音の国〜日々は流星のように〜①

@Sharp25net

第1話

時刻は午後17時30分。

駅前は多くの人々が忙しく行き交っている。


そんな流れる人の群れの中、一人の少年が足早に帰路を急いでいた。

「早く帰らなくちゃ

帰ってもやる事、いっぱいあるし。」

茶色がかった長い髪に細身の体、パーカーにジーンズを着た姿はロックバンドでもやっていそうな出で立ちである。


少年はこの春から大学に通っており、名前を奏司(そうし)という。

奏司は実際、高校生の頃は軽音楽部に所属しており、ギターと作詞を担当していた。

当時、音楽は聞く事も作る事も大好きだったものだ。


しかし、大学に通い初めてからは一人暮らしで勉強に家事にと慌ただしい日々を送っている。

バンドのメンバーとは卒業してからしばらくは付き合いはあったものの、それぞれの予定が合わなくなり、結局解散となってしまった。

そして、奏司は音楽を作る事を辞めたのだ。


そんなこんなで今は特別な趣味もなく、大学で特別親しい人はいない。


まるで感情が停滞したように日々が過ぎていくのが常だった。


人の波をかき分けながら足早に歩いていると、一軒の店の前で自然と足が止まった。


そこは、奏司が小さな頃から通っていた

CDショップ。

店主が高齢になったため、大好きだったこの店も奏司が高校生になった頃に閉店した。


はずだった。


だが、今日はシャッターが開いており

馴染み深い人物が立っていた。

CDショップの店主は奏司を見つけると、いつもの穏やかな笑顔を向けた。


自営業で店を営む初老の店主は、頭に白髪こそ生えているものの、実年齢よりもだいぶ若く見えた。

音楽が大好きで、よく幼い奏司におすすめの曲などを教えてくれたものだ。


その店主が珍しく困った表情をしている。

「やぁ、奏司君。ちょっと見てほしいCDがあるのだが。

数年前に店を閉めてから、ずっと掃除をしていなくてね。

思い切って今日、掃除を始めたら見た事もないディスクが出てきたわい。」

店主の掌にのっていたのは、空のような水色に囲まれた薄いCDケースだった。


奇妙な事に、アーティスト名や曲名などの記載は全くない。

これまで数々のアーティストの曲を聴いてきた奏司だが、こんなCDケースは見た事がなかった。

「こんなCD、初めて見ました。」

奏司が苦笑いしながらそう言うと

店主はため息交じりに

「やっぱり君でも知らないのか」と呟いた。


幼い頃からの付き合いである店主には申し訳ないが、奏司はかなり急いでいたので店主に会釈をして先を行こうとした。

「おーい、待ってくれ!」

遠くから奏司を呼び止める声がする。

「君にこのCDを託すから

家に帰って聴いてみてほしいんだ。

今までたくさん店に来てくれて本当に嬉しかった。そのCDは私の代わりだと思ってとっておけ。」


その言葉に奏司は一度足を止めて

店主の方へ戻った。

「ありがとうございます。

受け取ります。」

手早くCDを受け取ると、再び夜道を歩き始めた。


CDショップでの一件で、予定よりも遅く帰宅すると、奏司は急いで鞄を置き家事に取りかかった。

大学からは課題も出ているので、家事は早めに片付けなければならない。

家の事と勉強、そしてまた学校へ通う。

奏司の日々はいつもこうして過ぎていくのだ。


「僕、大きくなったらもっとたくさんの音楽を作りたい!」

そんな風に思い描いた自分など、もうどこにもいない。


あぁ、こんなはずじゃなかったのに。

ふとした瞬間にそう感じる。


「音楽でも流そうかな。」

何だかんだ、自分を救うものは

流れる音だけだろう。

とは言え最近はいつも、そう思ってなんとなく曲を流してみるものの

ほとんど聞き流し状態で、後は自分のすべき事を淡々とこなしているだけなのだが。


奏司は玄関に投げ出した鞄を見つめた。

先程、CD屋の店主にもらったディスクがどうも気にかかったからだ。


試しに奏司はCDを開いてラジカセにかけてみた。

しかし、何度かけても音が流れてこない。

「何だ、不良品か。」

そう思って奏司がCDを戻そうとした時

CDケースにメモのようなものが挟まっている事に気が付いた。

「付属のチップを挿入してください。」

メモに書かれているのはそれだけだ。

そして同封されていたのは、小さな電子チップだった。

スマホに入るSIMほどの大きさである。

こんなもの、どうやってラジカセに入れるのだろうと考えたが、奏司はとりあえずチップをスマホに入れてみる事にした。


その時、奏司の目を白い光が包んだ。


それ以降の数時間、奏司の意識は

深い海の底へと沈んでいったのだった。




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