15話 無能でも
「カンナビ、こんなの連れ込んで大丈夫なのか?」
あくびをして頭の後ろで腕を組むサグジを一瞥しつつ、彼に聞こえないような声でカンナビに話しかけるが、
「ちゃんと振るまえるかな。」
彼女はそれどころではないようだった。
大胆な行動に出る割には、意外に気は小さいようだ。
俺の言葉も届きそうになく、諦めるようにため息を吐くと、姿勢を正した。
「お前、カンナビに変なことすんなよ。」
サグジに目を向けず釘を刺す。危害を加えるようなカミサマではないのだろうが、腹の底が知れない。心配するに越したことはない。
「なんや、彼氏ヅラけ?」
思わず振り返ると、ニヤついたサグジが頭の後ろで組んでいたはずの腕を胸の前に持ってきていた。
「違う。お前何しでかすかわかんないから。」
ヤマツミに揶揄われたのを含めて何度否定しただろうか。カミサマというのは色恋が好きなんだろうか。
カンナビの方からも否定してほしかったが、彼女は何も言わなかった。俺とサグジのやりとりさえ耳に入ってないようで、ペースを落とすことなく先を歩き続けている。
「やらかすんはあの子やろ。」
サグジが指した人差し指の先にはカンナビが項垂れている。足を踏み出すたびに彼女の艶のある黒髪が揺れた。
「能力のことならまだ未熟なだけで。」
「無理あるやろ。」
「当てられるようにさえなれば、カンナビだって——」
「どうやって? 向いてへん上に能無しやねんから何しようが無駄やろ。」
自分のことを言われるのとはまるで違う。湯が沸くように、頭に血が上る。我慢できなくて、立ち止まってサグジの胸元へ手を伸ばした。
「……なんやねん。事実やろ。なんで自分が怒んねん。」
俺の頭ひとつ分背の高いサグジに見下ろされると、心臓の音が大きくなった。
何も言い返さず、ただじっとカミサマの顔を睨んだ。
「ほんま、肝だけは立派に座っとんな。」
サグジは表情ひとつ変えず、胸ぐらを掴む俺の手を払いのけた。
「でもそれだけで、妖異はしばけへんで。」
触れた手とは反対に氷のような冷たい声が降り注ぐ。
威勢が良いだけでは、妖異は祓えない。
自分の手を見つめると、無力さに打ちひしがれた幼少期と重なった。そんな過去を握りつぶすように爪を食い込ませた。
「なんや。」
「別に。」
一部始終を見られた羞恥を誤魔化すようにサグジを突き放した。
「おどれに言うとらん。」
そう言われて顔を上げると、サグジが顎で指した先には黒い獣が三体、俺たちの行く手を阻むように佇んでいた。
先に状況を把握していたのか、カンナビはいつの間にか取り出した神具を手にしている。
「あれって。」
よく見るとオオカミのような獣から黒い靄が放たれている。それは今朝、サグジが祓った妖異が纏っていたものと同じように思えた。
「ここは私が対処する。」
カンナビは一歩前へ出ると神具を構えたようだ。彼女が今どんな顔をしているのか、後ろ姿からはわからなかった。
「無能が面立ちなや。」
そう言いつつも、自分が祓うといった様子もなく、ただ呆れたような声を投げるサグジに嫌気がさした。
俺は物申すようにサグジに肘を当てたが、意外にも何も反応が返ってこなかった。
「天につく玉、地につく玉——」
カンナビが祝詞を唱えると、獣たちは警戒するように後ずさった。
青空が見えていた天気がだんだん重たい雲で隠れていく。
「電光雷轟、かしこみかしこみもうす!」
空から放たれた稲光は瞬きするより早く、地上に降ってきた。光は俺の真横に着弾すると同時に、耳をつんざくような轟音を鳴り響かせた。
しかし、やはりというか、当たり前のように雷は妖異に当たらなかった。
それどころか——
「ほんっまになんで後ろに落ちてくんねん。下手すぎるやろ無能!」
すんでのところで回避したサグジが息を切らしながらカンナビに怒号を飛ばしている。
「え、あ、すみませ、」
ほんの一瞬、カンナビが振り向いた隙に、妖異たちは一斉に地面を蹴った。
「カンナビ!」
叫んだときには遅く、妖異たちはカンナビに鋭い爪を突き立てるように飛びかかった。
かと、思ったら、そのまま彼女を素通りしてまっすぐこちらへ走ってくる。
真っ黒な妖異に備わった赤く鋭い瞳が捉えているのは、隣にいるカミサマではなかった。
「え、ちょっ。」
狙われたのは丸腰の俺だった。妖異に追いつかれぬよう、背を向けて地面を駆けるが、四足歩行に適うはずもなかった。
後ろで俺の名を呼ぶカンナビの声が聞こえたが、答えている余裕はなかった。
右を見ても左を見ても田んぼのあぜ道は、思い切り地面を踏み込んでも力が入らず、途中で空回った隙を妖異に突かれる。
背中に鋭い刃物で傷つけられたかのような痛みが走り、盛大に転んだ。手のひらや地面と接触した際の腹の痛みなんか気にならないほど、背中がズキズキと熱を持っている。
ピシャリと雷の落ちる音が近くで聞こえたが、もう驚きもしなかった。一縷の望みに賭けて、力を振り絞り後方を見やったが、三体とも五体満足で佇んでいた。
「痛ッ。」
背中の状況が気になって右手で触れてみると、繊維が裂けるような手触りだった。指先に生温い液体が付く感覚がして、怪我の程度を知った。立ち上がる体力はなかった。
「ふ、体操服これしかないのに。」
こんな状況なのにも関わらず、体操服も、ついでに制服も血で汚してしまったことを心配している。逆に冷静になっている自分に対し失笑した。
絶えず後ろから妖異の低い呻き声が聞こえている。
「リクくんに触らないで……!」
細い棒が風を切る音が耳に入る。次いで金属がぶつかるような鈍い音がした。
絶体絶命の状況で諦めかけていた俺の目の端を黒の塊が通り過ぎた。
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