第28話 魔塔


「もっと色々な魔物を見ていただこうと思っていたのですが、リヒト王子に狩り尽くされても困りますので、また今度にしましょう」


 魔塔主に危険人物のように言われるのは心外だ。

 どう考えても危険人物なのは私よりも魔塔主の方だろう。


 魔塔はまるで黒曜石のような素材で作られた真っ黒な塔だった。

 一見してどこが扉かはわからなかったが、魔塔主が魔塔に近寄るとただの壁だったところに人が一人通り抜けられるサイズの穴が開いた。

 魔塔主がその中に入ったので私たちも後を追う。

 中に入った途端、一番後ろにいたグレデン卿が小さく声を漏らした。

 どうしたのかとグレデン卿の方を振り返るとグレデン卿の後ろには大きな窓があって、一面真っ青な空の景色が広がっていた。

 私たちが潜ったあの穴はただの入り口ではなかったようだ。


「魔塔主、ここは?」


 部屋の中には机があり、壁にはたくさんの本。


「魔塔の最上階、私の執務室です」

「地上の入り口を通るなどの演出をしなくても最初からここに転移すればよかったのではないか?」

「あれは別に演出ではありません。魔力登録をしていない者は魔力登録をしている者と一緒にあの入り口を使う必要があるのです」

「外部からは転移することはできないようにして、他者の侵入を防いでいるのですか?」


 だとしたら、防衛システムとしてはとても優れていると思う。


「はい。まぁ、魔塔主である私はどこにでも転移可能ですけどね」

「城にも応用可能ですか?」

「私が魔法陣を描いてあげましょうか?」

「それでは、魔塔主が勝手に入ってくるのを防げないではないですか?」

「私の魔力で魔法陣を描くのですから当然ですね」

「その魔法陣を教えていただければ私が私の魔力で魔法陣を描きます」

「簡単に教えてしまうのはつまらないので、この魔塔に通って研究してみるのはいかがでしょうか?」


 魔塔主はそのまま私を魔塔の組織に取り込むつもりだろうか? 実験体として。

 魔法を学ぶのは面白いから魔塔の研究員になるのも楽しそうではあるが、立場的に魔塔主に逆らえなくなるのは困るし、やはり王子という立場上、魔塔の研究員になるのはダメだろう。

 しかし、魔法での転移を防ぐ魔法陣は知りたい。魔法使いによる暗殺も防ぐことができるから城全体にかけるのもいいかもしれない。


「ルシエンテ帝国に滞在する1年間ならばそれもいいかもしれません」


 1年間だけ週に何度か通う程度ならば魔塔の研究員にさせられることはないだろう。


「1年間? リヒト王子が帝国に滞在するのはせいぜいひと月程度かと思っていましたが、1年間もいるのですか?」

「魔塔主が朝食に来る前に決まったことです。オーロ皇帝の元で経済などを学ばせていただくことになったのです」

「なるほど、皇帝はその間になんとかリヒト王子を取り込もうと考えているのですね」


 やはり、オーロ皇帝はそう考えているのだろうか。

 できれば勉強だけさせて欲しいのだけれど。

 姫との婚約をこれ以上勧められても困る。

 ゲームの中のようにカルロの幸せをリヒトが壊すようなことがあってはならないのだから。


「それならば、魔塔もあと1年はこの場に残しておいて、この森の素材をできる限り採取し備蓄しておきましょう。本当は魔塔を王国に移した後にたまにこちらに来て素材採取をしておこうと考えていたのですが」


 帝国の森をなんとも都合よく使おうとしていたようだ。


「今日は魔塔が我が国に転移するための魔力を供給するというお話でしたね」

「それだけでなく、魔塔の研究を色々と見ていただこうかと考えていました」

「それは魔塔内部に秘めておくべき秘密ではないのですか?」

「我々を受け入れてくださるリヒト王子には隠す必要はないでしょう」

「誰も受け入れるとは言っていませんが」


 その後、私たちは魔塔主の案内で魔塔の中を見て回った。

 光属性、闇属性、水や風、火や地などそれぞれの属性を研究している魔法使いや属性の組み合わせを研究している者たち、魔法陣の研究、ポーションなどの薬学、魔獣や魔鳥の研究など、さまざまな研究があった。

 研究スタイルも個人で行なっている研究もあれば、グループでの研究もあり、魔塔にいる研究者は皆楽しそうだった。

 そして、皆が皆、私を実験体を見るような目で見てきた。

 この魔塔に1年間通うなど危険かもしれない。


「リヒト様のことは僕が守りますので安心してください!」


 研究者たちが私を興味深く見るたびにカルロがそう言って睨みを利かせていたのはとても愛らしかった。

 もちろん、カルロに守られてばかりいるつもりはない。

 私がちゃんとカルロのことを守るつもりだ。


「こちらがこの魔塔の中心部であり、魔塔を支える魔力を蓄えているところです」


 そう言って案内された部屋にはこれまで見たこともない巨大な魔石が浮かんでいた。

 双角錐の形をした美しい魔石が部屋の中央に浮いていた。


「早速ですが、こちらに触れて魔力供給をお願いします」

「魔塔の移動は1年後ですが、定期的に魔石に魔力を供給して欲しいなどとは言いませんよね?」


 もしそうなら、1年後に一度だけ魔力供給をした方が面倒がないだろう。


「魔塔を保つだけならばそれほど消費はしませんからそのような心配は無用。ただ、今日だけで一杯にならなければ他の研究員と同じように魔石が満たされるまで魔力供給はお願いしたいです」

