第19話 お泊り


 剣崎のヤツは、いまだに幼なじみの定番にこだわっているらしい。

 それになんの意味があるのか、サッパリ分からないが。あいつが本気なのは分かる。


「なあなあ、秋洋。今晩、お前んちに行ってもいいか?」


 学校の帰り道、妙な事を言ってきた剣崎に、俺は首をひねった。


「別に構わないけど。なんで夜なんだ? あんまり遅くなると家の人が心配するぞ」

「私なりに考えたんだ。どうやったら幼なじみキャラの定番だっていう、朝、起こすってヤツをクリアできるかってな」

「えっ? それと夜に俺んちに来るのになんの関係が……」


 なんだかすさまじく嫌な予感がする。

 できれば外れていて欲しいんだが……。


「私は早起きが苦手だから、秋洋が起きるよりも早く、お前んちに行く事ができないだろ? だったら、最初からお前んちにいればいいんじゃないかと思ってさ」

「お、おいおい。お前、まさか……」

「ふっ、そのまさかさ! 秋洋の家に泊めてもらうんだ! そうすればそんなに早起きしないでも大丈夫だろ!」


 名案とばかりに叫ぶ剣崎を見て、俺は頭が痛くなった。

 コイツは相変わらずというかなんというか……たまに普通じゃ考えられないような事を思い付くんだよな。


「いや、待て、落ち着け。そこまでする必要があるのか?」

「あるの! これは幼なじみとして絶対にやり遂げないといけないイベントなんだよ!」

「で、でもな、さすがに家に泊めるっていうのは……世間的にまずくないか?」

「うちの親と、秋洋のとこの親にも許可してもらえば問題ないだろ。昔はよく泊ってたし、平気だって」

「いやいやいや! 子供の頃とは違うだろ! 変な感じの噂になったらどうするんだ?」


 剣崎は首をかしげ、意味が分からないという顔をしていた。


「変な感じの噂ってなんだよ?」

「だから……俺は男で、お前は一応女だろ。男の家に泊まるっていうのはその……深い仲なんじゃないかと……」


 ようやく理解したのか、剣崎は真っ赤になっていた。


「ア、アホか! そんなんじゃないし! 深読みしすぎだろ! や、やらしいな!」

「でもな、世間ってヤツはそういうもんだぞ。近所のしょうもない噂とか、剣崎も聞いた事あるだろ?」

「別にやましい事してるわけじゃないし、堂々としてればいいんだよ! 親公認で家に泊まるだけ! なんの問題もないだろ?」

「うーん、どうだろ……」


 剣崎の方の親は、「秋洋君ちなら」という事であっさりOKが出たらしい。

 そして、俺の方はというと……。


「父さん達は仕事先に泊まり込み、姉貴も友達の家に泊まるって? マジか……」

「真由ちゃんならOKよ。あたしから父さん達には連絡しとくから」


 姉貴にそんな事を言われ、参ってしまう。

 泊めるのはいいとしても、家の者が誰もいないっていうのは……さすがになあ。


「あんた、なにかするつもりなの?」

「しねえよ! そうじゃなくて、世間体が……」

「そんなの気にしなくて大丈夫だから。普通にしてればいいのよ」

「そうかな……」


 姉貴が家を出て行き、入れ替わりに剣崎がやって来た。

 家の者が誰もいないと告げると、さしもの剣崎も顔を引きつらせていた。


「へ、へー、そうなんだ。ふーん……」

「やっぱマズイよな。泊まるのは家族がいる時にした方が……」

「べ、別にいいだろ。私は平気だし」

「うーん、でもなあ……」


 剣崎が平気だと言うのなら、いいのか?

