第33話 世界で一番
朝の登校時間。
俺はいつもより少し早めに家を出て、近所にある剣崎の家へ向かった。
剣崎家の前で、家に入れてもらおうかどうしようかと迷っていると、制服姿の剣崎が出てきた。
「あれ? なにしてるんだ、秋洋」
「お、おう。おはよう」
不思議そうな顔をしている剣崎をさり気なく観察し、安堵の息をつく。
「よかった、元気そうだな。風邪はもういいのか?」
「あー、うん、大丈夫だぞ。一晩グッスリ寝たら治ったぜい」
拳を振り上げ、元気なのをアピールする剣崎に苦笑する。
すると剣崎が俺の顔をジッと見つめてきて、呟いた。
「もしかして、私が心配で様子を見に来たのか?」
「い、いや、それはその……ま、まあ、な……」
昨日はあれだけ弱っていたからな。心配ぐらいするだろ。
剣崎は頬を染め、照れたように笑いながら、声を上げた。
「な、なんだよ、もう! そんなに私の事が大好きか? 困った野郎だなあ!」
「は、はあ? 別にそんなんじゃ……ちょっと気になってただけだし」
「照れるなって。私の事が心配でたまんなかったんだろ? 正直に吐け!」
ニヤニヤしながらからかうように言う剣崎に、上手く反論できなくなってしまい、俺はうなった。
コイツ、すぐ調子に乗るからな。そういう態度だから、こっちも素直になれなくなるんだ。
「はあ、まったく、元気になったと思ったらこれだよ。かわいくないな」
「なんだと? もういっぺん言ってみろ!」
「昨日はあんなにかわいかったのに……『手を握って』とか『真由ちゃんって呼んで』とか……」
「そ、そんな事言った覚えはないぞ! 適当言うなよな!」
覚えがない、と来たか。いや、熱でうなされてたし、本当に覚えていないのかもな。
そこで俺はスマホを取り出し、とあるアプリを起動させ、保存してあったファイルを再生した。
『秋洋、手を握って……』
「!? な、なんだそれ!」
「昨日の会話をボイスレコーダーアプリで録音しておいたんだ。風邪で弱ってる剣崎なんてレアだと思ってさ」
「お、お前、なんて真似をしてやがるんだよ!? そんなの録音するなんて卑怯だぞ!」
『真由ちゃんはいい子だねって言って……』
「やめろぉ! そんなの今すぐ消して!」
剣崎が俺のスマホを奪おうとしたので、頭上に掲げて手が届かないようにしてやった。
ピョンピョンと飛び跳ねてスマホに手を伸ばす剣崎に苦笑し、呟く。
「誰にも聞かせたりしないから安心しろよ。まあ、お前の態度次第だけどな」
「くっ、コイツ……! さてはそれをネタに、私を脅すつもりだな? エッチな事をさせる気なんだろ!」
「そんなわけないだろ。なに言ってるんだ?」
「むうう」
赤い顔でにらんでくる剣崎をなだめ、落ち着かせる。
「ただの記録だよ、記録。たまに再生して、懐かしむだけだよ」
「ううっ、不覚だった……秋洋にあんな台詞を言っちゃうなんて……最悪だ……」
「そうか? 俺はかわいくていいと思うけど。いつもこのぐらい素直でかわいかったら、俺も付き合い方を考えるのにさ」
「えっ? そ、そうなのか?」
剣崎は戸惑っている様子だった。俺の態度が予想外だったのか。
つか、俺がお前を脅したりするわけないだろ。実の妹か姉かって思うぐらい親しい間柄なのに。
「まあ、その、なんだ……昨日は迷惑かけたな」
「あー、いや、別に。あのぐらいどうって事は……」
「やっぱり、秋洋は頼りになるよな。熱で倒れた時は、このまま死んじゃうんじゃないかって思ったんだけど、秋洋がすぐ来てくれたから、ああ、これはもう大丈夫だなって思って、安心したんだ」
「そ、そうなのか?」
剣崎が急にしおらしい事を言い出したので、リアクションに困ってしまう。