「それならば私とカルロも魔力供給しましょうか?」


 乳母がそう申し出たが魔塔主は「いえ」と首を横に振ってそれを断った。

 グレデン卿が含まれていなかったのは護衛騎士として十分な力を振るえなくなると困るからだろう。


「この魔石に魔力供給すると同時に魔力登録がされてしまい、魔塔に自由に出入りできるようになってしまうので、魔石に触れるのはリヒト王子だけでお願いします」


 私は魔石に近づき、手を伸ばした。

 魔石に触れた瞬間から魔力がどんどん吸い取られていく。

 これは魔塔の魔法使いくらいの魔力量でなければ辛いかもしれない。


 カルロは攻略対象だから私と同じくらいの魔力量でも不思議はないが、乳母は一瞬で魔力が吸い取られて気を失っていたかもしれない。

 私の魔力を吸い取っている魔石だが、まだ満たされないようで魔力を吸い取る力が弱まることはない。

 そろそろ私も限界を感じて手を離そうとした時、その判断が少し遅かったようで体がふらついた。


「リヒト様!」


 カルロが私の体を支えてくれた。

 その瞬間、私の中の魔力が増大したのを感じた。

 その増大した魔力を魔石は急速に吸い上げ、そして、ピシッと音を立てて魔石にヒビが入った。


「リヒト王子! 離れてください!!」


 魔塔主が私とカルロの体を引っ張って魔石から離した。

 部屋にいた研究員たちが唖然と魔石を見上げている。

 その場には、しばし、重い沈黙が流れた。

 その場にいた誰もが、巨大な魔石に入ったヒビを見つめている。


「……す、すみません。魔石にヒビを入れてしまって……」


 どうしよう。

 こんな巨大な魔石、弁償すれとか言われてもできないぞ?

 そんなお金はエトワール王国にはないし、そもそも金品で補えるものなのだろうか?


「いえ。このような事態が起こるとは想定できなかった私の責任です」


 珍しく反省している様子の魔塔主の言葉に私はホッとした。


「危うく、魔塔が消滅し、さらに帝国もエトワール王国も吹き飛ぶところでした」


 なんかものすごく怖いことを言い出した。


「魔力過多で魔石が爆発しかけたのです」

「魔力が多く注がれたくらいで爆発するようなものをおいていたのですか!?」


 なんて恐ろしいことをしているんだ。


「魔力が120%になったくらいならば問題はなかったと思います。リヒト様だけの魔力で96%くらいまでは満たされていたと思いますが、そこに闇属性と光属性の相互作用で増大された魔力が急速に注がれてしまったのが問題でしょう」


 若干反省していた様子の魔塔主は見るからにウキウキし始めている。

 他の研究者たちも一瞬は青ざめたものの、今は楽しそうな様子で魔石のヒビを見つめている。

 爆発に巻き込まれて死にかけた恐怖よりも研究意欲の方が勝るのだから、魔塔の魔法使いたちは全員変人に違いない。


「まさか、闇属性が光属性に与える効果がこれほど絶大だとは思いもしませんでした! すぐに様々な実験を行い記録をとりましょう!!」

「死にかけた直後によくそのようなことが言えますね……」


 隣にいるカルロの様子がおかしいことに気づいて私はカルロの肩に触れた。

 カルロの肩はかすかに震えていた。


「カルロ? 大丈夫か?」


 まさか私を通して間接的にカルロの魔力が魔石に吸われて魔力不足を起こしているのではないだろうか?


「……なさい」

「え?」

「ご、ごめんなさい。僕のせいでリヒト様を危険に晒してしまいました」


 私は涙目で見上げてくるカルロに驚いた。


「カルロのせいじゃないよ!」


 私はカルロが落ち着くようにカルロの体を抱きしめた。


「カルロはふらついた私を支えようとしてくれただけだろう? 絶対にカルロのせいじゃないから」

「で、でも……」

「大丈夫だ。私も無事だし、魔塔主なんて喜んでいるじゃないか?」


 魔塔主が反省の色を見せたのなど一瞬だ。

 いや、そもそもあれば愕然としていただけで、反省とかではなかったのかもしれない。

 今はとても嬉しそうに、他の研究者たちと一緒にヒビの入った部分を眺めている。

 その様子は、この者たちはもしかすると爆発が起きたところで喜んでいたのかもしれないとさえ思わせた。

 魔法使いの頂点にいる者たちだ。国がいくつも吹き飛ぶような爆発が起きても、魔法で生き延びることだってできそうだ。


「カルロと私はちょっと相性が良すぎただけだ」

「相性が、いい……」

「ああ。さっきまで魔石に魔力を吸われすぎてフラフラだったが、カルロのおかげですでに回復しているし。カルロは私の魔力ととても相性がいいね」

「相性がいい……」


 カルロの腕が私の背中に回ってきて、ぎゅっと力が入った。


「リヒト様は僕と相性が良くて嬉しいですか?」

「もちろんだ。カルロは私の従者でこの先もずっと一緒にいるのだからお互いに魔力のやり取りができれば助け合えるからね」


 カルロの魔力がまた私の中に流れ込んできた。ほんわかと温かい。


「僕もリヒト様の魔力欲しいです」

「ああ。もちろん、いいぞ」


 そう私がカルロに魔力を分けてやろうとした時、カルロは乳母によって私から引き離された。


「カルロ、欲張ってはなりません」


 乳母の厳しい声にカルロは落ち込んだ。


「乳母、大丈夫です」

「リヒト様はまだ幼いのでお教えしておりませんが、危機的状況でもない限り、魔力のやり取りをするのは夫婦だけです」

「……え?」

「それも、このように人前でやり取りするようなことではございません」


 夫婦間で行うことだと聞かされて、私の頬は熱くなった。


「ごめん、カルロ。私が無知だったばかりに……」

「いいえ。僕は嬉しいので大丈夫です」


 カルロがにこりと微笑んだ。

 本当にカルロは純粋で優しい子でとても可愛い。





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