その影、なお在り
@Dango23
第1話 山の小さな足跡
ゴブリンの伝説
ゴブリン――森や山に潜む小柄で醜悪な幻獣。
人間の孤独や弱さを嗅ぎつけ、足跡や笑い声で惑わせながら闇へと誘い込む恐怖の存在とされる。
奈緒美は息子・翔太とともに、都会から山間の小さな村に移り住んだ。
夫を失い、新しい環境で生活を立て直したいという思いからの決断だった。
村の景色は美しかったが、初日に隣人からこんな忠告を受けた。
「山には近づかないでください。特に夜は危険です。この辺りでは、昔から子供だけが戻らなくなることがあるんです。」
奈緒美は迷信だと片付けたが、その言葉が現実になるとは思ってもいなかった。
ある夜、翔太が奈緒美を起こした。
「ママ、誰かが外で遊んでる。」
奈緒美が窓の外を見ると、庭には人影は見当たらない。
ただ、小さな足跡が庭から山へ続いていた。
その足跡は翔太のものよりもずっと小さく、泥でくっきりと残っていた。
翌朝、奈緒美は庭に朽ちた布人形を見つけた。
それは粗雑に作られており、不気味なほどリアルな笑顔をしていた。
奈緒美は村の図書館で調べ始めた。
そして、この山にはかつて捨てられた子供たちが数多くいたことを知る。
村では長らく貧困が続き、子供を育てきれない家族が山へ置き去りにしていたという。
さらに、村では、山に捨てられた子供たちが今も生きているという奇妙な噂がささやかれていた。
それだけでも十分に不気味だが、彼らは捨てられた時のまま、子供の姿をしているというのだ。
そして、山に近づいた者が姿を消す原因は、どうやらただの迷子ではなく、何か恐ろしい別の理由があるように思えてしまった。
ある夜、奈緒美は翔太がいなくなっていることに気づく。
窓が開き、小さな足跡が庭から山道へ続いていた。
彼女はすぐに山へ翔太を追った。
霧が濃く立ち込める中、奈緒美は微かな笑い声を聞いた。
それは翔太のものではなく、何人かの子供たちがはしゃいでいるような声だった。
声を頼りに進むと、奈緒美は木の根元で翔太を見つけた。
翔太は無事だったが、その周囲には複数の小柄な人影がいた。
彼らは泥まみれで、無表情ながらもどこか興味深げに奈緒美を見つめていた。
その周りの地面には、まるで最近の出来事を物語るかのように散乱していた。
村の服や包丁の破片、そして動物の死骸、さらに子供が横たわっていると思いよく見てみると、腕や足が雑に切り離されていた。
これらは、彼らが動物だけでなく、山に迷い込んだ人間の子供も捕食している証拠だった。
奈緒美はその不気味な光景を目の当たりにし、恐怖で体が固まった。
彼女が目を逸らした隙に、子供たちの後ろにぼんやりと浮かび上がる影に気づく。
その存在は痩せこけ、着古した服をまとい、人間らしい姿をかろうじて保っていたが、どこか異様な雰囲気を纏っていた。
奈緒美は彼らと目が合った瞬間、山を背にするよう体が自然に動いていた。
彼らは追いかけては来なかった。
ただ、彼女に「ここに近づくな」という無言の警告を放つようだった。
奈緒美は翔太を抱きかかえ、家へ戻った。
その晩、彼女は一睡もできなかった。
翌朝、玄関先に泥まみれの人形が置かれているのを見つけた。
奈緒美はすぐに村を離れる決断をした。
そして山に背を向ける時、ふと気づいた。
山の木々の間に、無数の目が光っていたことを。
奈緒美は都会へ戻り、新しい生活を始めたが、山での出来事は忘れられなかった。
彼女が目にしたのは、ただの迷信ではなく、そこに生きる「過去の残骸」だった。
彼らが再び姿を現すことはなかったが、奈緒美は時折、自分の背後に誰かの視線を感じるのだった。
あとがき
この物語に登場する「存在たち」は、まるでおとぎ話や神話に登場するゴブリンのようだ。
しかし、彼らの実態は単なる伝説の中の怪物ではなく、過去に捨てられた子供たちが生き延び、山の中で新たな「生活」を築いた姿だと言われている。
彼らは決して幻想の中だけの存在ではなく、深い孤独と絶望から生まれた恐怖そのものである。
無垢なはずの子供たちが、その姿を変え、やがて村を恐怖に陥れる存在となっていく。
その過程に潜む恐ろしさこそが、現実の中で触れることのない「不気味さ」を描く力となっている。
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