1話 カミサマなんているわけない
教室の一番後ろ、窓際の席で一人、スマホに有線のイヤホンを挿しながらお気に入りの曲を聴く。が、一向に気分が盛り上がらない。それどころか、好きなアーティストの明るい声も、心に沁みる歌詞さえも薄っぺらく感じて、不快に思うほどだった。極め付けは歌詞の一部に出てきた「カミサマ」というワードだ。
——何がカミサマだ。いるわけないのに。
『——神様はちゃあんと見てるからね。』
敬愛していた祖母の口癖と重なってさらに胸が締め付けられた。
画面に表示されたプレイリストの中止ボタンを押すと、学校指定のカバンにスマホを放り込んだ。
その衝動で、カバンから鈴の音が聞こえた。徐に鈴をつまんで取り出すと、二、三振ってみた。
「はぁ。」
その鈴は祖母がくれた唯一の形見だった。
祖母の葬儀から一週間経っても、一向に心が晴れなかった。自分の心を写すように、重たい雲が太陽を隠している。このままだと午後には雨が降り出しそうな、そんな天気だった。低気圧のせいか、ズキズキと頭が痛んだ。
いつもよりため息を吐く数も多く、学校に来る足取りも、鉄の靴を履いたように重かった。
もちろん心配してくれる友達もいないし、して欲しいわけじゃなかったが、この気持ちを一人で消化するには、少し重すぎた。
「……
机に突っ伏していると、隣に座る女子生徒——
声のした方を横目で見ると、喜怒哀楽のどれにも当てはまらない顔で見つめられていた。
カンナビは肩まである黒髪の一部を後頭部でまとめている。ハーフアップというらしい。最近SNSのつぶやきで知った。
いつも気怠げで暗く、近寄りがたいオーラを放っている。なにより、
「何かあれば祓うから。」
「何を?」
「妖異とか。」
この電波っぷりに頭を抱える他なかった。なんだよ、ヨウイって。そんなゲームやアニメみたいな存在、現実にいるわけがない。
「そういうの興味ないし、大丈夫だから。」
「そう。」
これ以降の会話はない。隣の席でぼっち同士、誰かがお似合いだと囃したが、お互いにその気は全くなかった。
午後の授業にも身が入らず長く感じた一日も、気がつけば三分の二が終わり、やがて放課後を告げるチャイムが鳴った。
校門を出ると今朝より一層雲が厚くなっていた。今にも降り出しそうな天気なのに、まっすぐ帰宅する気にはなれなかった。
家に帰っても、おかえりと出迎えてくれる祖母はもういない。母親はいるとはいえ、冷め切った家に帰りたくなくて、いつも右に曲がる道を左へ進んだ。
行くあてもなく、俯きながら歩みを進めていると、山の麓に着いた。山の傾斜に沿って設置された石造りの階段は、先が見えないほど長かった。
好奇心から、一段、また一段と階段を登っている最中。
「もう、無理です。これ以上は。」
近くでそんな声がした。声の主を辿るように引き返すと、整備されていない山中に複数人の影が見えた。
音を立てないように陰から様子を伺うと、自分と同じ制服を着た大柄な男子生徒が、ひとまわり背の小さい少年を囲んでいた。
背の大きい生徒の背中に隠れ、手元は見えないが、悪事が働かれているように感じられた。
放っておけばいい、と訴えかける自分がいないわけではなかったが、看過すれば後悔すると考える気持ちの方が大きかった。
「おい。」
事情も知らず首を突っ込むべきではないのだろうが、気がついたら階段を逸れ、グループに声を投げていた。
獣のような鋭い眼光が一気に俺に集まった。そこでようやく、同級生の不良グループだと気がついた。思わず後退りしてしまいそうな、息の詰まるような状況だったが、引くに引けなかった。そして——
「——お前他所から来たくせに生意気なんだよ。斜に構えててむかつくしよ。」
口の中に鉄の味が広がっているのは、目の前にいる巨漢のせい。同い年とは思えない大柄な体躯に、俺の太ももくらいある剛腕が備わっている。巨漢の右拳には、俺の血がついていた。
俺は口元を拭って赤い唾を吐くと、よろめきながらも全身に体重を入れて立ち上がった。
「知らない。それがカツアゲしていい理由にはならないだろ。」
足を前に出してだんだん加速すると、巨漢に目掛けて、勢いのまま掲げた右拳を振り下ろした。
「ッテェなぁ!? てめ、東京から来て、田舎バカにしてんだろ!」
「してないよ。ただ、弱いものいじめが許せなかっただけ。」
言い終わらないうちに、目が血走った生徒に胸ぐらを掴まれると、頭が割れそうな痛みに襲われた。数秒経って、頭突きを喰らわされたのだとわかった。意識を手放さないように歯を食いしばりながら、盛大に尻餅をついた。
「今日はこの辺にしておいてやるよ。いつかその舐めた口聞けなくしてやるからな。」
巨漢のくせに言うことは小物のそれだった。もっと自分に力があれば、もう二、三発、アッパーを喰らわせられたかもしれない。
「はぁ……。」
心臓の鼓動に合わせて、傷口がズキズキと傷む。耐え難い痛みに顔を歪ませても、痛みが引くことはなかった。
草を踏む足音がだんだん近づいて来ると、
「あ、あの、ごめんなさい。僕のせいで……。」
顔を覗き込む少年が今にも泣き出しそうな顔をしていた。ナヨナヨしていて、多数決の少数派に手を挙げた場合、自分の意見を取り下げて多数派に合わせるようなタイプの小柄な少年だった。
「別にいいから。でも、嫌なことは嫌って言った方がいいよ。」
立ち上がる体力もなく、大の字に伸びたまま少年に声をかけた。言っていることは格好良くても、この体制だとダサすぎて、自分がもう一人いたら伸びた俺を蹴り飛ばしていただろう。
「あ、あの、病院行きましょ。結構血出てますし……。」
「平気だから。暗くなる前に帰りな。」
でも、と続ける少年にいいから、と強めに突き放すと、「ぜ、絶対病院行ってくださいね。」と言い残して恐る恐る去っていった。
辺りが静寂に包まれると、出血のせいか意識が
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