第35話 鍛冶屋通り


 城の内門を出て、しばらく進んで外門を出ればすぐに街だから馬車は移動用というよりは、私たちの姿を門からそれなりの距離離れるまで隠すためのものだ。

 徒歩で門を通って城から出てきた者だと知られると後をつけられてスリにあったり、攫われたりする可能性もある。


 特に、私のような子供が城から出てくれば、使用人ではなく貴族だろうと勘繰るのは容易い。

 王子だとは思われなくても金になると思われれば十分危険だ。


 そういうわけで、馬車で身を隠して、城の門から離れたところで馬車から降りた。

 道も何度か曲がっていたため、土地勘のない私が一人でここから歩いて帰るのは難しいかもしれない。


「それでは、まずは何から見ましょうか?」

「帝国の主要商品から見たいです」


 大経済圏を作り上げた帝国は一体何を作り、何を売っているのかが気になる。

 もちろん、授業で武器と小麦の街だとは習ったけれど、どれほどの規模なのかをこの目で見たかった。


「そうおっしゃられるかと思い、この通りに来たのです」


 ハンザス先生の言葉に私は馬車が止まった通りを見る。


「この通りは全て鍛冶屋や武器屋とそれに関するお店ですよ」


 どおりでカンッカンッと何かを打つ鋭い音が響いているわけだ。

 これが鉄を打っている音なのだろう。


「鉄を打っているところを見学することはできませんよね?」

「流石にそれは無理ですね。オーロ皇帝の推薦状があれば見せてくれる工房もあるかと思いますが、工房独自の製法など秘密もあるでしょうし、何より部外者が入るのをドワーフ族は嫌う者が多いですからね」


