ファッションロリコンのお姉さんを本物にする話
いかずち木の実
1話・お菓子をくれなきゃいたずらするぞ
「と、トリックオアトリート、お菓子をくれなきゃいたずらしますよ!」
小日向アイリは小学5年生で、11歳で、ローティーンで、幼女で、女児で、女子小学生で、ランドセルを背負ってる年代で、同世代の他の子と比べると落ち着いていて、大人びた印象の子だった。
そうだ、大人びた印象の子である。いつも敬語で、艶めいた黒髪を腰まで伸ばしたクールなあの子が、どういうわけか赤ずきんちゃんのコスプレをしてトリックオアトリートしていた。
先日ハロウィンで遊びに行くからお菓子を用意して待っているようにと言われたときから違和感はあった。少なくとも、彼女はこういうイベントでコスプレしてお菓子をねだるようなタイプではなかったはずだ。
玄関口に立つ彼女は、赤いローブに身を包み、その下には可愛らしいフリルを満載したエプロンワンピースと、まさしく赤ずきんちゃんだった。とても、とても、レアで、おまけに超可愛い姿であった。
「……とりあえず写真撮っていい?」
だから近所に住む大学2年生の葵ゆかりは、お菓子でもいたずらでもなく、そんなことをスマホ片手に言っていた。
「開口一番それですか」
呆れるようにアイリが言う。口調はいつもどおりのクールで、可愛らしい格好のギャップが可笑しかった。
「……嫌ですよ、なんかこう、いかがわしいですから」
「いかがわしい!?」
「……お姉さん、視線が危ない人っぽいっていうか。今だって鼻息荒いですし」
「いやいや、全然そんなことないよ!? いいじゃん写真くらい!」
なんて、年甲斐もなくジタバタと言う。
「……お姉さんと一緒ならいいですけど」
「えー、それはなあ、うーん」
「なんでそこで悩むんですか」
「でもでも、わたしが映ったら折角のアイリちゃんの可愛さが……」
「そんなことないですよ、お姉さん美人じゃないですか」
「そ、そうかなあ」
「ほら、早く撮りましょう。ピースしてください、ピース」
なんか照れてるうちにスマホを取られて、アイリ主導で自撮りをした。ゆかりは慣れていないのかピースも笑顔もひどくぎこちなかったが、アイリは自然に笑顔を浮かべていた。……こうして横に並ぶと、アイリの華奢さ小ささがより目立つと言うか、やっぱり子どもなんだなという感じがする。肩とかめっちゃ細い。
「あとで送ってくださいね」
「うん、いいけど、やっぱりアイリちゃん単体の写真も……」
「そんなことよりほら」
「全然そんなことじゃないけど」
「お菓子かいたずらかって訊いたじゃないですか」
「……そう言えばそんな話もしてたね」
「ハロウィンのメインイベントはこっちですよ」
「いたずらを選んじゃ」
「駄目ですよ。いかがわしい」
「いかがわしくないし。ただ椅子にしてもらったり……」
「えぇ……」
「あ、椅子じゃなくてお馬さんごっこ! こっちなら大丈夫でしょ!?」
「自分が割とライン超えの発言してるって気づいてますか?」
そう言うアイリは露骨に引いていた。これは流石にやりすぎたと思ったゆかりは話題を無理やり変える。
「そ、そうだっ! ナナカちゃんは! ナナカちゃんはなんでいないのかなっ!」
小日向アイリには楓ナナカという仲のいい友人がいて、今日も彼女といっしょに来る予定だったはずである。しかし、今はアイリと自分の二人きりであった。ぶっちゃけ犯罪っぽいと我ながら思う。
「なんか家の用事ができちゃって来れなくなっちゃったみたいです」
「そ、そうなんだ。じゃあナナカちゃんにはアイリちゃんから渡しておいてよ」
そう言ってゆかりは用意していたクッキーの小袋を渡す。
「……手作りですか?」
「う、うん。最近ちょっとハマってて。わたしの手作りとか無理かな?」
「……いや、こう、お姉さんならなんかやばいもの入れてそうだなと……」
「いやいや、流石にそんなことしないよ!? さっきからわたしのことなんだと思ってるの!?」
「……」
「なんでそこで黙るの」
「……近所の優しいお姉さん」
「そんな心のこもってない『近所の優しいお姉さん』初めて聞いたよ」
「とにかく、ありがとうございます。わざわざ手作りなんて」
今までの会話が丸々なかったかのように、アイリはぺこりと頭を下げてクッキーを受け取った。
「これはそのお礼です」
そう言うと、アイリはおずおずとそれを取り出した。
「クッキー?」
袋に入ったそれはパンプキンヘッドをかたどったクッキーであった。見たところ、手作りである。
「昨日ナナカちゃんと作りました。貰ってばっかりも悪い気がしたので」
「ハロウィンなんだからいいのに」
「お姉さん相手に借りを作ったらろくなことにならなそうですしね」
「だから、わたしのことをなんだと思ってるの」
「近所の優しいお姉さんだって言ってるじゃないですか」
「まあ、くれるならありがたく貰っておくけど」
言いながらクッキーを受け取る。正直、アイリのコスプレを見れただけで十分だったのだが、これを言ったらまた冷たい目で見られそうなので黙っておくことにした。
「……それでですね」
アイリがおずおずと切り出す。
「その、できれば、今すぐ食べてもらいたいんですが」
「? 別にいいけど」