やめろ、マジになるな。俺の方が照れてしまうだろ。
「ともかくその……ありがとな」
「お、おう……」
「なんかお礼をしなくちゃな。なにがいい?」
「いや、お礼とかいいって。大した事してないし」
俺が断ると、剣崎は不満そうにしていた。
「遠慮するなよう。なんかあるだろ? 私に命令してみたい事とかさ」
「剣崎に命令……お淑やかな女の子になれ、とかか?」
「それはちょっとキツいな。実現可能な事にしてくれよ」
自分で不可能だってあきらめてるのか。少しは努力してほしいものだが。
しかし、剣崎に命令か。ちょっと楽しそうではあるが、実際にやってくれそうな事となると、かなり限られてくるよな。
「誰か始末してやろうか?」
「殺し屋かお前は! 実現可能っぽいのが怖いし!」
「だって、他に私にできる事っていったら……エ、エッチな事とか?」
「できない事を言うんじゃない。俺がとんでもなくエロい事を要求してきたりしたらどうするんだ?」
「とんでもなくエロい事って、たとえばどんな?」
「たとえば……って、言えるか!」
剣崎は頬を染め、「ムッツリ怖い」とか呟いていた。
誰がムッツリだコラ。自分で言うのもなんだが、俺ほどエロい欲求を抑え込んでいる男子高校生も珍しいと思うぞ。
「秋洋も男なんだし、多少は仕方がないと思うけど、あんまりエッチなのはやだな……」
「だから、そんな要求はしないって。俺をなんだと思ってるんだ?」
すると剣崎は小首をかしげ、少しだけ考える素振りを見せてから、俺の顔をジッと見つめて呟いた。
「……世界一、頼れる男?」
「い、いや、それは言いすぎだろ。どんだけ俺の事を信頼してるんだよ?」
「マジな話、この世で一番信頼してる」
「やめろ! たとえ冗談でも重いわ! 重すぎて潰れてしまう!」
「えー?」
剣崎は笑っていたが、少し目がマジだったように見えた。
よせよ、恥ずかしい。俺なんか、全然頼りにならないだろ。
「秋洋は、私の事を信じてるか? 頼りにしてる?」
「はあ? 変な事訊くなよな。お前なんか……お前なんかなあ……」
「私なんか、なんだよ?」
「……この世の誰よりも信頼してるに決まってんだろ」
「!?」
「なんてな! 本気にするなよな! 顔赤いぞ?」
「むーっ!」
剣崎は頬をふくらませ、俺をポカポカと叩いた。
……まあ、なんだ。ぶっちゃけ、コイツより信頼できる人間なんていないよな。裏表のない、真っ直ぐなヤツだし。
コイツが幼なじみでよかったと思う。俺って恵まれてるよな。
「秋洋のくせに冷やかしやがってむかつく……いい度胸してるよな」
「な、なんだ、やる気か? 俺は暴力になんか屈しないぞ!」
すると剣崎は俺の肩を両手で押さえ、上目づかいで見つめてきた。
瞳を潤ませ、小声で囁くように言う。
「むかつくから、無理矢理チューしてやろうかな……?」
「ば、馬鹿、よせ! そ、そういう事はお互いの気持ちを確かめ合ってからするべきで……」
「……冗談に決まってるだろ? 本気にすんなよ、バーカ!」
「くっ、コイツ……!」
ペロッと舌を出し、ヘラヘラと笑う剣崎に、ムッとする。
マジな顔で見つめてくるからあせったじゃないか。そういう冗談はやめろよな。
そこで剣崎が俺の肩をグイッと引きながら、背伸びをしてきた。
「……」
「け、剣崎? お、お前、今、なにした?」
「別に何も。気にすんなよな」
「お、おう……」
なんか、頬っぺたに柔らかいのが、軽くチュッて当たってきたような気がするが……気のせいかな?
ま、まあ、気にしないでおこう……。
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