第17話
「貫徹くんはアルバイトとかしてないの?」
「アルバイト? あぁ仕事のことか」
私は再び答えをめぐらせるためうーんと唸る。三秒後ひらめき、「なんか肉を潰したり引き裂いたりしている」と答えた。すると恵美子は「そんなバイトきいたことがないもしかして精肉工場とか?」と聞いてきたので私は「そう言う類のものだ」とだけ言っておいた。
「じゃあ休みの日はなにしてるの?」
恵美子は酔い始めていた。いつの間にかお店のティータイムが終わっていてメニューが夜のものに成り代わっていた。フリフリの制服を着た店員が満面の笑みで「何か注文されますか?」と訊ねるものだから私たちは思わずアルコール飲料を頼んでいたのだ。
「なにもしていない、暇つぶしで地獄めぐりするくらい」
「いいよねぇじごくめぐり」
だいぶ呂律が回らなくなっていまにもまぶたが落っこちそうになっている。
「あぁこのまま死んでしまいたい」
「どうして?」
「だって毎日つらいんだもん、面接で落とされるって私の今までの人生が否定された感じがして」
「考えすぎなんじゃないのか」
「だって他の子選考進んでるもん、私だけ上手くいってない」
恵美子はぐいぐいビールを飲み干していた。「ねぇ私が死んだら天国に行けると思う?」
「さぁ天国のことはとんと見当がつかぬが、いたずらに生き物の命を絶ったり、盗みを働いたり、嘘をついて誰かを深く傷つけた者はみんな地獄に墜ちる」
私は冗談めかして言ってみた。
「詳しんだね、私は嘘つきだから地獄行きかな?」
「そうかもしれない、でも遺族の供養次第で天国に行けるやも」
私はおざなりに言ってみる。実際のところそのへんの判断は十王様方が決めるので一介の獄卒の私が知るよしもない。
「私本当はわかってるの、自分がつまらない人間だって、逃げてばっかし。今までなにかをやり遂げたことなんてないもん、そんな人間はきっと何も成し遂げることができないよね」
どうやら恵美子はアルコールにあまり強くない体質らしい。まだ二つしかグラスを空けていないのにどんより沈んだ表情が明るい店内と対になって一層悲壮感を目立たせている。
「つまんない、つまんない、あぁつまんないのはいやだ」
絞り出した声は弱々しく店内に流れる陽気なBGMに消えた。長らく地獄にいた私からしたら浮世はなんでも好き勝手出来る最高の場所だったが、現代の人間にとって非常に生きづらい世界になっているのかもしれない。
「神様はいるって昔教わったのになぁ」
「いや、神はいる」
人間にとって都合の良い神はいない。そう続けるのを我慢する。
「いないよ! いるなら私はもっと面白い人生を送っているはずだもの」
恵美子は楽し気な高い声で言った。どうやら私は酔っ払いのめんどくさい地雷を踏んでしまったらしい。
「仮にいたとしても神様なんて大嫌いよ」
「……私も嫌いだ」
今の発言は立派な天界侮辱罪に値するが知ったことか、私は心の中で悪態をとり続けた。敬愛する父を不当にも更迭させた挙句、阿鼻地獄に落とすようなトンチキは全員地獄に墜ちればいい。そうすれば私が永遠に罰を与えてやれるのに。
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