 ドワーフ。そう、私も授業で習うまで知らなかったのだが、この世界にはどうやら人間以外の亜人種がいるらしいのだ。


 ゲームではそんなこと全然言ってなかったので最初はとても驚いた。

 しかし、ドワーフやエルフがいるのならぜひ、一度はお目にかかってみたい。


「私たちが見れるのは武器屋にある既製品ですね」

「注文するなら工房にも入れますか?」

「注文も基本的には武器屋を通します」


 どうやら、なかなかドワーフと接触することは難しそうだと私は肩を落とした。


「リヒト様は武器を作る工程にそれほどご興味があったのですか?」

「そうですね……武器を見るなら、せっかくならそれが作られる工程も見てみたいと思ったのです」


「ところで」と、私はハンザス先生に言った。


「呼び名を変えませんか? その呼び方では、本当の立場は分からずとも、誘拐すればそれなりにお金がもらえそうだとか思われそうです」

「確かに。お忍びで来ているのに様付けでは意味がありませんね。では、なんとお呼びしましょう?」

「リトでいいです。私はハンザスのことを『父さん』、ハバルのことを『兄さん』って呼びますね」


 ハバルの実年齢は不明だが、魔塔主同様に見た目は非常に若いのだ。

 ハンザスはオーロ皇帝よりも若いが、前世の私より年齢が上だろう。


「随分と歳をとってからの子供のようです」

「若い愛人にでも産ませた子供だろうと思って、そんなに怪しまれないと思います」


「ひどい設定ですね」と言いながらもハンザスはどこか楽しそうに笑った。


「リトは随分と街歩きに慣れているようだ。しろ……屋敷から一度も出たことがないと思っていました」


 ハバルの『お忍びをよくされていたようですね』と暗に伝えてくる言葉に私は不安げな表情を作って見せた。


「ただ臆病なだけです。危険な目には遭いたくありませんから」


 以前なら無邪気な子供の笑顔を作っていたところだったが、それでは私のことをよく知っている者は騙せないとノアールの授業で学んだ。


「魔塔主からリトは嘘をつく授業を受けていると聞きましたが、とても上手ですね」

「嘘をつく授業などと随分と人聞きの悪い言い方をしますね」

「話し方も考えないと、すぐに身内ではないとバレそうです」


 ハンザスの指摘に私たちは入る武器屋を探しながら話し方の練習をした。


「私たちの喋り方よりもリトが大人っぽすぎるのが問題ではないか?」

「そんなことないよ。兄さん」

「いえ。授業中も一人だけ年齢が何歳も上……というか、私の年齢の方が近いのではないかという違和感があった」


 それは中身がハンザス先生の年齢と近いので仕方ない。


「父さん、授業の話とかするとすぐにバレるよ」

「そうだな。悪かった」

「では、会話の予行演習はこれくらいにして、そろそろお店に入ろうか?」

「うん! 楽しみだなぁ〜」


 そう兄さん役のハバルの言葉に私は明るく笑って見せた。

 平民の家族の演技に合わせて6歳の子供の演技も必要となると結構面倒だった。


 ハンザスが通りで一番大きな武器屋の扉を潜った。

 私とハバルはその後に続く。


 外から見た通り、中もそれなりに広く、品揃えも豊富だ。

 剣や槍といった武器だけでなく、盾や鎧といった防具も揃っていた。

 値段もピンからキリまでといったところだろうか。

 とは言っても、比較的安いものから高いものまであるということしかわからない。


 私はルシエンテ帝国国民の平均的な給与を知らず、武器が必要な職業の者がどれほど稼げるのかも知らない。

 ざっと値段を見て回ったが、エトワール王国の平民なら一番安い剣でも半年は節約してお金を貯めないと買えないだろう。

 しかし、ルシエンテ帝国の平民はおそらくエトワール王国よりも給金がいいはずだ。もしかすると、三ヶ月ほどお金を貯めれば買えるのかもしれない。


「このお店は随分とやり手のようだ」


 値段の高いロングソードは客が簡単に触れないように鍵のかかったガラス棚に飾られている。

 それを見ていたハバルが興味深げに言った。

 ハンザスもハバルの隣に立って、じっくりと剣を見る。

 私も剣を見てみたいが、なにぶん身長が足りない。

 仕方なく、私は密かにため息をついてから、ハンザスに両腕を伸ばした。


「父さん! 僕も見たい!!」


 できるだけ目をうるうるさせて見上げると、「うっ!」とハンザスがこれまで出したこともない声で呻いた。

 見苦しいかもしれないが許してほしい。

 ここで「私にも見えるように抱き上げてください」と命令するわけにはいかない。

 ごほんっとハンザスは軽く咳払いした。


「仕方ないですね」


 そう言ってハンザスは私を抱き上げたから、私はハンザスに小声で言葉遣いが元に戻っていることを指摘した。


「お客様、その剣は貴族向けの商品となっております」


 まるで平民は見ることも許されないとでもいうように店員が近づいてきた。

 私は店員の言葉を無視してじっくりと剣を見つめてみる。

 ハバルの言葉の意味を理解するのにそれほど長くはかからなかった。


「お客様、お子様のおもちゃにするにはそちらの商品はお値段がはるかと思いますが」


 店員の言葉を無視し続ける家族に店員の声も少し苛立っている。

 私たちには高いという言葉に苛立ったのか、単に店員が鬱陶しかったのかわからないが、ハバルが冷たい空気を発し出したので、私は慌てて言った。


「父さん、兄さん、僕、もう飽きちゃった!」


 私の言葉にハバルは我に返ったようで、顔を青くした店員の肩をポンポンッと叩いて店を出た。

 我に返った後も結局は圧をかけておくあたり、意地が悪い。


「今の店がこの辺で一番のやり手の店だ」

「対象顧客は平民から子爵あたりまでというところかな?」


 ハンザスの言葉に私がそう答えると、「やはり、リヒに6歳を演じるの難しいな」とハバルが笑った。

 確かに、普通の6歳の子供は対象顧客層のことなど考えないだろうが、授業なのだからそこは仕方ない。


「あの剣は子爵でも少し躊躇する金額だったと思うがどうしてそう思ったんだ?」

「剣の出来が値段とは全く見合わなかった。それでもあの強気の値段にしてあるのは、その方が売れるから」


「父さん、正解?」と聞くと、ハンザスは満足げに笑って頷いた。


「ところで父さん、もう下ろしてくれてもいいよ?」


 ハンザスはなぜか店の外に出ても私を抱えたままだった。


「まだまだ店を回る予定だ。このままの方が早く回れるだろう」

「それなら僕にも抱っこさせてよ!」


 この二人、仲良し家族の演技がなかなかに上手いようだ。





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