猿の手④
教団の遺した施設は全国各地にある。動乱から7年たった今でなお、定期的に未登録のものが発見される程に数は多い。
都市部にあるものや、都市部に近いものはただの集会所のような造りになっていて、その一点を切り取ってみるのならば、『無銘の神教』とはただの宗教に見えるだろう。だが、都市部から離れるほど、施設の内部は宗教性などという単語からはかけ離れた、軍事施設のような内装になる。内壁は全てコンクリート、天井には蛍光灯が一定の間隔で設置され、全体的に薄暗い。特に、極端に都市部から離れた施設は、地下にその構造を伸ばすことが多い。
地下深くに潜るほど、通路には隔壁が増える。開閉用ハンドルで開け閉めするたびに前身の体力を奪い去る重厚な鉄扉。むき出しになってゆく電気配線。不気味な物音―――。
この施設は、まるで生きているようだ。おうん、おうんと、この空間の何処かから施設の鼓動が聞こえる。それは確かに、赤山の鼓膜を叩き、彼の脳へと到達し、彼の意識を7年前の過去へ連れ去ろうとするのだ。
後ろにはまるで付き人のように、後輩が―新山ユイが歩いて来ている。彼女はこの施設をどう感じているだろうか。物品室であれ異存室であれ、長く生き残るベテランはカンが冴え渡っているような者たちばかりだ。それほどこの業界は過酷で、残酷である。だからこそ、彼女くらいは生かしてやりたい。
だからこそ、赤山は、後ろの後輩がどのような印象を受けたのか知る必要がある。それが改善されたのならば、結果的にそのカンがいつか彼女を助けるはずだ。それが、例え俺の偽善から導き出されたものでもよいはずだ。
本当に?
つまらない貴様の偽善が、本当に人を救えるとでも思うのか?
脳にフラッシュバックするのは、7年前の光景。民間人は逃げまどい、その犠牲も少なくはなかった。自分はそんな人々の中に立っている。剣を片手にあたりを見回しながら立ち尽くしている自分。がむしゃらに走って、剣を振るった自分。そして結局は―。
ああ、駄目だ。考えるな。思い返すな。記憶に封をしろ。それはお前の判断を鈍らせる。僕には必要のないものだ。
そう、何も思い返すことなく、何も気にすることもなく。ただひたすらに刀を振るうのだ。
しばらくすれば二人は、巨大な地下空間へたどり着いた。よくある地下貯水槽のような作りになっていて、その闇の中には光が見える。目を凝らして、よく見ると、それは機材の光であることが分かった。この時点で、最悪の想定は半ば的中したようなものではある。が、不運なことにこちらは役人であった。闇討ちなどと言う手段はできうる限り取ってはならぬ。何より、もう既にあちらは気付いているはずだ。
「何用だ、愚民」
男の声が響く。低く、こちらを威圧するように放たれた最初の言葉は、警戒心をこれでもかと言う位に詰め込んだ声音である。
「いやね? こちらで何やらイカン物を作ってるっていう通報がありましてね、そういうわけでここに来た次第でございます」
「たわけ、ふざけるのも大概にしろ。貴様が来たということは私の研究が露呈したことの証明にほかならぬだろうが」
「そりゃそうだ。で、どうしますかね? こちらとしては平和的にやりたいんですが」
白衣を身に纏った、いかにもな格好をしている科学者の男は、幾らかたじろいだ様な素振りを見せて、赤山をキッと強く睨みつけた。その視線に込められたのが、殺意であるのか、或いは憎悪の念であるのか―新山は、何故だか分からぬが、ただその一点に気を取られた。
「……貴様か。貴様か! 東京の同胞を皆殺しにした、悪魔は!」
「――ふぅん?」
己が先達は、そんな間の抜けた声を漏らした。彼が、彼だけが、この一時ただ一人だけ場違いな雰囲気を醸し出している。
「悪魔め……! 同胞たちの仇だ、死ぬが良い!」
白衣の男はそう叫ぶと何か―レバーか何かのスイッチ―作動させた。それが何なのか考えようとしたところで、男の後ろの機材が爆ぜた。機材の中に入っていたのは、全裸の男性。だが、よくよく目を凝らしてみれば、ただそこらにいる男性とは似ても似つかぬものだと簡単に分かる。頭部が何か―別のモノに挿げ替えられている。それは一辺四十センチ程のコンクリートで出来た立方体で、ふよふよと浮いているのだ。男性器も見当たらぬし、何より普通の人間と言うには―一回り大きい。三メートルほどの身長があるかないかと言った所だ。
「ふっ、ふはは! これで、これがあれば貴様など――」
瞼を閉じて、再び開けるころには、ぱきゃ、と心地の良い音がして、白衣の男はその頭部を全裸の巨人に叩き潰されていた。説明されるまでもなく、主の命を聞かぬ暴走状態にあるのであろうと、予測ができる。
「……ふむ、後輩ちゃん。今すぐ来た道を戻って、即応部隊と合流。状況を説明してやってくれ」
「え、えぇぇ………せっ、先輩はどうするんスかァ……?」
「あれ、結構面倒くさいやつだから。ベテラン四人とかで対処してギリギリって感じで、まぁ僕はここで時間稼ぎかな」
そう言って、赤山ヒイロは静かに刀を抜いた。それに呼応するように、巨人は頭部の構造物を激しく回転させ始めた。
「行け!」
その一言が、開戦の合図であった。
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