 無論、俺は剣崎に妙な真似をするつもりなんてないが。そんな真似をしたらぶん殴られるだけだしな。


「んじゃ、夕飯を作ってやろう。カレーでいいか?」

「あー、うん。悪いな」


 またカレーかと思ったが、剣崎の作るカレーは割と美味いしな。文句は言わない事にする。

 俺も手伝い、二人でカレーを作る。悔しいが、剣崎の方が俺よりも手際がいいので、ヤツの指示に従っておいた。


「どうだ、秋洋! お前の好みに合わせて中辛にしといてやったぜい!」

「……美味いな。俺や姉貴が作るよりもはるかに美味しい。剣崎のくせに生意気な……」

「ああ? なにか文句でもあるのか?」

「いや、ないよ。ここまで美味だと感謝しかない。こりゃ、親がいない時は剣崎に作ってもらった方がよさそうだな」

「そ、そっか? ま、まあ、秋洋がどうしてもって言うのなら作りに来てあげてもいいけど……」


 二人で夕飯を食べ、リビングでテレビを観て、適当にくつろぐ。


「そろそろ風呂に入るか。剣崎はどうする? 先に入るか、それとも後がいいか?」

「おう、それじゃ先に……と思ったけど、後にする」

「俺に遠慮しなくていいぞ。先に入りたいんなら先に……」

「い、いや、自分が入った後に秋洋が入るっていうのはちょっと……」

「お、おう、そうか。そうだよな……」


 コイツも一応、女だもんな。俺も剣崎が入った後に入るっていうのは微妙に抵抗がある気がする。

 あれ、なんかお互いに意識してないか? 大丈夫なのか、これ。


 俺が入浴を済ませた後、剣崎は浴室へ向かった。

 なんだかちょっと緊張してリビングで待っていると、やがて剣崎が戻ってきた。

 剣崎は着替えを持ってきていて、ややダボッとした、ピンク色のパジャマを着ていた。

 長い髪をまとめて、タオルを巻いている。頬は紅潮し、ホカホカと湯気が出ている。

 妙に女っぽい姿なので、不覚にもドキッとしてしまった。


「えっと……私はどこで寝ればいいんだ?」

「あ、ああ、そうだな。リビングに布団を敷いて……」

「秋洋のベッドで寝ちゃおうか? 二人で一緒にさ」

「ば、馬鹿野郎! んな真似できるわけないだろ! もう子供じゃないんだぞ!」

「……いや、冗談なんだけど。なに本気にしてるんだよ。やらしーなー」

「ぐっ……!」


 剣崎にクスクスと笑われ、赤面してしまう。

 くそう、剣崎のくせに生意気な。俺をからかうとはいい度胸じゃないか。


「な、なあ。なんなら、本当に二人で寝ちゃおうか?」

「ええっ!? って、私をからかうつもりなの丸分かりだぞ! そんなのに引っ掛かるかよ! バーカ、バーカ!」

「コ、コイツ、言わせておけば……!」


 剣崎につかみかかり、両の手首を押さえる。

 逃れようとした剣崎と押し合い、引き合いになり、ズルッと滑って、二人とも倒れてしまう。

 剣崎が仰向けに倒れ、俺はその上に覆い被さる形になってしまった。

 ヤ、ヤバイ、なんか押し倒したみたいな状態に……剣崎に殺される……!


「……」

「……」


 見ると、剣崎はちょっと驚いたみたいな顔をしていた。

 俺と目が合うと、顔をそむけて、頬を赤くしている。


「え、ええと、その……ご、ごめん……」

「う、うん……べ、別にいいけど……」


 剣崎に謝罪して身を起こし、倒れた剣崎の手を引いて起き上がらせる。

 かなり接近した状態で向き合って座った形になり、お互いに硬直してしまう。

 なんだこれ、なんでこんなおかしな雰囲気になってしまうんだ……。

 相手は剣崎だぞ? 男友達と同じ感覚で付き合える幼なじみのはずじゃないか。


「まさか、秋洋に押し倒されちゃうとは思わなかったな……」

「い、いや、違うぞ? 今のはたまたまそうなっただけで……故意にやったわけじゃ」

「あんたも一応、男だしな。かわいい幼なじみを押し倒したくなるのは仕方ないかもしれないけど、あんまり強引なのはな……ちょっと困るかも」

「おいいいい! マジで困った顔するなよ! そんなんじゃないんだってば!」

「心配しないでも誰にも言わないから。二人だけの秘密な」

「違うって言ってるだろぉ!」


 剣崎にからかわれ、参ってしまった。

 いつものお返しのつもりか? 剣崎のくせに生意気な。

 しかし、なんで俺はこんなに動揺してるんだろ。我ながらわけが分からないよな……。

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