「自分で味見もしたんですが、ちゃんと美味しく出来たか気になってて」
少し頬を染めて、うつむきながらアイリは言って。
なんだかんだ言っても子どもだな――なんて、少し微笑ましい気持ちになりながら、ゆかりは可愛らしいリボンを解いて、クッキーを口に運んだ。
「うん、美味しいよ。甘くてサクサクしてて、良い感じだと思う。何ならわたしが作ったやつより良い感じかも」
「……そ、そうですか」
ほっと胸をなでおろした様子のアイリに、思わずニヤニヤしてしまう。
「何ニヤニヤしてるんですか」
「いや、クッキー美味しいなって」
言いながらクッキーを口に運ぶ。本当に美味しい。手作りなら大したものだと思う。
「あ、ありがとうございます。……ナナカちゃんにも言っておきます」
「アイリちゃんも食べたら、わたしのやつ?」
「……いえ、今はいっぱいなので大丈夫です」
あと付けされた、胸が、という小さな呟きは聞こえず、ゆかりはクッキーを食べ続けた。もう夜ご飯これでいいか――そんな不摂生なことを考えながら。
「ありがと、美味しかったよ。ナナカちゃんにもお礼言っておいてね」
「……はい。お姉さんもクッキーありがとうございました」
「うん。アイリちゃんはこの後ほかのところも行くのかな? ひとりは危ないから気をつけなよ? 家の中に入るのは絶対ダメだからね? 表で配ってるのだけ貰いなよ? あと割と真面目に手作りの配ってるのはやばいかもしれないから既製品だけにしたほうがいいかも。わたしが言えることじゃないかもだけどさ」
『お姉さんみたいな人が相手かもしれませんしね』なんて言葉が返ってくると思っていたが、アイリはただ静かに頷くだけで。
「あ、ていうかわたしもついていこうか?」
「ううん、そこまではしなくていいですよ、お姉さん。だいたい、こういう行事苦手でしょ?」
「そ、それはそうだけど」
「じゃあ、今日はありがとうございました」
そう言って一礼すると、アイリはゆかりの家を後にした。
「……」
アイリがいなくなっただけで、家はすっかり静かになってしまう。両親は共働きで、今は平日の夕方だった。
……そもそも大学生と小学生が何故仲良くしているのか?
もともと互いの親が仲良く、それゆえにたまに勉強を教えたり、面倒を見ていたりしているうちに、ここまで仲良くなったのである。だからゆかりはアイリのことをもっと小さな頃から知っているし、アイリだってゆかりのことを本当に『近所の優しいお姉さん』だと思ってくれている……と思いたかった。
(……まあ、わたしに同世代の友達がほとんどいなかったのも理由なんだけど)
自室に戻り、ベッドに転がりながらぼーっとスマホをいじっていると、急に通知が鳴った。
(ああ、そういえば写真送ってなかったな)
さっきのツーショットの催促だろう――わたしの映ってる写真なんか見て何が楽しいのだろうか――と思いながらアプリを開くと、ゆかりは息が止まってしまった。
「……ッ」
そこには、自撮りがあった。
そうだ、自撮りである。
そこには、小日向アイリの自撮りがあった。
あれほど熱望した、ハロウィンコスの小日向アイリの写真があった。
小日向アイリは美少女だ。友達のよしみとか贔屓目とか抜きに、美少女だ。くりくりした大きな目に、整った目鼻立ち、白粉でも塗ってるみたいに白くてきめ細かい肌、艶めきながらもふわふわした黒髪、人形みたいに細くて薄い脂肪に包まれた手足、はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。それこそ、そこらのキッズモデルなど目ではないだろう。
そんな子が赤ずきんちゃんコスの自撮り――それもインカメラで撮るんじゃなくて鏡の前で撮ってるからなんかいかがわしい――を送ってくるのだ。これではこちらも悪いオオカミになってしまいかねないではないか……
「……落ち着け、流石に気持ち悪いぞわたし」
そこまで考えて、ゆかりは自分の頬を叩いた。
そうだ、葵ゆかりはロリコンではない。ただ彼女とふざけてるうちにそういう言動を演じるのがクセになってしまっただけなのである。
そりゃ可愛いとは思うが、断じてそういう意味ではないのだ。
しかして、狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なりとも言う。あまり真面目にロリコンのふりをしてると本物になりかねない。
彼女は自戒すると同時に、通知音が鳴り響き、表情を輝かせた。
断じて、追加の自撮りが来たからではない。
しかしそれでも、ゆかりは心底楽しげに、アイリと接するときとはまた別の表情で、鼻歌交じりにスマホを操作していく。
一体、何があったというのだろうか。
近所の可愛い小学生からコスプレ自撮りが送られてくることより嬉しいことなんて、あるのだろうか。
『わたしと撮った写真ください』
そんなアイリからの連絡は後回しにされて、ゆかりはニコニコしたと思ったら、次はやきもきして、またニコニコしてをしばし続けた。
一体、何があったというのだろうか。
簡単なことである。
彼女に連絡をよこしたのは、大学の同級生――すなわち、葵ゆかりの気になる人であった。
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