな瞳で見つめられ、ちょっとだけドキッとしてしまう。

 ……この野郎、剣崎のくせにかわいい顔しやがって。

 そんなに無垢な瞳で至近距離から見つめてくるなよな。照れるだろうが。


「でもさ、夫婦みたいなやり取りとか、空気ってどんなのなんだ? 難しそう」

「確かに、どんなのって言われてもパッと思い浮かばないよな……」


 具体的にどうすればいいのか分からず、剣崎と俺は頭を悩ませた。

 やがて剣崎が、閃いたとばかりに、笑顔で言う。


「夫婦っぽく、『お前』『あなた』って呼び合うってのはどうだ?」

「おう、なるほど。ちょっと感じ出てるな」

「んじゃ、私から。……お前なあ」

「そっちがお前呼びなのかよ! じゃあ、俺が……あなた?」

「気色悪い! 変な呼び方すんな!」

「お前が言い出したんだろ!」


 なかなか上手くいかないもんだな。

 所詮、俺と剣崎じゃ夫婦みたいなやり取りなんてできるわけないか。男同士の友達っていうか、兄弟みたいなもんだし。

 剣崎はまだあきらめていないらしく、おかしな会話を続けてきた。


「んじゃ、今度は私が秋洋を『あなた』って呼ぼう。……あなた。宿題はやってきましたか?」

「あ、ああ、うん。やってきたけど……」

「私は忘れてしまいました。あとで写させてください、あなた」

「お、おおう……?」


 おかしな話し方をする剣崎に戸惑う。

 つか、なんで敬語なんだよ。気持ち悪いな。


「……ちょっと待て。お前また宿題を忘れたのか?」

「今この瞬間まで宿題の存在そのものを忘れていました」

「最悪じゃないか! もうすぐ期末テストなのに大丈夫か?」

「あなたが教えてくれれば大丈夫なんじゃねーの? と思っておりますです」

「他人を頼るなよ! 自分でがんばんなきゃどうしようもないぞ!」


 剣崎は眉根を寄せ、なんだか不満そうにしていた。


「うーん、なんかしっくり来ないな。夫婦って感じじゃないっていうか……」

「そりゃそうだろ。俺達はそういう関係じゃないし」

「そういう関係って、どういう関係だよ?」

「それは……あれだ、あれ。彼氏と彼女みたいな……」


 俺がちょっとぼかして言うと、剣崎はにんまりと笑みを浮かべた。


「なに照れてるんだー? 私と付き合っちゃってる状態を想像してんのか?」

「そ、そんなんじゃねえし! お前と付き合うのを想像したぐらいで照れるわけないだろ!」

「えー? 私は結構照れちゃうけどなー」


 剣崎は頬を染め、照れたように笑っていた。

 この野郎、そこでかわいい反応をするんじゃねえ。卑怯だぞ。


「まあ、今さら、付き合うとかいうのもな……恥ずかしいよなー?」

「お、おう。そうだよな」


 幼なじみとしての付き合いが長いからな。

 今さら異性として付き合うとかそんなの……なんか変な感じになるよな。


「既に夫婦みたいなもんだしさー」

「そうだな。……って、それは違うだろ!」

「違うかー?」

「違う」


 俺がキッパリと否定すると、剣崎は不満そうに眉根を寄せていた。


「なんだよ、私と夫婦じゃ嫌なのか? テメーこの野郎、おおう?」

「昭和のチンピラみたいな絡み方するなよ。別に嫌とは言ってないだろ」

「んん? じゃあ、私と夫婦でもいいんだな?」

「いいとも言っていないけどな」

「ハッキリしないな、おい。私と夫婦になるのが嫌なのか、いいのか、どっちなんだよ?」

「別にどっちでもないし。まあ、お前と夫婦になるなんて、想像できないけどな」

「……」


 剣崎はムッとして、不満そうにしていた。

 俺の脇腹に拳を当ててきて、グリグリしながら呟く。


「この野郎、感じ悪いな! 私はたまに想像してるのに、お前はしないのかよ!」

「いてて、よせ、やめろ! たまに想像してるって、俺とお前が夫婦になった姿をか?」

「そうだよ! 悪いか?」

「い、いや、悪くはないけど……」


 頬を染め、眉を吊り上げながら、開き直ったように叫ぶ剣崎。

 コイツ、マジか。よくもそんな恥ずかしい事を口に出して言えるな。信じられない。


「どうせあれだろ、私が巨乳じゃないから嫌なんだろ? はあ、やだやだ……」

「ち、違うからな。そこまで俺は巨乳にこだわりなんかないから! 誤解するなよな」

「はっ、どうだか。だったらなんで、私と結婚した場合を想像しないんだよ。これだけ長い付き合いなんだから、するだろフツー」


 剣崎にジロッとにらまれ、冷や汗をかく。

 なんでと言われてもなあ。そういう対象にはしないようにしているっていうか……。

 そりゃまあ外見に限って言えば美少女だから付き合う相手としては文句はないし、気心の知れた間柄だから相性は悪くないとは思うけど。

 剣崎と俺が夫婦って……剣崎が俺の嫁になるわけか。

 コイツが俺の嫁ね……それって、つまりその、そういう関係に……。


「……駄目だ、すげえ恥ずかしい。俺にはまだ無理だ……」

「なんだそりゃ。一体、どんな恥ずかしい想像をしたんだよ? 言ってみ?」

「ば、馬鹿野郎、言えるか! お前にはまだ早い!」

「どんな恥ずかしい想像をしたんだよ!? お前それ絶対エッチなやつだろ! やらしーな!」


 顔を真っ赤にした剣崎に何度も小突かれたが、俺は自分が何を想像したのかを決して言わなかった。

 まあ、なんだ。どんなに親しい相手にも言えない事ってあるよな……。

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